風邪を引いてしまった。おじさまが、ではない。私が、だ。


「昼には顔を出す。それまで大人しく寝ているんだぞ」


珍しく作家のお仕事が入ってしまったミホークおじさまは、私をベッドに寝かしつけると念を押して出かけて行った。仕事場はここからそれなりに遠いところにあるのに、昼には顔を出すだなんて。


『あまいひと…』


おじさまの過保護を心地よく思いながら、私は熱に侵される意識を沈めた。



何かがおでこに触れるのを感じて、目は閉じたまま、ゆっくり意識が戻ってきた。
この感触は、何だろう。大きくて、冷たくて、少しかさついた…おじまさの手に似ている。正体を確かめようと目蓋を開けようとするけれど、どうにも重くて開けられない。


『おじさま…?』


ほとんど寝言に近い私の呟きに、おでこに触れる何かはぴくりと反応した。やっぱりおじさまなんだろうか。だとしたら、もうお昼なのか。本当にわざわざ帰って来てくれたのか。ああどうしよう、申し訳ない反面、すごく、嬉しい。


『んっ…?』


何だか泣きそうになっていると、唇に何かが触れた。おでこにあった感触とは違う気がする。さっきより湿っていて、でもやっぱりかさついていて。何だろうか、この感触。
唇を食むように吸われて、ぬるりとした熱い何かが唇の隙間を突いて捩じ込まれてくる。夢なんだろうか。まるで食べられているような気分だ。


『う…うう…』


だんだん息が苦しくなってきて、重かった目蓋が開けるくらい軽くなってくるのがわかった。ゆっくりと目蓋を開けると、視界いっぱいに鮮やかなオレンジが映った。白い縁が見える、これは、奴のかけてる、サングラス。


『!!?』


精神的にも物理的にも声にならない叫びをあげてドピンクを押し退けようとするも、力の入らない腕ではドピンクの肩は笑えるほどびくともしない。
いい加減頭がくらくらして、息が苦しいのも相俟って私の目からはついに涙がこぼれた。それを見たドピンクはちゅっと生々しい音を響かせて私から離れた。


『はっ、はっ、はぁっ…』


息が上がって、まさに肩で息をしている状態の私を、息ひとつ乱していないドピンクはじっと見つめていた。まあ例によってサングラス越しなもんで、実際のところどこを見ているのかわかったもんじゃないのだけれど。


「横恋慕の略奪愛か」

『は、あっ?』

「このままヤるか…? けどフツーじゃ落ちねえか…」

『何の、話を、してるの…』

「名前ちゃんはどーゆーのが好みだろうな」


この男、本気で急に何を言い出しているんだろうか。横恋慕? 略奪愛? どこの昼ドラの話だ?
ようやく息は落ち着いてきたけれど、いかんせん、頭がまだはっきりしてこない。…はっきりさせたくない、の間違いだろうか。


「おれとしちゃじわじわ嬲って追い詰めてえんだが…いや、初めっからぶっ飛ばすのもイイな。ああ、名前ちゃんになら、ぶっ叩かれんのもありかも知れねえな」

『…の、…に…は、ない…!』

「ん? 何が希望だって?」

『ド腐れ野郎が…おまえの、性癖に、興味は、ない!』


やっとのことで覚醒した意識を、私は再び手放した。
もう、ありえない。何なのあいつ。病人相手に、一体何を言ってんの。
ミホークおじさま、お願い、早く帰って来てください。


お前の性癖に興味はない


「うん? ドフラミンゴ、なぜ主がいる?」

「お見舞いってやつさ」

「そうか。だが朝より具合が悪そうに見えるのは気のせいか?」

「ああ、気のせいだろ」



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