父の友人であるミホークおじさまとは物心つく前からの知り合いで、両親に次いで私の大好きな人だった。
おじさまは優しくて頼もしくて賢くて渋くて、非の打ちどころなんてないとっても素敵な人だけど、ただ少し、間の抜けたお茶目な部分を持っていた。
今はひたすらにそのお茶目さだけが疎ましい。
「名前、あんたの王子様が迎えに来てるわよ」
授業を終えた生徒たちがざわざわ帰りゆくなか、友人のナミちゃんがにやにやしながら窓の外を指差した。王子様になんて心当たりのないままそっと指の先を見やれば、正門のところに無駄に目立つショッキングピンクの影。私は頭をかかえた。
『何でいるかなああ!? 私ここの場所も名前も言った覚えないんだけど!?』
「ストーカーでもされてんじゃないの」
『やめて恐ろしい! おじさまだよ、あの人が口を滑らせちゃったんだよたぶん!』
「そう、ご愁傷サマ」
『もう、そんな他人事だと思って…!!』
ナミちゃんはだって他人事だもーん、と唇を尖らせてすまし顔をした。くそう、カワイイよ、すっごくカワイイよこの悪魔!
泣きそうになりながらナミちゃんを睨んでいると、ふと名案を思い付いた。
『ねえナミちゃん!』
「やあよ」
『えっ、ちょっと、まだ何も言ってないでしょ!?』
「あのねえ、考えが浅いのよ。どうせ私に、今日は休みだとか先に帰ったとか言って、あいつを誤魔化してきてって言うんでしょ」
『な、何でわかったの…!?』
名案だと思ったそれをことごとく拒否されて、私はいよいよ泣き出しそうになる。
そんな私をしばらく見つめて、ナミちゃんははぁ、と溜め息をひとつ吐いて苦笑した。こんなときになんだけど、ナミちゃんの苦笑いって、とっても可愛いのです。
「そんな捨て犬みたいな顔しないでよ」
『そんな顔してる…?』
「してるわよ。もう、しょーがないから明日のお昼で任されてあげるわ。王子様にはお姫様はもう帰りましたよって伝えといてあげる」
『あ、ありがとう…!!』
サンジくんが見たら卒倒もののウインクを飛ばして、ナミちゃんは教室を出て行った。やっぱり持つべきものは優しい友達だね! さっきは悪魔なんて思ってごめんね!
私は窓からこっそり、ナミちゃんに誤魔化されてドピンクが去って行くのを見届けて、教室を出た。
◆
両親は絶賛留守中なので、ミホークおじさまの家に帰る私。
リビングに入るとおじさまは長いソファに座って読書をしていた。洋書とおじさま、ほんとにサマになるなあ…じゃなかった!
『おじさま! ドピンクに私の学校のこと喋ったの!?』
ただいまの挨拶もなく詰め寄る私に、きょとんとした表情を向けるミホークおじさま。
おじさまはきょとん顔のまま首を傾げ、口を開いた。
「話したが、まずかったか?」
『まずかったか? まずかったよ! 全力でまずかったです!』
「そうか。それは悪いことをしたな」
読んでいた本をテーブルに置き、今度はしょんぼりした表情を浮かべるおじさま。ああもう、何なのこの無性な可愛さ!
『おじさまごめんなさい、確かにまずくしたのはおじさまだけれどおじさまが謝ることないの、ごめんね』
可愛さに耐えかねてすがるようおじさまに抱きつけば、おじさまは小さい子をあやすように頭に手を添え、髪を梳くように撫でてくれた。
「ふむ、では一体何が主を怒らせたのだ?」
『それは、その…』
おじさまの低い声や大きな手は心地よかったけれど、一体何が、と言う問いに十数分前の記憶が呼び覚まされ苛立ちが舞い戻ってきた。
『ああもう、あのドピンクが余計なことをしなければ!』
「フフッ、呼んだか、名前ちゃん?」
『!!?』
聞こえるはずのない声に首がもげる勢いで振り向けば、リビングの入り口に、ドピンク。
おじさまは悠長によく来たな、なんて言って向かいのソファを勧める。冗談じゃないや。せっかく明日のお昼と引き換えにナミちゃんに追い返してもらったのに。
『お呼びじゃないから帰れ!』
「ひでえなあ。嘘を吐いて騙した挙げ句、帰れだなんてよ」
『わ、う、嘘なんて言うな!』
「嘘? 名前、嘘を吐いたのか」
まずいことになった。おじさまはいつも私をどろどろに甘やかしてくれるけれど、私が嘘を吐くとなぜか異様に怒るのだ。くそうドピンクの奴、知ってて言いやがったのか!?
「名前、どう言うことだ。嘘を吐いたのか」
『お、おじさま聞いて、あれは仕方なかったのよ、だって、』
「言い訳するのか。そこに正座しろ。いいか名前、嘘を吐くと言う行為は…」
にやにやしながら正座せられてお説教を受ける私を見るドピンク。
ああくそ、何でこうなる!
お願いだから消えてくれ「フッフッフッ、嘘なんて吐くもんじゃねえなあ、名前ちゃん?」
『うるさいぞドピンク!』
「こら! 静かに反省しろ!」
『ごめんなさいー!!』
← →
long top