『ん……』


目が覚めると読んでいたはずの本がベッド横のテーブルにあって、かぶった覚えのない布団を肩までかぶっていた。
台所のほうへ目を向ければローくんがテーブルに突っ伏しているのが見えた。その隣には積まれた本の山。結局全部読んじゃったのかしら。…じゃ、なくて。


『えっ、あれっ、ローくん? え、うそ、今何時!?』


慌ててベッドから飛び起きて時計を見れば、午前6時20分過ぎ。とりあえずアラーム予定をオフにした。
ええと、確かゆうべご飯を食べ終えて本を読む体勢になったのが21時を回った頃で…私ったらそのあとすぐに寝てしまったのか。21時就寝なんて今時小学生でもしてないんじゃないか…。


『って言うかローくん…帰らなかったんだ…』


そっと台所にいるローくんに近付けば、かすかに聞こえる寝息。腕を枕にして眠るローくんはどこか幼く見えた。
ぐっすりのところを起こすのは忍びなかったけれど、仕事があったら大変だし仕方なく肩を揺すった。


『ローくん、ごめん、起きて』

「…んん…あー…あさ、か…?」

『そう、朝だよ。おはよう』


寝起きの目付きの悪さは変わらない。昔はこれが怖くて泣いたこともあったっけ。でも今は平気だ。そりゃ、少しは怖いと思うけれど。


『帰らなかったんだね。本、全部読んでたの?』


苦笑いしながらそう訊けば、まあな、と掠れた声が返ってきた。


「あー……悪ィ、シャワー借りていいか。目が覚めねえ」

『もちろんどうぞ。あ、でも着替えないね』

「まあ、仕方ねえよ」

『そうだね…あ、待って、下着ならあるかも』

「…ああ?」


目付きを更に鋭くさせるローくんを置いて、私はベッドの向かいにあるクローゼットを開ける。隅にある小さなタンスの引き出しを漁ると…ああ、あった、捨てずに置いててよかった。


『あったよローくん、はい、どうぞ』

「……おまえなァ…」

『心配ないよ、新品だもの。袋から出したのは一度だけ。でも履いてないし、まっさらだよ。大丈夫』


私の差し出す下着を見て眉間のしわを濃くするローくん。信用ないなあ、とむっとしてから気付いた。そうか、勘違いしてるのか。


『誤解のないよう言うけど、これ、私のだよ』

「はあ? おまえが履くためのだってのか?」

『そう。昔流行ったでしょ。カワイイ柄のトランクスを部屋着にするの。涼しくて夏は快適なんだって』

「…トランクスが部屋着なんて、世も末だなおい」


げっそりと言う言葉がぴったりな顔をして、ローくんは何とか下着を受け取ってくれた。プリントされているのは知る人ぞ知るキュートなマスコットキャラクター、シロクマのベポ。ベポは可愛いけれど、私は部屋着はスウェット派だったから使わなかった。


「…ちなみに訊くが、おまえが店で選んで買ったのか、これ」

『ううん、誕生日プレゼントでもらったの。もちろん相手は女の子ね』

「…ならいい」


ローくんが浴室に向かうと、私は朝ご飯を作ることにした。ご飯が余っていたから、メニューはおにぎり。具はローくんが昔から好きだった鮭。…はないので、鮭フレーク。
ゆうべのお味噌汁の残りも温めて、食卓のうえも片付けて。
ちょうど用意ができたところで、タイミングよく、ローくんがシャワーから戻ってきた。


『おかえり。ご飯、おにぎりでよかった?』

「……」


濡れた髪をタオルで拭うローくんは、なぜか食卓を見て目を丸くした。


『ローくん? あ、パンのほうがよかった?』

「いや…パンは嫌いだ」

『だよね』


好みを外していなかったことに安堵しつつ、席へ座るよう促す。
ローくんはゆうべと同じように黙って手を合わせたあと、おにぎりを頬張った。


「…うまい」

『そう? よかった』


誰かと過ごす朝が、こんなにも穏やかだったなんてすっかり忘れかけていた。


『そう言えば、今日仕事は? 休み?』


ふたつ目のおにぎりに手を伸ばすローくんにたずねると、ローくんはいや、と首を振った。


「今日は夜からだ」

『そう…大変だね』

「まァな。おまえは休みか?」

『うん』


3つ作ったおにぎりは残さず全部食べてもらえて、また黙って合わせられる手。
続いて私が食べ終えると、ローくんは私の分も食器をシンクに運んでくれて、昨日何もしなかったからと洗い物までしてくれた。
私がお礼にしたんだから別にいいのに、と言えば、たまにはいいさと笑う。優しい顔。ありがとうお兄ちゃん。


『あ、ローくん、私もお風呂入ってきていいかな。昨日そのまま寝ちゃったから』

「……はぁ」

『…何で溜め息…?』

「別に。ここはおまえが借りてるおまえの部屋だろ。好きにしろよ」

『それもそうだね。じゃあちょっと行ってきます』


何だったら先に帰ってくれていいからね、そう残して風呂場へ向かった。
台所のイスに座り直したローくんが頭をかかえていたことなんて、私は知らない。



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