血が舞う。血が舞う。
まさしくその場は、そんな言葉が飛び交う状況であった。
「こないで、ください」
その血の踊り場の中心にいるのは、まだ幼い少女であった。相手になっているのは成人の男が数人。その男たちの腰ほどしかない身長の少女は、大の大人をもうすでに、十数人は殺していた。
「いやです、ころすの、は」
残りの数人も次々と命を失っていく。首をもがれ、腹に大穴を開けられ、頭をちぎりとられ、様々な方法で絶命していく。それほどまでに少女は強かった。素早く、かつ力強く。少女の攻撃はまるで口径の大きい拳銃のようだった。
そして遂に、その場に立っているのは少女だけになった。下には血溜まり、それに複数の肉塊。体にたくさんの返り血を浴びた少女は、一切表情を変えずにその場を去ろうとした。まるでこの光景をいつも見ているとでもいうように。
「ねえ、君」
ふと、声がかけられた。少女が振り向くと、そこには少女より年が少し上ぐらいの少年がいた。いつからいたのか分からないが、少年は少女が殺した男たちの体の上に座っていた。
「なんですか」
つたない敬語で少女は問う。その話し口調を聞いて少年は軽く微笑んだ。
「強いね、君。噂通りだ」
近頃、巷ではある噂が流れていた。殺戮少女という通り名を持つ、誰よりも強い子供がいると。路地裏で、まるで野良猫のようにひっそりと生き、そして夜な夜な殺戮を繰り返していると噂が。
「つよくなんか、ないです」
少女は少年の言葉を否定するかのように、首を振った。その悲しさをまとった顔は、まさしく幼い子供であった。
「強いよ。だって君、夜兎も何人か殺ったんだろ?」
「私はころすの、きらいです。でもころさなきゃ、ころされちゃうから」
「おもしろいなー、君」
君、君、と言いながら指を差して笑い出す少年。その顔にはまだあどけなさが残っていた。
「ねぇ」
「なんですか」
「いい事教えてあげよっか?」
「いらないです」
「まあまあ、聞くだけ聞きなよ」
「なんですか」
なんですか、と繰り返す少女に笑い続ける少年。端から見ると微笑ましい光景であるが、その下に広がる血溜まりがそれを台無しにする。
「もうすぐ、君を殺しにたくさんの人が来るよ」
「…」
「今まで君が戦ってきた奴とは、比べ物にならないぐらい、強い奴らが」
「…」
「まあ、あれだけの懸賞金がかかれば、強い奴なんていくらでも来るよね」
「…」
「まあ、かくいう俺も、懸賞金のかかった君を見に来たんだけどさ」
「…」
「羨ましいよね、その年で強い奴と戦えるなんて」
「…」
「どうするの、君。これから殺されちゃうんだよ?」
「これも、運命です」
今まで黙っていた少女の口から「運命」という言葉が出たことに対して、少年は少し驚いた顔をした。
「運命?」
「ママがいつもいってました。人がいきるのもしぬのも運命だって。だからいつしんだとしても、仕方ないんだって」
「へぇー…。で、そのお母さんは今どこ?」
「ころされました」
「悲しくないの?」
「これも、運命ですから」
「凄いこと言うね。…さすが“魔獅子”かな?」
「…」
“魔獅子”という言葉を聞いた瞬間、少女は黙りこくってってしまった。
「その顔はビンゴかな?」
「…」
「まあその髪じゃ、目立つもんね」
少女の髪は金の色をしていた。それこそが、かつて夜兎よりも強いと呼ばれた戦闘一族、魔獅子の証でもあった。
「魔獅子ってことは、そいつら全員その足で殺したってことでしょ。すごいねー」
そいつら、というのは冒頭で殺された男たちのことである。
「もったいないね、君がいなくなれば魔獅子は終わりだろ?」
「それも運命です」
魔獅子は別名、幻の一族とも呼ばれている。幻と呼ばれている理由は簡単であった。
「じゃあ俺と出会ったのも運命かな?」
「たたかうんですか?」
「んー。最初はそのつもりだったんだけど、」
「…」
「気が変わったよ」
そう言って少年は再び笑った。笑って肩が揺れる度に後ろで縛られたみつあみも揺れる。
「あっち」
「?」
「あっちに行けば、逃げられるよ」
「にげる気なんてないです」
「じゃあ、このままみすみす魔獅子の血を途絶えさす気?」
「…」
「君で最後なんでしょ?」
魔獅子は滅んだのである。魔獅子は誰よりも強い戦闘一族であると共に、誰よりも戦闘意欲がない一族であった。自ら闘いを拒み続けるがあまり、滅びの道を辿り、そして数十年前に絶滅してしまったのだ。
「仕方ないです、運命ですから」
「だから、」
「…?」
「俺と出会ったのも運命だって言ってるだろ?」
「…」
「君は今ここで、俺と出会った」
「…」
「だから殺されずに済む」
「…」
「それも運命だろ?」
「…そうですね」
少女は、先ほど少年が指差した方向へと踵を返した。これから、自分を殺そうとしている奴らから逃げるために。
「ありがとうございました」
「いいよ、礼なんて」
「それでは、」
「あ、ちょっと待った」
「はい?」
「俺、強い奴と闘うのが好きなんだよね」
その言葉に反応した少女は一気に戦闘体制をとる。
「あ、違うよ。別に今すぐに闘おうとしているわけじゃないから」
「…」
「まだ君は幼い。だから今は戦わない」
「…?」
「つまりまあ、君が大きくなったら、俺と殺りあおうってことさ」
「…」
「だから、今死んでもらったら困るんだ」
その言葉を聞いて、少女は戦闘体制を解いた。
「…名前」
「ん?」
「名前、おしえてください。いつか、たたかうとき用に、おぼえときます」
「ああ、そうか」
「…」
「俺は神威。夜兎族の、神威」
「おぼえておきます」
「君は?」
「…私はイコ、です。魔獅子一族の、イコ」
「覚えておくよ」
「それじゃあ、」
そう言って、イコは駆け出した。生きるために、運命によって助けてもらった神威と、将来闘うために。
未来を変えて
(君と殺りあうために)
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