『どうしたの?土方さん。こんな夜に』
「いや、」
今夜は晴れていて綺麗な満月が地面を照らしている
そして俺の彼女である佐奈の全身も月によりうっすらと黄金色に照らされていた。
同時に綺麗な赤茶色の髪も薄く輝く。
時おり吹く風によりその髪はサラサラと波打った
「話がある」
『話?』
「…………俺と別れてほしい」
『えっ』
ぴくっ、と佐奈の体が小さく跳ねた。
不安げな表情がその整った顔に宿る。
別れる、って言ったって別に嫌いになったとか飽きたとかそんな理由じゃねえ。
「俺は明日から江戸へ行く」
『……江戸?』
「お前とはもう会えない」
『そう……、みんなと行くの?』
「ああ、」
そうなんだ、そう吐き捨てるように佐奈は小さく呟いた。
その顔からは哀しみが消え変わりに諦めたような笑顔が浮かぶ。
本当は一緒に江戸へ連れていきたかった。ずっと側にいてほしかった。でもそれは叶わない。近藤さん達の迷惑になるしなにより佐奈の身が危険になる。それだけは絶対に避けたかった。
他に遠距離恋愛という選択肢もあったかもしれない。例え武州と江戸という距離でも別に不可能なことではない。でもそんな佐奈を遠くから縛るような行為はしたくなかった。もう二度と会えないかもしれないのに。
だから俺は自分から別れ話を切り出した。
『私も剣を習ってたら、一緒に行けたかな』
「さあな、」
『やっぱ足だけじゃ、ね』
「まあそれはそれで力になるだろ」
『ははっ、どうだかね』
佐奈は蹴りを使って戦うのが上手かった。出会いもそうだ。俺が十数人の輩を相手に戦ってる時に「1対1以外のケンカは駄目!」と叫びながら割り込んできて、しかもその脚力で半分近くをブッ飛ばした。
見た目はただの綺麗な町娘。中身は野郎もたじろぐ力を持った怪力女。そんな常人離れしたところに俺は引かれたのかもしれない。
「なわけで、今日で終わりだ。俺たち」
『………そっか』
「まあ、俺なんかじゃなくてもお前なら他にもっといいやつが見つかるだろ」
『そんなことないよ』
「まあ頑張れよ。……じゃあな」
『うん』
そしてチュ、と小さなリップ音がこの場に響いた。
佐奈の顔がドアップな零点距離からだんだん遠ざかっていく。
自分が口づけをされたのだと気づくまでしばらくかかった。
すっかり空いた二人の距離。佐奈は少し照れ臭そうな顔をしていた。
こいつが自分からするなんて珍しい。いつもならこんなこと絶対にしないのに。これで最後だからか。それとも餞別代わりか。
『またね』
最後に佐奈はそう言って笑った。
―――――――――
――――――
―――……
「俺に手紙か?」
「はい、確かに副長宛で」
少し疑問に思いながらも山崎から渡された封筒を開いて中身を出した
手紙なんて珍しい。しかも真選組宛じゃなくて俺に。そして山崎が持ってきた封筒の中には、そっけのない白い便箋に印刷文字で「今夜河原で待つ」だなんておい。なんだこれ。
「待つ、だなんて……。今時果たし状か何かでしょうか」
「…………おい山崎てめえ、何勝手に見てんだゴラ。切腹しろ」
「え?……ってぎゃああああああああ!!!!」
山崎をしばきまわしてから考えた。河原で待つ、だなんて本当に決闘の申し込みとしか思えない。今時古い手を使うな。まあでもいい。おもしれえじゃないか、こういう真正面な感じは嫌いじゃねえ。
「土方……、十四郎だな……」
やっぱりほら。
俺はちゃんと指定された通り、辺りが闇へと包まれたと同時に河原へと向かった。そして河原に着いた途端これだ。
暗闇の中に人の気配。気がついたら野郎に囲まれてた。数は…………、三十人程度か。まあぞろぞろとお越しなさって。おそらく全員攘夷志士かなにかだろう。やはりあの手紙は果たし状だったのだ。
「こんな夜に何の用だ」
「とぼけるな。お前に殺られた同志たちの恨み。今ここでお前の魂を持って浄化する」
「さすがに鬼の副長であってもこの数相手じゃ太刀打ち出来んだろう。……覚悟!」
おもしれえ、そう吐き捨てて剣に手をやる。
チャキ、という音をさせて刀を抜いた。今日は新月。敵の姿は殆ど見えない。でも気配で分かる。空気を切る音。こっちだ!
ザシュッ!!
「がっ…………!!」
まずは一人。そう考えている間にも何本もの刀が向かってくる。
キンッ、キンッ、と刀同士が交わる音が辺りに響いた。おいおい、こいつら中々の手練れだ。こりゃあ長引くぞ。明日有休取っとけばよかったか、くそっ
ガツッ!!
ドゴッ!!
「……っ?」
その瞬間耳に入ってきた大きな音。何かがブッ飛ばされたような音。そして遅れて誰かの断末魔が聞こえる。
その音は止むことなく続いた。突然の乱入者により敵の数が減っていく。味方か?と考えたが、俺はこのことを確か誰にも伝えてない。まあ山崎がチクったのなら別だが。それに例え真選組の誰かが来たとしてもあいつらは刀だ。こんな肉の響く音が聞こえることはない。なら新たな敵か?
敵だとしたら相当な実力者だ。中々の手練れだと思っていた野郎どもをもののいう間に倒していく。おい、あと何人だ。
そしてついにその謎の乱入者は三十人近くいた敵を全員倒した。こんな短時間でしかもたった一人。俺は刀を構え直した。久々に骨のある相手と戦えそうだと思った。
しかし、
『あ、土方さん!』
「…………佐奈?」
それは懐かしい声だった。
続く→
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