足を冷やしている者。腕の傷を洗い流している者。口の中の血をゆすいでいる者。久々の自由な試合は、僕たちにとっては不自由以外のなにものでもなかった。
 過去の功績が芳しくないせいか栄都学園に出される指示のほとんどは勝ち試合、それも複数点差があるものだ。
 日頃の鬱憤を晴らすかのような強引なプレイを思い出して僕は誰に示すでもなく顔をしかめた。
 8対0。あれだけフィールドで時間を潰して8点。それを悔しがるだけの気力を残しているメンバーはきっと一人もいない。
 使い終わった消毒液をぶらさげてさ迷っていると、ユニフォームの裾を引かれた。ベンチにちょこんと腰かけた影浦の腕が見える。ボールをぶつけられたのか少し腫れていて、思わず僕はそこから目を逸らしてしまった。
「怪我は?」
 膝の大きな絆創膏を指差すと、影浦が「そんだけ?」と高い声をあげる。うなずいておいた。
「よかったな」
 そう言ってすぐ、いててと漏らして脇腹をおさえながら笑った。
「よくない」
「なんだよ」
「一番ひどい目に遭ったくせに」
「お前は大丈夫なんだろ?」
 試合で付いた汚れを取ろうとしたのか影浦が眼鏡を外した。ヒビが入っている。少しつつくとからんとレンズが落ちた。
「っ、と。壊れちまったかー」
「影浦は」
「ん?」
「逃げられないもんね」
 本当は嫌だった。結果の分からないはずの試合の結果が僕たちには分かってしまっていた。点数だけが自由なんて。
 あそこに立ってフィールドを眺めて、それだけで逃げ出したくて仕方なかったのに。
「ああ、キーパーだからってことか。でも俺勝ち試合の時一番楽してるし……」
「今日は一番つらかったんじゃないの」
「んー……」
 不格好なフレームをつまんで揺らしながら影浦は膝に伏せってしまった。
「まあ……ちょっと、な」
 逃げようと言えば楽になる。でも、僕に彼を連れていくだけの力があるとは到底思えない。
「……君を逃がしてあげたい」
 撫でた頭が震えている。静かな嗚咽が耳に入って、膝の擦り傷よりも、何よりも胸が痛んだ。


   
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