いつからか、私が彼に求めたものは絶対的な忠誠で、そして彼はそれに応えた。


「ねぇダークライ。貴方は私を滑稽に思うのかしらね」

「何故、そう思う」


何もない、誰もいないはずの部屋。月も沈んだ真夜中に、誰に言うでもなく呟いた言葉には。他のものが見れば、ついに自分達の主君は気がふれてしまったのではないかと言うのかもしれぬ光景。事実、そうであった。今にも気が狂ってしまいそうな自分を支える最後の砦。ゆらゆらと揺れる明りの影に溶ける様に現れた彼は、何故、と繰り返した。


「女王はお飾りにすぎぬと」

「しかしこの国を立て直したのは、」

「そう。間違いなくこの私なのにね?」


人が聞けば傲慢だと鼻で笑うかもしれぬ言葉。しかし自分にとっては、唯の事実にすぎぬ言葉。強く強く。ただただ強くあれと。そう言って私を見てきた者たちは。


「あぁダーク、今朝は有難う」

「お前が気にする程の事ではない」


ダークライはその綺麗な蒼の目を細め、優しげに微笑んだ。今朝、向けられた毒矢から私を守ったのは彼だった。その場に居合わせた騎士団など何の役にも立たず、ただただ、事を大きくし騒ぎ立てるだけであった。使えない騎士団。使えない家臣。いくら今は私が立て直しているとはいえ、腐敗しきったこの国の将来など目に見えている。終焉の時、彼等は私になんと言うのだろうか。呪詛か憐れみか、きっとその程度なのだ現実というものは。私のしてきた事など、露にも気に掛けない。やはり所詮は女王なのだと、ただ、それだけ。


「眠れて、いないのか」


隈が濃い、と悲しげに言ったダークライが私の頬に触れ、目の下を優しく撫でた。そんなことをしても積りに積もった疲れと寝不足が作り上げた隈は消える事などありはしないのだ。優しい優しいダークライ。いつ頃からかは覚えてはいないが、幼い頃からずっと傍にいた彼の存在は私以外は誰も知りはしない。私が王座に就いた日も、先の戦の指揮をとった時も。常に彼は傍に、私の影の中にいた。

今日の騒動で少しだけ姿の一部を見せてしまったが、女王暗殺騒ぎにまぎれて誰も気にしている様子はなかった。曰く、私は悪運の強い王として片付けられてしまったのである。(それもそうだ。今まで幾度もあった暗殺騒ぎは、彼のおかげで全て未遂で終わっている)


「ダークライは心配性ね」


私以上に私の身体を気にかける彼に笑ってそういえば、彼は少しだけ目を伏せた。眠れない原因も、体の不調ですら私に彼の目をごまかすことなどできやしないのである。


「この国はお前を裏切るつもりなのだろうか」

「さぁね、なにせ王子様が産まれちゃったからねぇ」


新しく生まれた赤ん坊は男児であった。その時その瞬間、私の今までの努力は無に返った。私がしてきた血を吐く様な努力も、捨ててきたものたちも皆。まだ泡の方が美しく消える。
王の血を引く子供。どれだけ薄い血であっても、この国の者どもは女王よりはましであると考えるらしかった。あんな小さくて無力な子供に何ができると、私の中の私が叫ぶ。どうせ周りに都合よく使われるだけなのだ。確かに都合がいいのかもしれない、なにせ私とは違いまだ(育てようによってはこれからも)意思がないのである。


「どうしたものかしら?」


このままいけば確実に私はお役御免、暗殺されてさようなら、である。そして歴史にはやはり女王であったからと記されるのだ。ふむ、と一人考える。どうせ死ぬのであれば誰も自分の存在を無視できぬ様にしてやろうか。これは私の気を紛らわすだけのささやかな復讐劇だ。もはや失う物も何もなく、恐れる物も何もない。何より今の私にはそれを成し遂げるだけの力がある。何故今まで思いつかなかったのか不思議なくらいであったが、きっとあの時。赤ん坊がこの世に生を受けたあの時。私の中で何かが外れたのだ。それは理性と呼ばれるものであったり、常識や、愛国心であったりする物であったのかもしれなかった。どちらにせよ、決して外れてはいけない物が外れてしまったのだ。それらに押えこまれていた狂気が、ふと頭をもたげた。ただ、それだけのことなのである。


「ねぇダーク、この国をもう誰も、どんな賢者であっても聖人君主であっても手の着けようがないくらいにまでズタズタのボロボロにして、慌てて私にすがる彼らを見たいとは思わない?」


私がしたとは決して思わせず、すがる彼等を笑顔で切り捨ててやるのだ。幸い、赤ん坊はまだ小さく、私はまだ生きている。時間は、ある。沢山とはいえないが、この国知り尽くしている私にとっては十分に足りる時間が。


「…私はお前がそう望むのであれば止めは、しない。たとえ世界が敵に回ろうと、私はずっとそばにいる」

「ありがとう」


はたから聞けば馬鹿馬鹿しい、狂気の沙汰としか思えぬ考えに、彼はいとも簡単に頷いた。心に広がる安堵、愛しさ、色々な物が混ざりあう。
だが、と彼は口を開いた。


「決して、死なないで、くれ」

「、」


彼の瞳にあるのは、どこまでも深い優しさだけであった。この国よりも、何百万といった国民の命よりも、天秤にかければいとも簡単に彼は私の命を選ぶのだろう。


「、そう、ね。そうか。死んだら負けを認める事になるわ。やはり女王だったと言われるだけよ」

「そうかもしれない。だが、私はお前に、幸せに、生きて欲しい」


悲しそうに彼は微笑む。彼がいる限り、私は幸せであるに違いないと思ったが、口には出さなかった。きっと彼がいるのであれば、私は死なない。死にはしない。もとより自分が死ぬような策など練るつもりはない。彼の言葉は、私の死ぬ確率を限りなく零に近づけたのだ。


「さてダーク。私の個人的な復讐劇に付き合ってくれるかしら」

「無論。お前の歩む道が私の歩むべき道、だ」


ダークライが静かに頷く。それだけで私は何だって乗り越えれるような気がするのだ。しかしまさかこんな形になるとは思ってもみなかった。この城で彼と供に過ごした月日が思い出され、少しだけ胸の痛みを覚えた。そんな自分に自嘲すれば、ダークライがそっと私を抱きしめた。


「私はお前さえいれば、どこに行こうとも構わない」

「…そう、か。うん。そうね、私もよ」


大好き、愛してる。そんな陳腐な言葉じゃ伝えきれない思いが渦巻く。それが伝わったのか、ダークライの私を抱きしめる力が少しだけ強まった。それでもそれは私が苦しくないようにと配慮されたもので、こんな時ですら優しい彼に苦笑する。


「さぁ、始めましょうか」


全ては私の為に。彼の為に。私たちは国を一つ、滅ぼすことにしたのである。




どこかの国の、どこかの女王


(あぁ神よ、何故我らを、)



0901011
花咲の葱子さまへの相互記念。相互有難うございました!葱子さまのみお持ち帰り可です。
うちのダークライの夢を、とおっしゃってもらったので張り切ってみたのです、が…暗い…
ダークライは歯の浮きそうなセリフもさらりと言える。しかも大真面目に笑















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