目を開ければ、昨晩まであったはずの男のぬくもりなんて物はもうどこにもなくて、いつもそこいるのは心配そうな顔をして私の顔をのぞき込んでいる優しい紫色のポケモンだった。



そもそも昨日私を抱いた男が愛しいかどうかなんてものは自分にも分からなかった。一夜限りの関係とまではいかなくとも、お互いにお互いが必要だとか、愛を囁きあうだとか、そういったことは全くなかったと言ってしまえばそれまでの関係だった。
重い身体を引きずってむくりとベッドから起き上がれば、差し込む光から今がもう昼前であることを知る。
今までであれば最低でも私が起きるまではそばにいた彼が何処にもいなくて、ついでに彼の荷物だとか、そういった物が全くないということはまぁ、どういう意味なのかは言わずもがな。
喪失感や悲しさなどは感じずとも、なんとなく虚しい気持ちを紛らわすかのように近くにあった煙草に手を伸ばせば、その手はなにかむにんとした柔らかい感触によって阻まれた。


「…ゲンガー」


そこにいたのは私のパートナー、というべきなのだろうか。この部屋に越してきたときにもとからここの住人だったらしいゲンガーである。
何やら訳ありだから家賃が安いとは聞いていたが、夜な夜な起こる怪奇現象とやらに私がキレて怒鳴りつければ怯えたように姿を現したのが彼だった。

バカ正直というかなんなのか、それからは彼と私の奇妙な共同生活が始まっていた。
つい最近、どこから持ってきたのか自分でモンスターボールを持参し、自ら入ったあとそのボールを私に渡してきたことで私達は晴れて(?)パートナーとなったのである。


遠慮がちに攻める様な視線を向けてくる彼に何、と無感情に返せばしょぼんと俯いてしまった。
彼が何を思って私なんかのパートナーになったのかは未だ不明だが、ゲンガーが人一倍優しいことだけは分かっている。
それこそ、うそっぱちな愛を囁く男共なんかよりよっぽどいい男なのである(最近知ったが彼は雄だった)


普段私はゲンガーをモンスターボールの中には入れずに好きにさせている。あれは私と彼の中での一種の区切りの様な物なのであって、本来の使用目的で使う気などさらさらない。
そもそも私自身ゲンガーが初めてのパートナーなのだ。今までポケモンなんかに興味はなかったし、共に過ごすこともバトルをすることもなかった。


だから、彼は全て知っているのだ。
私の生活も仕事も、全て知った上で私と共にいる。悪戯好きなのはゲンガー本来の特性だが、こんなにお人好しで優しくて、生真面目に私の心配をするのは彼だからだ。


「ゲンガー、煙草とれないよ」


そう言えばちょっぴり困ったように眉根を寄せる。もぞもそと布団の上に這い上がってくると、持ってきていたらしい小さめの毛布を私の肩にかけた。
それから昨夜からそこらに飛ばしまくっていた私の服をちょこちょこと集め始める。

ゲン、ゲン、と一生懸命何か訴えながら服を持って小首を傾げて私見上げてくるその姿に、小さな可愛いポケモンでもあるまいしと可笑しくなって少しだけ笑えば、彼は私以上に嬉しそうなに笑顔を見せた。
そのままにこにことしているゲンガーに、私はいつもいつも悲しみも恨みも何もかも綺麗に洗い流されるのだ。


「朝ご飯、食べようか」


そう言えばびっくりしたように大きく目を見開いて、何度も何度も首を縦に振るゲンガーに、昨晩のことが少しだけ悔やまれた。
でもそれは男に捨てられたとか、分かれたとかそう言うことに関する後悔ではなくて、ゲンガーに悪いことをしたなあという後悔だった。

今、私の頭にあるのは男の事でもなんでもなくて、只ゲンガーが私にとって大切な存在であったのだという幸せだけで、目の前で動きを止めた私を不安そうに見上げてくるゲンガーがたまらなく愛しかった。

ゲンガーの身体に手を伸ばせば、不思議そうにしつつも決して拒もうとはしない彼に、少しだけ涙が出た。彼の事は、昨晩までは確かに愛していたのかもしれなかったけれど、今はそれも怪しかった。それでもやはり心は悲鳴を上げていたのかもしれなくて、ゲンガーの優しさはじんわりと心に広がる。

私の涙にびっくりして固まってしまった彼の身体をぎゅっと抱きしめれば、お餅のように柔らかい感触と温かい体温が私を包んだ。ゴーストタイプであるはずなのに、ゲンガーの身体は温かい。


「…ゲンガー」

「ゲン?」

「ゲンガーゲンガーゲンガーゲンガー!」

「ゲン!」


名前を呼べば嬉しそうに笑う彼をぎゅーっと抱きしめれば、前向きに生きる気力がわいてくる。
きっとゲンガーがいなければ私はずっと立ち止まったままで、つまらない男の事をずるずると引きずったままで、その場から一歩だって動けやしないのだ。


「…もうゲンガーと付き合っちゃおうかな!」

「ゲンッ!?」


笑って言えばゲンガーは顔を真っ赤にしてあたふたと慌て出す。それを見て、私はつい真剣に考えてしまった。


「ね、ゲンガー」

「ゲン?」





貴方とならきっと、ずっと幸せに違いないのに


「ゲンガーゲンガー、真剣に考えてみない〜?」
「ゲン〜…」

困ったように笑う彼も、おろおろとする彼も、私は愛しいと思うのだ。



101125

ゲンガーの感触はお餅みたいな感じに違いないという妄想。中ト●ロみたいな…低反発枕みたいな…


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