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部屋から出ること無くすごすこと数日。食事はしっかり出てくるし、海軍の若い者達がちょこちょこ遊びに来るしでそこまで暇ではなかった。それに空いた時間はひたすら鍛錬に費やしていた。(といっても愛刀はないので簡単な型と筋肉を鍛えるだけだったが)

この船に乗るクルーからの信頼は得ていたため、毒殺の心配が少なかったのは助かった。しかし眞魔国とやらにつけばそうも言っていられなくなるのだろう。

今日も今日とて私の部屋に居座る男共をあきれて眺める。剣術やら何やら真剣に相談してくるのはいいが、こいつら私が監禁?謹慎か?されていることを忘れているのではないだろうか。
おそらく上官の方も見て見ぬ振りをしてくれているのだとは思うが、グウェンダル閣下にとっては頭の痛い話だろう。
ヨザックは相変わらず扉の傍にへばりついているため、話の内容は上に届いているはずだ。

私が余計なことを詮索すればすぐにでも引き離すつもりなのだろうが、海軍の信頼を得ることだけが目的の私にとっては特に問題はない。


「姫さんも物好きですね」

「自分を慕う者がいれば情もわくのが道理でしょうに」

「…さようで」


剣呑な光を帯びていた瞳も、ここ数日ではつまらなさそうにしている。
自軍の様子にあきれているのか、はたまた自分も混ざりたいだけなのか。それでもあの襲撃以来、会話の中には所々棘が目立つ。


「もう少しで眞魔国に到着しますよ」

「そう」

「…黒のお召し物はあまりお気に召さなかったようで」

「自国の文化に愛着があるもので」


来た時の和服を身につける私に何やら文句があるらしいが、今は長宗我部も何も関係ない。自国の利益のためなら我慢もするが、そうでもなければ私も弟の元親と同じくそんなに気の長い人間でもない。売られた喧嘩は買う、そんな海の男の精神は健在だ。女だけども。

しかし最近のヨザックは警戒と言うよりも子供が意地を張っているようにも見える。子供というか、手柄を立てたがる若い部下を前線に出さなかった時の反応に近いというか。


(獣の目は変わらないけれど、なんともまあ)


魔族とやらは見た目に年齢が比例しないと説明を受けたが、精神年齢もゆっくり成長…というか、見た目の通りなのではないだろうか。






眞魔国。
船から見下ろした港町は話に聴く南蛮に近いイメージだった。しかしそこに住む市井の者の表情にはあまり陰は見られなかった。ある程度平和は保たれているように見える。貧困層を見ない限りは断言はできないが、そこそこの生活は送れてはいるようだった。


「姫君は私と共に馬に乗って頂く」


馬を引いてきたグウェンダルの言葉に眉をひそめる。彼の馬は見事な雄の黒馬だった。さぞかし戦場ではよく働くのだろう。その首筋をいたわるように撫でるグウェンダルの目は優しい。


「馬には一人で乗れるけれど」

「いつどこから狙われるとも限らないのでな」

「なにそんな物騒なのこの町」

「念には念を入れてだ」


真剣なグウェンダルの表情に、ちらりと馬を眺める。やはり見事だ。むずむずと乗ってみたい欲もわくほどには。


「その馬?」

「ああ。私の愛馬だ」

「うん、それなら」

「理解が早くて助かる」


ほっとした風の彼に少しだけ罪悪感がわくが、それよりも私の関心は馬に向いていた。近づけば主人以外には触れられる気もないのか、荒々しげな鼻息でこちらを見る。


「いい馬ね」

「…そうだな」

「名前は?」

「ヴェリタ。真実という意味だ」

「良い名前。」

「…ああ、」


グウェンダルの声はどこまでも優しい。基本的に動物が好きなのかもしれない。彼を背後に、未だこちらを睨む軍馬に向き合う。


「ヴェリタ殿。我が名は長宗我部ラシャ。主人に忠義を尽くす貴殿には申し訳ないが、しばし私にも力を貸してはもらえないだろうか」

「…ラシャ、様?」

「主人以外を乗せることなど意に反する事であるとは思うが、私も誠心誠意貴殿に向き合う所存故」


背後での戸惑うような声には気にせず、目の前の彼にのみ話しかける。馬は頭の良い生き物だ。言葉は通じずとも、そのニュアンスで何を言っているか位は理解する。それに、きっと彼は群を抜いて賢い。

ふん、と鼻を鳴らした彼に感謝の意を伝える。同時に、背後のグウェンダルがそっと声をかけてくる。彼なりに気を遣ってくれていたようだった。


「もう、よろしいか」

「ええ。ありがとう。でもその堅い口調と様だの姫だのの呼び方を何とかしてくれると嬉しいんだけど」

「…努力はしよう」


少し困ったように言うグウェンダルに、何とも言えぬ気持ちになる。双黒とはそこまでの威力を持つのだろうか。そうだとしたら、その風習は破滅しか呼ばない気もする。


「お手をどうぞ、その、…ラシャ、」

「ありがとう」


名前呼びの事は努力の範囲内らしく、それでも苦い顔をして名を呼ばれる。何とも真面目なお人だ。手を引かれ、馬上へと上がれば背後からグウェンダルが手綱を握る。二人乗りなど、まだ幼かったころ以来だった。

弟が姫和子と呼ばれ、私もまだ戦をしらなかった、幼い頃。今の自分に後悔はないが、懐かしい頃の思い出だった。




130524
やっと長男夢。
馬についての表記はわりかし適当です。雰囲気で読んで下されば嬉しいです…
ヴェリタは伊語での真実の意味






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