▼人喰い植物



かの頂上戦争で、いっときだけ時が止まった瞬間がある。

白ひげ側も、海軍も、同じように呆然とそれを眺めることしかできなかった。名前がこの戦争に参加するなどだれも思いもしなかったのだ。
海軍にとっては完全なノーマーク、味方であるはずの白ひげのクルーたちも、もうずっと前に船を降りた男がこの場にいることが信じられなかったのである。
そして誰も、名前の能力についてを知らなかった。自分は弱いといい続けた男は、ついぞ己の能力を見せぬまま船を降りたのだ。いつからそんなものが使えたのか、船を降りた後か、それとも船にいた頃からか。どこが弱いんだ、呟いたのは古株の誰かだ。

エースのいる処刑台にひょいと軽く上がっていった名前は、呆然と見上げるエースに、変わらぬ調子で語りかける。はてここはいつもの甲板の上であったかと思えるほどの調子で、笑い、そして、

ぱくん、と彼の手がエースを喰らった。名前の両腕は、例えるならば食虫植物のような、いやこのグランドラインならきっと人喰い食物であろう形に変化していた。凶悪なその口は動けないままのエースを文字通り喰らったのだ。悪魔の実か、と吐き出すように言ったガープに、名前はふむと頷きを返す。


「ここでもアクマとやらと戦うことになるとはなァ」


咎落ちになるのはごめんだから勘弁してくれ、言った名前の言葉は場にそぐわぬほどには落ち着いたものだった。
一番早くに我に帰った赤犬の攻撃をさらりとかわして、名前はその凶悪な姿の腕を振り回す。エースを喰らった方の腕は未だ閉じたままであったが、片手ですら海軍も海賊もなく命を喰らっていく。

しばらくそうしてい名前たはそのままモビーの方に歩を進めた。警戒する仲間たちに、両手をあげて攻撃の意思がないことを伝えるが、その手はエースを喰らったままであるのだから説得力なとあるはずもない。

白ひげ自身は楽しげに笑っただけだった。それを見た名前は呆れたように笑うと船のしたから大きく何かを投げるような仕草をみせた。警戒するクルーをよそに、投げ込まれたのは、呆然としたままのエースだった。家族たちに囲まれた中で、粘着質な唾液に濡れたエースは体から糸を引くそれにうえ、と嫌そうな声をあげる。


「悪いなァ白ひげ、お嬢も久々の食事だったもんだからなァ。そいつの命の5年や10年は喰らっちまったかもしれん」

「グララララ!お嬢ってのはおめェのその両腕のことか!」

「そうだ」


よいしょ、とおっさんくさい声をあげて甲板に降り立った名前が、時間の経過を感じさせないいつもの笑顔で、いつものようにへらりと笑った。


140307





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