たからもの | ナノ



突然だが、鼻血を出した。
違うんだこれには正当な理由があるんだ。決してやましいものを見て興奮したとかそういうのではなく体育をしていたらボールが顔面に直撃してそれはそれは熱い接吻をボールとしてしまい同時に大して高くもない鼻に当たりそのままブー。しかし炎天下での体育は暑かったし涼しい保健室に来られたのは良かったかもしれない。鼻血もしっかり止まったがまだ少し頭がボーっとすると保健の先生に言うと暫くベッドで休んでなさいと言ってもらえた。よっしゃよっしゃとカーテンでベッドの周りをぐるりと締めて個室にし上機嫌でベッドにダイブ。しかも窓側の特等席だ。よし、体育が終わるまで少しうたた寝でもしようかな



「ああっ、サボり発見」

ふと声がして目を開けると窓から同じクラスの佐伯が顔を覗かせていた。あれ…

「…今何時?」
「3時半。完全に放課後だよ」
「寝過ごした…」
「だろうね。君のおかげで今日の数学は当たらない筈だったのに見事に当てられたよ」
「ごめん…今度潮干狩りしたとき貝ひとつあげるよ」
「みっつで手を打とうかな」
「ぐっ…ていうか潮干狩りのシーズン終わってるよね」
「じゃあまた来年だな」
「いや卒業してるし…ていうか佐伯はどうしたの?」
「ああ、そうだ。これ持って来たよ」

はい、と窓越しに佐伯が教室に取り残されていた私の3年間使い古してくたびれたスクールバッグを渡して来た。あら優しい。

「ありがとう」
「友達もみんな心配してたよ」
「その割にはお見舞い来てくれないけどね」
「うん、あいつなら大丈夫だろって言ってた」
「それ心配してなくね」

まあいいや…なんてその鞄を受け取らんと手を伸ばしたときだった。ガラと音がして保健室に誰か入ってきた。そして保健室にいた先生はそれと入れ違いで「会議に行ってくるから騒いじゃ駄目よ」と出て行く。「はあい」と高い声がふたつ。声からして隣のクラスの女の子達だ。どうやら保健室で屯う常連らしい。なんとなく私も佐伯も声を出さず黙っていると彼女達のガールズトークがおっぱじまった。何故かそれに耳を傾ける私と佐伯。

「あー、マジ国語ダルかった」
「漢文って何なの?漢字ばっかり並べてさあ、普通に平仮名使って書けよって感じじゃない?」
「それ思う」

ここでブッと噴き出しそうになる。平仮名も使えっていやそれ漢文じゃなくね?笑のツボが大層浅い私は彼女達の会話に笑いを堪えるのに必死だったがチラリと佐伯を見ると彼も口に手を当てて肩を震わせていた。もしかしたら佐伯とは笑いの沸点が似ているかもしれない。しかしそんなガールズトークは思わぬ方向へ展開していく。私も一応女子だから分かるが女子の会話というものはハイスピードで移り変わっていくのだ。

「ていうか聞いた?1組のジュリエット、佐伯君に告ったらしいよ」

佐伯、という単語が上がりピタリと笑いを止める私達。ほ、本人ここにいますよ〜。そして本人がいることにも気付かぬまま彼女達は話を続ける。ちなみに1組のジュリエットというのは今年のお花見会で佐伯主演でやったロミオとジュリエットのジュリエット役をやっていた子のことだろう。とても可愛い子でミスコンを開催したら間違いなくミス六角になるであろう子だ。そんな子が佐伯に告白をしたらしい。…へえ。流石。と佐伯に目を向けると、うっ、と反らされた。この反応は…

「で?付き合ってんの?」
「いやそれがフられたらしいよ」
「え!有り得ない。マジで?」
「うん」

やっぱりな…ロミオはフったのかジュリエットを。まあでもこればかりは仕方が無いね。惚れた腫れたはどうしようもないさ。しかし彼女達の会話はどんどん怪しげな雲行きへ向かう。

「ジュリエットで駄目とかもう六角の誰も無理じゃん。理想レベル高すぎでしょ佐伯君」
「まあ自分の顔が良いとそうなるんじゃない?吊り合いとかさあ」
「でも私はみんなが言うほど恰好良いと思わないけどなあ。そうでもなくない?」
「まあタイプではないかな私も」
「調子乗ってる感じあるよね。鼻につくっていうかさ」
「お高い感じね。君じゃ俺には見合わないよ?みたいな?」

あはは、なんて笑う彼女達だったが私個人的に言わせてもらうと何ひとつ面白くない。さっき真面目に話していた漢文ひらがな使えよ、の方がよっぽど愉快に笑える。思わす出て行って頭を一発引っ叩いてやろうといきり立ったが佐伯に腕を掴んで止められた。確かに、ここで関係ない私が話をかき混ぜるのは佐伯も望んでいないだろうし良い方法とは言えないけど…。大人しくまたベッドへ座り、気付かれないように佐伯に目を向けると窓枠に手を掛け斜め下を向いている。私は何を言ったら良いだろうか。そんな気まずいこの空間を知りもせず彼女達は笑いを飛ばし続ける。

「もうさモテて大変〜って言うなら覆面とかひょっとこのお面とかタイガーマスクとか何かしら着けて学校来れば良いんじゃない?そしたら顔も隠せるしさあ」
「タイガーマスクとか…虎次郎なだけに?」

それウケるー!…とサムイギャグを飛ばしつつ保健室に飽きたらしい彼女達は喉が渇いたと保健室を出て行った。しんと静寂を取り戻した保健室。

「…」
「…」
「えと…何というか、同じ女子として恥ずかしいというか…佐伯大丈夫?」
「はは、大丈夫だよ」

びっくりしたなあ、なんて笑ってはいるが面持ちが暗い。そりゃあそうだ。顔が良いからと勝手に騒がれ女の子をフれば調子に乗ってると勝手にディスられ…ジュリエットには悪いが佐伯は残念なことにただ彼女が好きじゃなかったからフっただけでそれがたまたま学校いち可愛い子だったというだけの話だ。モテる男は大変というがあれは本当かもしれない。

「“言うほど恰好良くなくない?”で私は恥ずかしくて火吹くかと思ったよ。やめて、やめてそういう負け惜しみみたいなの聞いてるこっちが恥ずかしいから!ってさあ」
「はは…負け惜しみとかじゃないと思うけど…」

結構キツイなこういうの、なんてコテっと腕におでこをつけて俯く佐伯。色素の明るい髪が風で流れる。そうだよ佐伯だってイケメンだろうが副会長だろうが同んなじ中学生なんだから。私はとりあえずベッドから身を乗り出してそのサラサラ髪の毛をくしゃくしゃと左右に撫でた。

「大丈夫だよ。佐伯は普通にちゃんと恰好良いよ」
「はは、何それ」
「彼女達のは僻みみたいなものだからさあ。あんなの女子にとっては今日の夜ご飯何だろうっていう会話と同じようなもので気にするだけ佐伯の時間が勿体無いよ」
「夜ご飯…」
「証拠に佐伯の良いとこ言ってあげようか」
「いいよ…言わなくて…」
「そう…まあでも、イケメンとか以前に優しいよね。佐伯は。今日だって鞄、届けてくれた」
「…」

ね、と頭を撫で続けると佐伯は少し間を置いて「うん、ありがとう」とその頭を小さくこくりと縦に動かした。

「しっかしさ、何かムカつくからちょっと追い掛けてって一発殴ってやれば?」
「いやそれ俺捕まるし…」
「じゃあ私がやってこようか?」
「そんなことしたら今度は君が陰口言われるよ」
「その時はその時でしょ」
「君はヘコまないの?」
「いや、超ヘコむ」
「あは」

じゃあ一緒だ。と漸く佐伯が笑った。うん。良かった、やっぱり佐伯はイケメンだけど笑うともっとイケメンだ。…しっかし、やはりちょっとムカつくな。よし、ムカつくから彼女達にはちょっとした御礼をしてやろう。「佐伯ちょっとちょっと明日さあ」と私の考えた提案を耳打ちすると佐伯はち、「いや、でもそれはちょっと…」なんて苦笑いして渋っていたが彼女達にちょっとお灸が必要なのだ。というか私が面白いだけであるが。

「落ち込むより笑いにしてやった方がスッキリするよ!」
「でもなあ…」

そして結局翌日、タイガーマスクを被って登校してきた佐伯をみんなが笑ってどうしたどうしたと取り巻く輪の端で彼女達が顔を真っ赤にして俯いていたがまあこのくらい可愛いものだろう。







「おなかがすいた」の江子さんに、サイト3周年リクエスト企画で書いて頂きました。
江子さん本当にありがとうございました!!!




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