ピュアネス






──不二くんがあんまりにこにこしてるから、私は不安になったんだ。きっと。

「不二くん。不二くんあのね」

隣を歩いてくれている不二くんのシャツの袖、掴んで立ち止まった。

「桜ちゃん? どうしたの?」

私に付き合って不二くんも立ち止まってくれた。そしたら、後ろから歩いて来た人がぶつかりそうになって、チッて舌打ちして私達を睨んで抜かしていった。

「あ、ごめんなさい」

こんなところ──休日の遊園地──で急に立ち止まったりしたら邪魔だよね。当たり前。私は慌てた。

「大丈夫だよ。少し休もうか」

不二くんは、私みたいにみっともなく取り乱したりしない。優しく笑って、人の邪魔にならないベンチに連れて行ってくれた。お姫様みたいに私を先に座らせてくれて、どうしたの?ってまた訊いてくれた。

「疲れちゃった? 飲み物でも買ってこようか?」
「……あ、の。そうじゃなくて」
「うん?」

不二くんはにこにこしている。
不二くんって人は、基本、にこにこしてる人だ。穏やかで、理性的。でもテニスでは熱かったり、クラスでも菊丸くんとふざけてじゃれあったり、よくしてる。大人っぽく見えるけど面白い事が大好きで、悪ノリだってする。案外人をからかうのが好き。子供っぽい面も持ってる人。
でもすごく、すごーく優しい人だ。基本、不機嫌になるって事がない。人に、気を遣わせない。先回りして気遣ってしまう人。
──だから、私は時々、不安になってしまうんだ。

「ええと…あの、不二くん、今、楽しい?」
「えっ」

思い切って訊いてみた。清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気を振り絞って。
そしたら不二くんはにこにこ顔をやめて一瞬で真顔になった。うっ、怖い。不二くんって美形だから真顔になられると迫力がある。

「えええええとね、あのね、今日は私に付き合ってくれて、遊園地来てくれて、私はすごく楽しいし嬉しいんだけど、不二くんはどうなのかなって…。遊園地なんて子供っぽいとこじゃなくて、美術館とか、行きたかったんじゃないかなーって…不二くんのイメージ的に」
「えっ」
「や! 不二くんがつまらなそうにしてたとかじゃないよ!? すごく、楽しそうにしてくれてたよ!? でも、私に気を遣ってくれてるんじゃないかなあ、とか思っちゃったり……して………」

語尾がしゅわしゅわと消えていく。ソーダの炭酸が抜けるみたいに。私の言葉にはいつも自信がない。ぱりっとしない。不二くんはこんなに、こんなにかっこよくて優しくて完璧なのに。

「……桜ちゃん」

不二くんがちょっと困った感じの声出したから、私はびくっとした。そしたら苦笑された。優しい笑い方で。

「桜ちゃんてば」

くすくす、笑う不二くんは確かに困ってる。でも、楽しそうだった。面白いもの見つけた時みたいな顔。それから…。

「桜ちゃんは、どうして僕に『付き合ってくれて』『来てくれて』って言い方をするのかな。僕は来たくて来たのに。むしろ付き合わせてるのは僕の方なのに」
「え」

笑いながら、私を見る顔。楽しそうで、それからめちゃくちゃ優しくて。甘い。うわって思った。うわ。

「大好きな彼女と一緒に遊園地デートしてて、楽しくない男なんているのかな」

うわっ。うわー…。
……とろけそう。
おそらくは真っ赤になって口をパクパクさせているであろう私に、不二くんは笑いかける。悪戯っぽく、楽しそうに、ちょっとだけ困りながら。……とても大切なものを見る目、そう、「愛しい」。そういう目をして。

「桜ちゃん? 桜ちゃんは僕の、何だっけ?」
「…………っ、かっ」

不二くんみたいな人の隣にいて、コンプレックス、感じないなんて無理だった。いつだって女の子達から値踏みの目で見られるし。でも、それでも。
私がどんなに卑屈な事考えちゃっても、今の不二くんの目を見たら全部分かってしまう。伝わってくるから。
この人、私の事、こんなに大好き。すごく、すごーく好き。
それきっと、私の気持ちと一緒だ。おんなじだけの「好き」。それってすごい。すごいね、不二くん。

「……彼女、です。不二くん、の」
「はい。正解です」

頑張って答えたら、頭、撫でられた。うう。
不二くんはちょっと溜め息をつきながら笑った。

「美術館が似合う男っぽくしていたかったけど。でも今日は本当に楽しくてさ。遊園地なんて子供の頃家族と来た以来だし、隣に桜ちゃんがいてくれるし、はしゃいじゃったかな。…気を遣う暇なんてないよ、恰好悪いけど」
「えっ不二くんはいつでもかっこいいよ! …っていうか」
「えっ」
「不二くんこそ、私が『いてくれる』とか言うー」

きょとんと目を丸くした不二くんはかわいくて、その後「そうだね」って吹き出した顔もかわいくて、でも。

「うん。ありがとう。『いてくれて』」

そう言って私の手を握って笑う顔は、かわいくなかった。かっこよすぎて苦しくなった。
胸キュンによる呼吸困難に陥って苦しむ私に、不二くんはまたくすくす笑いながら立ち上がった。手を握られたままだったから私も一緒に立ち上がる。

「桜ちゃん、次はお化け屋敷行こうか」
「えっ」

お化け屋敷。
確かにデートの定番だ。でも、何もそんなうきうきした顔で言わなくても…。

「ここのお化け屋敷、すごく怖いんだって。毎年趣向を変えて評判だって乾が言ってた」
「げっ」

乾くんが言うくらいなら本物だ。怖気付く私に構わず、不二くんはずんずん進んでいく。楽しそうに。……あれ、私、なんでさっきまで『不二くんは私に気を遣って楽しそうな振りをしてくれているだけなのでは』なんて馬鹿な事思ったんだろ? 不二くん、めっちゃイキイキしてるし。心から楽しそうだし。
…でも、しゅるん、って。さっきまでの私の不安はいつのまにか泡みたいに弾けて空気に溶けて消えていた。だからやっぱり、気遣われてるのかもしれないってこっそり思った。

「桜ちゃん。怖かったら抱きついてもいいよ」

悪戯っぽく、からかう調子で笑いながら振り返った不二くんの目が、やっぱり、「愛しい」って言ってるから。
握られた手に力込めて、握り返した。
怖がる振りしていっぱい抱きついちゃおう、本当に。ぎゅうっと心に誓った。正直お化けに立ち向かうよりハードル高いけど、でも、恋愛は、頑張る、もの。──うん、頑張る!


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