情緒不安定






サエの駄目なところ、私が嫌だった事、ひとつひとつ、口にすればそれらはあまりに些細な出来事に聞こえてしまった。ずっと溜め込んでいた私の心がすごく狭いみたいに。そんな事でいちいち怒ってるのがすごく馬鹿みたいに。それが私をますますイライラ、ムカムカさせる。止まらなくなる。
せっかくサエの部屋でおうちデートなのに。二人きりになるの久し振りなのに、私は怒って文句言って、可愛くない。不機嫌になって、楽しくない時間をサエに過ごさせてる。彼女なのに。

「あの時、サエに告白してきたあの子に優しくして、家に送って行ったのもあり得ないと思った。すごく嫌だった」
「そうだよね。ごめん」
「確かにあの子泣いてたけど、でも、嘘泣きじゃないかって思った。そうすればサエが優しくしてくれるの分かっててやってる気がした」
「…うん、そうかもしれないよね。嫌な思いさせてごめん」
「そうかもしれないじゃなくて。絶対そうだよ」
「うん」

サエはずっと謝ってる。反論とか、しない。私は自分が物凄く性格の悪い嫌な女になったような気がした。
……なったような気がした、じゃ、なくて。実際に私は「物凄く性格の悪い嫌な女」に「なった」んだ、と思う。サエと付き合いだしてから、私、どんどん心が狭くなっている。
サエはモテる、すごくモテる、とんでもなくモテる。そんなの付き合う前から分かってた筈なのに。彼女がいてもいなくても関係なくアプローチしてくる女の子達や、その周辺からのちくちく刺さる視線、厭味。私はサエが好きで、サエも私を好きだって言ってくれた言葉を信じてる、だから他の女の子の事なんて気にしない。ずっとそう強がってきたけど、やっぱり、そういうひとつひとつは積み重なって心にダメージを与えていた。
──サエの彼女が私じゃなければ。
こんな思い、しなくて済んだのかもしれない。もっと綺麗で可愛くて頭が良くてスポーツも出来て人望もある女の子がサエの彼女だったなら、他の女の子達も認めてくれて、サエに告白してきたり、しないのかも。値踏みするような目で見られたり、厭味を言われたり、小さい意地悪をされたりする事もないのかも。そう、私が、サエの彼女に相応しくないと思われているから…こんな事になってるんだ。
涙が出てきた。
サエは全然悪くなくて、サエを好きになってしまう他の女の子達だって全然悪くなくて(だってサエを好きになってしまうなんて仕方のない事だ。私、その気持ち滅茶苦茶分かるもの)、悪いのは、分不相応にも「サエの彼女の座」に居座っている私──そんな風に思えてきてしまって。

「桜」
「っ、…」
「桜、ごめんね」

泣きだした私よりずっと痛そうな顔をして、サエが私を抱きしめた。辛そうな声。サエ全然悪くないのに、謝らせてる。辛い思いさせてる。そう思ったらますます涙が止まらなくなった。

「今日サエに告白してきた子も、昨日サエが優しくしてあげた子も、みんな嫌い。大嫌い」
「うん」

頭、沸騰してぐちゃぐちゃ。ダムが決壊するみたいに、嫌な言葉、どんどん出てくる。自分の中にこんなにドロドロして汚い気持ちがあった事に情けなくなった。普段はその気持ちに蓋をして、にこにこして物分かりのいい彼女の振りをしているくせに……本当はこんなにも底が浅い、つまらない、心の狭い女。それが私。
こんなの知りたくなかった。サエと付き合わなければ知らないで済んだ。

「もうやだ」
「うん」
「もう、疲れた」
「……桜」
「サエの彼女、やめたい」

…言っちゃった。ついに。もう終わりだなって思った。サエは逃げるものは追わない。サエは優しいから。私が苦しいから解放してって言ったら、その手を離してくれる。そういう人だ。
それなのに。私を抱きしめる腕は、強くなった。

「……サエ?」
「桜、それ本気で言ってるの」
「え…」
「俺の事、嫌いになった?」
「っ…」

なんて事を言わせるんだろう。サエは残酷だ。私の汚いところをもっと暴くように。

「……他の女の子に優しくするところ、嫌い」

ぼろりと私の口から言葉が零れた。自分の口から出たものなのに、それは私の胸にぐさりと刺さった。

「分かった、ごめん」

サエがすぐに言った。急いでるかんじに。

「今度から桜以外の女の子には優しくしない。約束する」
「えっ」
「桜が嫌な事はもうしない。他には? 言って。全部直すから」
「え…」

何それ。
一瞬真っ白になった頭の中で、サエが言った意味、頑張って考えた。

「──っ、駄目だよ!」
「桜?」
「他の女の子にも優しくしなきゃ駄目だよ! だってそれがサエでしょう? 私のせいでサエが変わるなんて嫌だ、駄目」
「桜が傷つくよりはいいよ」
「よくないよ!」

何言ってるんだろうこの人。私は本気で怒った。サエの事突き飛ばすようにして体離して、サエの顔を正面から見上げて怒った。

「駄目、絶対駄目。…サエが誰にでも無駄に優しいの、嫌だけど、嫌だったけど…、でも、それがサエだもん。好きなんだもん、サエの駄目なところも、全部」
「桜」
「ごめんね。傷ついちゃってごめん。」
「桜」
「めんどくさくてごめん。うるさくて。こんな事で怒って、泣いて。でも変わらないでいて。…傷つけても、いいから」
「桜」

傷つけてもいいからって言葉はサエにはすごく痛いだろうと思った。サエは人を傷つける事が嫌い。私の言葉はサエを傷つけてる。

「桜。俺と別れたいって本気?」

頷くのと首を振るの、人間は同時にできるって初めて知った。サエが痛そうな顔で少し笑った。

「桜、それじゃ分からないよ。どっち?」
「……わかんない、私にも」
「どっちも本気なんだ。じゃあ俺は、桜の願いを聞くし、聞いてあげない」
「え」

言葉の意味を考えてる間に、また、抱きしめられた。抱きしめるっていうか、すごい、乱暴。嵐みたいに唇を奪われた。ぎゅっと押さえつけられて腕が痛いし、背中も。…いつの間にか背中がベッドにくっついてて、余裕のないサエの顔の上にはサエの部屋の天井が見えた。私は息を飲んだ。だってサエの余裕のない顔なんて初めて見た気がする。

「サ、」
「黙って。別れてなんてやらない」
「っ」
「桜が傷ついても。離してあげない」

私の見開いた目から、また涙がぼろぼろって零れた。サエはまた痛そうな顔をして、でも私の上からどかなかったしキスをやめる事もなかった。

「ごめんね、桜」

謝られて、泣きながら笑ってしまった。
サエ、怒ってるんだって気付いたから。何を言っても怒らないで優しく受け止めてくれたサエが、「サエの彼女やめたい」の言葉で本気で怒っちゃったんだって分かったから。
……私、サエを怒らせる事ができたんだ。ちゃんとサエの心を動かせたんだ。変だけど、なんだか妙に感動したりして。

「…桜?」

私が笑うから、サエが訝しげに顔を覗き込んできた。心配そうに。こんな時でも優しいなんてもう、仕方ないって思った。サエが優しいのは仕方ない。私だけに優しいんじゃなくても、いい。そんなサエを好きになったんだから。

「サエ、ごめんね。これからも時々私、こんなふうに爆発して、泣くかも。もう疲れたって泣き事言うよ。出来た彼女じゃなくてごめんね」
「出来た彼女なんかいらないよ。桜が無理しない方がいい」
「…っ、でも、無理はする、仕方ない、それが私だから」
「……桜」

サエが苦笑した。サエが優しいの同じくらい、私が無理する性格なのも仕方なくて今更変えられない事、サエだって分かっているから。
私たち、本当は相性良くないのかもしれない。だけど。

「また爆発したら、またこんなふうに怒って。そしたら安心するから」

笑ってサエの頭を引き寄せた。応えて唇を寄せてくれながら、サエが低く掠れた声で訊いてくる。息、くすぐったい。

「…こんなふうにって?」
「えっと。こんなふうに、ええと……乱暴にして?」
「!」

ボッ!と火が点いたみたいに真っ赤になったサエが、私の上に撃沈してきた。
……最後まで乱暴にはしてくれないらしい。やっぱりサエは優しいなあって、まだ涙の残る目のままで笑ってしまった。


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