リクエスト






「リクエスト、していいかな」

私が唐突に言ったら、私の恋人はコーヒーカップをソーサーに置いてから「あ?」と言った。
「あ?」って、ガラが悪い。お洒落なカフェにそぐわないガラの悪さだ。

「景吾ってお育ちがいい筈なのになんでそんなにガラが悪いのかなー。やっぱり私たちのせいかなー」
「おい」
「私とか亮とか岳人とかジローとかと、学生時代いつも一緒にいたから移っちゃったのかなー」
「おい」
「うーんでも景吾って初めて会った時からこんなんだったよね。かわいい顔して『今日から俺がキングだ』って高笑い。あれにはドン引いたわあ…」
「おい」
「でも駄菓子屋さん知らなかったり、ドロケー知らなかったり、したよね。亮と岳人が面白がって教えてあげて、景吾ってば『ドロケーでも俺がキングだ』ってムキになって頑張っちゃって、新しい制服をドロドロにして帰った事もあったよね」
「おい、こら」
「あの時私たち、景吾はお坊ちゃまだから家の人に叱られちゃう!って思って、みんなで付いてったんだよね、アトベッキンガム宮殿に。ミカエルさんに亮が『俺達が誘ったんです!』って頭下げてさー。ね、覚えてる? 景吾」
「忘れようもねぇが……おいそれより」
「あの時の景吾かわいかったなー。泥んこなのに、『ミカエル!ドロケーというゲームを知っているか!?』って誇らしげにふんぞり返っちゃって。ミカエルさんの驚いた顔!その後すごーくうれしそうに笑ってくれて、『坊ちゃま、よかったですね』って。うっ、思い出したら涙が…」
「おいよせ。やめろ、泣くな」

景吾が嫌そうな顔で差し出してくれた、いい手触りのハンカチで私は遠慮なく洟をかんだ。

「…ごめん、思い出したら懐かしくてつい。ミカエルさん元気?」
「……元気も元気だ。最近はパラグライダーを始めたくらいだ」
「パラグライダー!? ミカエルさん若! あっ、パラグライダーといえば景吾、中学の時にさあ…」
「よせ。話すな。聞きたくない。それより桜」

やっと私の名前を呼んだ。私はにっこり笑って「なあに?景吾」と言ってあげる。景吾は眉間の皺を深くしながら溜め息をついた。

「リクエストってなんだ」
「ああ、その事」

ふふふ、と笑う。

「来週のね、私の誕生日」
「ああ」
「プレゼント、リクエストがあるの」
「……」

景吾はコーヒーを啜りながら、目線で私を促した。
落ち着いてる。落ち着いた、大人の男の人になった。立派な。
お洒落なカフェの中でも一際人目を引く綺麗な顔形、高級そうな仕立てのスーツ、洗練された身のこなし。ひとつひとつが全部景吾。人目を引く事なんてこの人には当たり前。プレッシャーを誇りにして、ずっと生きてきた。今、彼は社会的地位のある大人で。
氷帝学園で景吾を泥まみれにして遊んだ事のある私も、社会に出てそれなりに頑張って、立ってて。大人になった。景吾ほど立派な大人じゃないけど、自分の事大人って言えるくらいには大人になった。
私たちは婚約している。いろんな事があったけどお互いを認め合って好きになったから。

「欲しい物があるのか。珍しいな、桜が」

私が笑ったまま何も言わないから、景吾から言ってくれた。確かに、私は景吾に何もねだった事はない。というか、嫌だった。何でも買えちゃう人から、何も貰いたくなかった。

「うん…」

本当は知っている。景吾が、私の誕生日に私に贈ってくれようとしているものの事を。
指輪。おばあ様から譲られた翡翠の指輪か、景吾が選んで作らせたダイヤの指輪か。分からないけどきっと立派なものなのだろう。景吾のお嫁さんになる人に相応しい指輪。それと愛の言葉。

「あのね…」
「言ってみろ。リクエストなんだろ?」

面白そうに笑う景吾。ああ、悪い子の笑い方だ。私は景吾のその笑顔がすごく好き。その顔じゃなくても、景吾なら何でも好きなんだけど。

「………………ゆびわが、欲しいの」

結局、私は本心を言えなかった。景吾は満足そうに笑っていた。

本当に欲しいものは指輪なんかじゃなくて、景吾の時間とか、景吾の手で作られる何かとか、景吾が私を思ってしてくれる事、考えてくれる事、とか。リクエストなんて言い出したはいいもの、いざ言葉にしようとすると、あまりにも子供染みてつまらない我儘に響く事に気付いて私は躊躇した。躊躇して、景吾が望むであろう台詞を言った。私はもう大人だから。景吾も大人だから。忙しい忙しい大人で、景吾の時間、割いて、なんて私が言ったらいけないの知ってた。景吾はもう、氷帝学園での私たちだけのキングじゃなくて、皆の大切な人だから。私が景吾の時間を5分奪えば、困る人は両手の指じゃ足りない。
景吾は結婚すべきだった。社会的地位やタイミングからいって、今がその時だし皆がそれを期待している。





「Happy Birthday 桜」

結果として、景吾は私のリクストに応えてくれた。全力で、私の思惑のすべてを乗り越えて。
差し出された抱えきれない程たくさんの野の花の花束と、するりと薬指にはめられた指輪。冷たい金属じゃない、やわらかな、四つ葉のクローバーだけで編まれた緑の指輪。

「俺が取って来た。薔薇しか知らねえと思うなよ。中坊の頃お前等に散々馬鹿にされたんだからな。四つ葉の探し方だって知ってる」

フン、とドヤ顔でふんぞり返る景吾。花の香り──むせ返る強い芳香じゃない、でもとても優しい野原の香り──に包まれながら私は呆然として訊いた。

「…植物園とかで、取って来たんじゃ」
「馬鹿にするな。宍戸んちの裏の原っぱで摘んできたんだ、俺がこの手で」
「…………」

頭に葉っぱ、付いてるし。スーツの裾には泥。いつかの姿を思わせる景吾は、それでも誇らしげに笑っていた。

「桜」
「はい」

咄嗟に返事をしてしまう。景吾は笑いながら「泣き虫」とその指で私の頬を拭った。…その指も草の匂いがして、女の家に来る前に洗うべきなんじゃないかと突っ込む代わりに吹き出して笑ってしまった。

「不細工だな」
「うるさい」
「でも綺麗だ。桜、俺にこんなマネをさせる女はお前しかいない。結婚してくれ。いつか」
「は。え。…ん? いつか?」
「いつか、だよ。俺はまだお前に相応しくないだろう。好きな女に我儘の一つも言わせられないような、度量の小さい男のままではな」

私が、景吾に相応しくないからじゃなくて。自分が、私に「まだ」相応しくないから、って。本気の目をして言う。だから私はこの人が好きなの。
私もこの人に相応しくなれるように頑張りたいって思えるの。

「ありがとう。景吾、大好き」

抱きついたら、景吾はふっと溜め息つくみたいに笑った。この笑い方は私が抱きついた時しかしない。だから、どんな顔で笑ってるのか私には見えない。見たくて顔を上げようとすると、抱き込まれてしまって出来なかった。

「桜は俺を許し過ぎる」

落ちてきたくちびるも、野の花の匂いがした。


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