まじわらない





切原赤也。
って、すごい、かっこいい名前。字面からしてイケメン。
だいたい私は、この子が超クソ生意気に我が立海大付属中男子テニス部の門戸を叩いたその瞬間から、彼にフォーリンラブだった。いわゆるひとめぼれというやつだ。当時私は二年生、マネージャー。なんとなくうっかりテニス部のマネなんかになってしまい、「世の中には自分の常識では計り知れないことがたくさんあることであるなあ」としみじみ痛感していた頃だった。たとえば神の子とか風林火山とかデータとかビームとかイリュージョンとか妙技とか、あとジャッカルとかね。テニスがこんなにもスペクタルでデンジャラスかつ奥深いスポーツだったとは、私、立海に入るまで知らなかった。
話を赤也に戻すと。怖いモノなんて何ひとつないって自信満々の顔で乗り込んできた新入生の切原赤也は、もう、めっちゃかわいかった。やばかった。キラッキラした目でクソ生意気にタンカを切る姿、最高。挫折を知らない舐め腐った態度、かわいすぎる。今まで負けたこととかないんだろうな。ああかわいそうに、今日君は怖いモノを知ってしまうよ…合掌。
私が新入生赤也くんの身の程知らずのかわいさにゾクゾクと身を震わせながら「やだかわいい、なにあれかわいい、やばい」と口走っていると、神の子幸村がフフフと笑った。優しく穏やかに、そしてとても愉しそうに。
「ふふ、桜ってああいう子が好みなんだ。へえ、意外だったな」
そして幸村は、赤也をとてもかわいがった。物理で。おい。
先輩達の愛の鞭という名の洗礼を受け、赤也はすっかり立海の子になってしまった。赤也自身も立派な「怖いモノ」のひとりになってしまったというわけです、おめでとう。先輩達に揉まれ続け二年生になった今では『デビル赤也』なんていう異名まで付けられる始末。
『デビル赤也』って……弱い三流プロレスラーみたい。せっかく切原赤也というイケメンな本名があるというのに。それにあれ(悪魔化…)、血圧上がるし毛細血管切れてるし絶対健康に良くない。このままじゃ赤也は若くして脳内出血か心筋梗塞で死んでしまうかもしれない。もしくは体中の血液が沸騰してどうにかなるとか…。
そんな漫画みたいなことあるわけないだろと思うあなたは、まだテニスの奥深さを知らないんだなー。テニスっていろいろとすごいんだよ!私も立海に入って知ったけど。

さて、私と赤也の出会いについての説明はこの辺にして。
唐突ですが、実は今、私たちは無人島でサバイバル生活をしています。
何を言っているのか分からないと思うが事実なのだ。
あの跡部様(と氷帝のなんかシルクっぽいものを巻いてる監督)が主宰した『強豪校合同テニス強化合宿ツアーin南の島』に向かう途中で豪華客船が難破、なんとか脱出して救命ボートで無人島に漂着。救助が来るまでそこでテニス合宿兼サバイバル生活をしているというわけで。
あくまでもテニス合宿。命の危機にあってもまずテニスの練習だけは欠かさないってところがこいつら(合宿に参加している数十名のテニスバカたち)の頭のおかしいところです。脳筋だから仕方ない。
そういう私も立海テニス部マネを二年以上やってるから、なんというか、慣れた。こいつらのおかしさに。なので無人島に漂流中という今の状況も、別にピンチでもなかった。
真のピンチというのはテニスの中で起こり得るものだ。だってテニスって五感を奪われたり、人間が悪魔化しちゃったり、地球が滅亡したりするんだから。常に死と隣り合わせの命がけのスポーツなのだ。立海テニス部の地獄合宿に比べたら無人島でのサバイバル生活くらいピクニックみたいなものだ。
たとえ無人島だろうとエベレストだろうと、こいつら立海のオバケたちといたら絶対死ぬこととかない。死ぬ時は多分テニスで死ぬから。

「肉―、肉食いたいッス、肉」
「そうだねえ」
「ガツンと肉食わねーと力出ないッスよ」
「さっき魚食べたじゃん」
「食いましたけどォー、うまかったッスけどォー、魚は肉じゃないッス!」
「そりゃーねー」

赤也はさっきからニクーニクーと繰り返している。私は適当に返事をしながら木の枝を拾っては赤也に渡す。赤也の両手は既に木の枝でいっぱいだった。
何をしているかって?海岸デートです。じゃなくて、焚き付けにする乾いた流木を拾っているのだ。
焚き木拾い!まさか人生で焚き木を拾う経験をすることになるとは思わなかった。人間が悪魔化するところを見ることになるとも思ってなかったけどさ。
ちなみに真田は今向こうで薪を割っている。すっごい似合ってる。

「もう何日肉食ってねえんだろ。俺、肉の味忘れそうッス!」
「まだ3日くらいでしょ。あーでも赤也だから、3日経てば忘れても仕方ないか…」
「センパイひでーッス!センパイは肉食いたくないんスかぁ?」
「や、なんか毎日の海鮮がすごい豪華で満喫しちゃってるよ。六角の人達マジすごいよね、漁師だよね」

一応私たち遭難中のはずなんだけど。魚獲るのが異常に上手い人達とか、食べられる植物と毒草の見分け方に異常に詳しい人とか、やたら木登りというかハイジャンプ?みたいので果物取って来る人とか、飯盒炊飯のプロとか、変わった特技を持ち合わせている人達がたくさんいるおかげで私たちの食生活はやたら豪華だ。栄養計算する人までいる。
でも肉はさすがにね。高望みってものでしょう。

「…センパイ、ウニ好きっすもんねー…」

赤也がじっとりと私を見る。そう、昨日のウニパーティーは素晴らしかった。まさかあんなご馳走が食べられるとは。ていうか、いくらウニが獲り放題だからといって「ウニパーティーしようぜ☆」ってなる神経がすごいよね。そして「イエーイ☆」って乗る他の奴らも奴らだ(私含め)。…つくづくテニスってすごいな、と感心する。過酷なスポーツは人の心もつよく鍛え上げるんだなあと。
世の中の人みんな、テニスやったらいいのに。不況にも負けない強靭な精神力が手に入るよ。その代わりテニスで死ぬ可能性もあるけど。

「うーん赤也さあ、そんなに肉食べたいなら、もしかしたら不可能じゃない、かも…?」
「えっ!?」

ニクーニクーと呪文のように繰り返す赤也が哀れになって言ってみると、赤也はまるでビックリ箱の人形のように顔を上げた。目がキラキラしてる。思わず吹き出してしまった。

「まったくもう、赤也はかわいいねー」

背伸びして手を伸ばして、ぐりぐり髪の毛を掻き回す。クルクル指に絡まる癖っ毛がほんとかわいい。

「ちょ、あーもう桜センパイ!やめて下さいよー!」

木の枝を抱えてる赤也は逆らえない(それじゃなくても体育会系の悲しい性で先輩のすることには逆らえない)。私は思う存分赤也の髪を撫で回すとイッヒッヒと笑った。

「…桜センパイって、俺の頭撫でまわるの好き過ぎですよね…」
「だってかわいいもん」
「かわいくねッス」
「かわいいよ、すっごくかわいい。イッヒッヒ」
「その笑い方魔女みてー」

私は笑顔のままデコピンを喰らわす。「イテッ」と呻いた赤也は、でも両手に抱えた木の枝を落っことさなかった。

「お、えらいえらい」
「だーッもうまた撫でるし!」
「イッヒッヒ」
「ったく…。あっそれより肉!肉が何とかなるかもってどういうことッスか!?」

肉食生物赤也は「センパイ、肉の缶詰でも隠し持ってたんスか!?」と目を輝かせている。アホの子である。なんで女子中学生がそんなモノ隠し持ってなきゃいけないのだ。

「バカだねー赤也は。そうじゃなくてさあ、この島、小動物いるじゃん?」
「えっ」
「ウサギとかタヌキ見たし、もっと山の方行けばイノシシなんかもいそうじゃない?」
「えっ」
「鳥もいっぱいいるしさ」
「……センパイ、アンタまさか」
「狩ったらいいと思うんだよね。魚獲るみたいに」
「えええ!? ええ…でも……うん…?そうか…?」
「やったことないけど、赤也がどうしても肉食べたいって言うなら頑張って捌くよ、私。捌くって言うか解体するっていうか…」
「マ、マジすかセンパイ!俺の為に!」
「仕方ない、かわいい赤也の為だもんねー」
「かわいい俺の為に!」
「自分で言うなよ」
「お、俺、がんばるッス!クマ倒してきます!今夜はクマ鍋だ!」
「え?や、さすがの私もクマ解体はちょっと…っていうかさすがの赤也でもクマは倒せないんじゃないかな」

ていうかクマいるの?この島。…いたらどうしよう。真田あたりが倒してくれそうな気もするが。

「大丈夫ッス、桜センパイのことは俺が守ります!クマの一体や二体俺が悪魔化してサクッとやっつけますから見てて下さい!」
「あ、赤也…」

「俺が守ります!」にちょっとキュンッとなって、それから私は慌てて首を横に振った。もげそうに激しく。

「だめだめだめ!ちょっと待ってなんで私が一緒に狩りに行くことになってんの?おかしいでしょ」
「えっだってセンパイすげー狩りとかしそーですし。狩猟民族ってカンジじゃないッスか、眼光が」
「や、待って?狩猟民族ってカンジってどんなカンジ?眼光とかやめて、目力って言ってよ。それはマスカラをがんばってるからです!」
「え?でも今センパイ化粧してねッスよね?」
「……」

そりゃ、してねッスけど。
無人島だし。漂流だし。さすがに化粧ポーチまで持って来れなかったし。みんなのテニスバッグだけ死守するのに精一杯で。ほんとは緊急避難時にテニスバッグを持ち出すなんてマニュアル違反なのは判ってたけど、でもテニスバカたちには命の次に大事なものだし、それにいざとなればテニスラケットで必殺技を出して命が助かったりとかするかもしれないし…なんて、まあ、つまり私もそれなりに慌ててたわけですよあのときはさすがに。…ああ、私の化粧ポーチ、今頃豪華客船と一緒に海の底なのかな…。

「化粧とかしなくてもセンパイの目力すげーッスよ。俺、いっつもうわーってなるし」

うわーってなるってなんだよ。
あれかなー、やっぱり好きだ好きだと思ってるのが目に表れちゃったりしてるのかな。狩猟民族って…私、獲物を狙うハンターみたいな目で赤也を見てるってこと?うわあ…。

「それは引くねー…」
「あ?え、はァまァ、惹かれてますけど」
「そっか、引かれてるのか…」
「は?」
「あはは、いいよ、気にしないで」
「はァ」

私は空しくフッと笑った。

「あの、センパイ、肉」

肉に負ける私の恋。

「…ええとさあ、赤也、よく考えたら野生動物の肉ってキケンかもしれない。感染病とか、寄生虫とか?」
「ゲッ」
「ここ無人島だし、未知の病原菌があるかも…」
「マジすか!コエー!」

赤也がアホの子で助かった。無人島って言ったって未開の地じゃあるまいし、個人所有のリゾート(?)島に未知の病原菌がいてたまるか(いるかもしれないけど)。
私はこっそり胸を撫で下ろした。肉に飢える赤也が哀れで提案してみたはいいものの、赤也が悪魔化するとか言い出すから。あれはできればやってほしくない。血管切れて死んじゃったりしたら…って私はいつも気が気じゃないのだ。

「赤也には長生きしてほしいし」

思わずぼそりとこぼした呟きはしっかり赤也に拾われていたようで、きょとりと目を丸くした後で吹き出された。

「なんスかそれ」
「や、だってさあ、テニスって過酷過ぎるんだもん。みんな長生きできなそうで怖いなあって」
「まーたまた桜センパイはヘンなことばっか考えてますねー。そんなだから部長たちに面白がられて遊ばれるんスよ」
「え、でも私、幸村とよく真面目に相談してるよ?うちの部員たちを長生きさせる為に今何をすべきかとか」
「へ」
「私がしょっちゅう丸井のお菓子隠したりそれをジャッカルに横流ししたり、わざわざマイ血圧計用意して赤也のバイタルチェックしたりしてんの、その為だもん」
「そのせいでジャッカル先輩はしょっちゅう丸井先輩に殺されかかってますけどね…。だからアンタそれ部長にからかわれてますって。大体、一番長生きしそうなの幸村部長じゃないッスか…」
「それには同意する。あいつあんなシャランラして見えてゴリラだもんね。中身誰よりゴリラだもんね」
「2回も言ったよこの人」

赤也は恐ろしげに眉をひそめ、溜め息をついた。

「そんなんだから俺はアンタをほっとけないんス」

何言ってんだか。ていうか、赤也にだけは言われたくないなそれ。

「…大体、桜センパイに血圧測られて脈取られて、俺が平気でいられるワケねーし。そりゃ異常値出るっつの。分かっててやらせてんだよ幸村部長…」

ブツブツと呟く赤也。私はちょうどいい流木を見つけて拾い上げた。今日のディナーは何だろう。きっと今日も食料班がいい魚と山の幸を見つけて来てくれるに違いない。よく火がおきるように、焚き付けはたくさん用意しなくちゃだ。

「赤也、肉はもうちょっと我慢しようね。帰ったら焼肉食べ放題奢ってあげるから」
「はァ、まァ俺はもう少しこのままでもいーッスけどね」
「えっ肉がなくても?」
「肉はおいといて」

ニクニクうるさかったのは赤也の方だというのに。若い子の思考ってポンポン飛ぶなあ。

「あのねーセンパイ」

赤也が手を伸ばして、私が拾い上げた流木を奪い取った。

「え。いいよもう赤也いっぱい持ってるし、自分で持つから」
「だから。持ちたくて持ってるんス」
「あ、トレーニングか」
「…そーゆーことにしといてもいいッスけどォ、あのさぁ、俺が桜センパイ以外の荷物持ったり、桜センパイ以外に頭撫でさせりすると思うんスかぁ?」
「……んんん?」

荷物、は、知らない。見たことない。けどそういえば赤也って頭人に触られるの嫌がってた気がする。私にはいつも撫でさせてくれるから気にしたことなかったけど。ていうか、あれ?撫でる時って赤也、むしろ頭差し出してくれてたような…。

「…あれ?なんかさあ、それ、赤也が私のこと好きだって言ってるみたいだね?」

まさかねー、なんて笑いながら言ったら、赤也はズルリと漫画みたいにずっこけた。

「なんでアンタはそうバカストレートなんッスか!俺がワカメな当てつけスか!」

ワカメって…自分で言わなくても。実は気に入ってるのかな、ワカメ。

「まあまあ。ありがとね、赤也は先輩大好きだもんね。私も赤也好きだよ。かわいいし」

イッヒッヒと笑ってワカメを撫でる。赤也は嫌そうな顔をしながらも撫でられてくれた。あ、やっぱり、ちょっと膝折ってくれてるし。かわいいなあ。

「イッヒッヒ」
「…だからその笑い方、魔女みてー」

デコピン、再び。
イテッと呻く赤也を笑いながら、私はこっそり溜め息をついた。
…吊り橋効果ってやつだよね、これ。
うーんやだなあ。そんなの嫌なのに、それでもうれしいと思っちゃってる自分がいて。
一応非常時だっていうのに、このまま帰れなくてもいいかな〜いずれはクマも倒せるようになればオッケーだし〜なんて。恋する乙女というものはかくも愚かしい生き物であるなあなどと。
かわいいのはどっちッスかぁー、などと言う赤也の恨みがましい声をBGMに。フッとアンニュイに笑って私は空を見上げた。恋ってつらいぜ。
雲一つない空に、視界が歪んだ。



『文末企画』に参加させて頂きました)
文末「雲一つない空に、視界が歪んだ。」を作って下さったのはカピ。さんです。


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