きらきらクリスマス





ごくごく平凡な私が、高校生になって佐伯虎次郎くんというとんでもなく非凡なかっこいい人と出会い、ごく普通の平凡な日々を一緒に過ごすうちに、何がどう間違ったのか運命の神様のいたずらとかいうやつなのか、なんと彼氏彼女という仲になってしまった。
そしてクリスマスがやってきました。生まれて初めての、恋人がいるクリスマス。

私にとって佐伯くんは初めての彼氏だけど、私は佐伯くんの初めての彼女じゃない。
こんなにかっこいい人に今まで彼女がいなかったはずがない。私が何人目の彼女かなんて聞いた事ないし別に聞きたくもないけど、佐伯くんが「彼女と過ごすクリスマス」に慣れているんだろうなって事は聞かなくたって分かる。デートとか食事とかプレゼントとかいろんな事を当然のように考えてくれているんだろうなってなんとなく想像ついたから、私はあらかじめ言っておいた。

なにもなくていいよ。

なにもいらない。
特別なデートも、ロンマンチックな演出もいらない。プレゼントもなんにも欲しくない。

私の家はクリスマスには家族で夕食を食べてケーキを食べる事になってる。私が子どものときからの習慣。ひとり娘がまだまだ子どもだと思っている両親の為に、今年もやっぱりそうしたいの。
だから、夜のデートもお泊りもまだできないの。彼女なのにごめんね。

そう告げたら、佐伯くんはそのきれいな目をまん丸に見開いてぱちぱちと三回瞬きをして、それからお腹を抱えて笑い転げた。涙まで流してひーひーと。

「泊まりって……桜、俺を何だと思ってるの!」って。

かっこいい佐伯くんのそんな姿を見るのは初めてで、びっくりして立ち竦む私に、なんとか笑いの発作から立ち直った佐伯くんはそれでもまだおかしくてたまらないというふうにくすくす笑いながら言ってくれた。

「俺たちまだ高校生なんだから当たり前じゃん。それに俺、桜のそういう家族を大切にするところが好きだよ」
「す、すき、って」
「好きだよ」

佐伯くんは好きってすぐ口にする。私は慣れない、すごく。いちいちどきどきしてしまうし挙動不審になってしまう。
佐伯くんにとって「好き」なんて「今日もいい天気だね」程度にさらりと言えてしまう言葉なのだと思うけど……私にはハードル、高い。
こんなんで佐伯くんの彼女なんてちゃんとできてるのかな。呆れられてないかな。

「……また、不安そうな顔」
「え?」

顔、上げたら(いつのまにか下向いちゃってた)、佐伯くんはもう笑ってなくて少し困ったような優しい顔で私を見ていた。

「分かった。特別な事は何もしないよ。かわいい彼女のお願いだからね」
「かわ…っ」
「でもひとつだけ俺のお願いも聞いてくれる?」
「え」

お願い。佐伯くんの。
なんだろうなんだろうって思った。一瞬、「桜をちょうだい?」とか言われたらどうしたらいいんだとか超絶バカな妄想が頭をよぎった。……ええ、バカなのはわかってますけども! だって佐伯くんっていかにもそういう事さらっと言っちゃいそうなキャラなんだもん!

ガチガチに身構える私に佐伯くんが告げたお願いの内容は、拍子抜けするほど意外な事だった。



「──ごめん、待たせた!」

12月24日の夕方、部室棟のそばのベンチに座っていた私の前に走って来た佐伯くんは、鼻の頭を赤くしていてなんだかかわいかった。トナカイさんみたい。クリスマスだけに。

「ミーティング長引いて……ごめんな、寒かっただろ」
「これくらい平気」

確かにとても寒かったけど、あんまり気にならなかった。待っててって言われたの初めてで嬉しかったし。

部活が終わるまで待ってて。一緒に帰ろう。

それが佐伯くんの「お願い」だった。
そんな事でいいの?ってびっくりしたし、そう言えば今まで一緒に帰った事数えるくらいしかないって気づいてまたびっくりした。佐伯くんはテニス部、私は帰宅部だから放課後はあんまり一緒にいない。佐伯くんの部活が終わるのを待っててもいいけど、佐伯くんがいつも「先帰ってていいよ」って言うから。

駅までの道で、佐伯くんが自動販売機のミルクティーを買ってくれた。私のすきなやつ、ちゃんと覚えててくれてた。

「ありがとう。わ、あったかい」
「待たせちゃったお詫び」
「そんなの気にしなくていいのに」

冬の日が落ちるのは早くて、もう空は暗い。星がチカチカしてきれいだった。

「ねえねえ佐伯くん、あれって一番星だよね」

一番明るい金色の星を指さして訊くと、「そうだよ。金星」って返事が返って来た。

「一番星って金星なの? 知らなかった」
「はは。それからあっちに見えるのが」
「あ、オリオン座! それは知ってる!」

正確には「それだけは知ってる」だ。私は星座には詳しくない。

「オリオンの左上のオレンジっぽい星、分かる? そうそう、あれがベテルギウス。そのまま左に行って、あれがこいぬ座のプロキオン、下の方に一番明るく光ってるのがおおいぬ座のシリウス。この三つで冬の大三角形だよ」
「あー、分かった! わーほんとに三角だー! 佐伯くんって詳しいんだね」
「詳しいってほどじゃないけど、星を見るのは好きなんだ」
「へええ〜」

さっきまではただキラキラきれいだった星空が、佐伯くんの解説付きだとくっきり星座で見えておもしろい。上を向いたまま歩いていたら「危ないよ」って笑われた。

「星に興味があるなら、今度プラネタリウム行ってみる?」
「え。行ってみたい!」
「いいよ。今度行こう」
「うん!」

勢いで返事しちゃってから、これってデートの約束…って気づいて顔が熱くなった。わああ。
暗くてよかった。こんな事くらいでいちいち赤くなってたら佐伯くんに呆れられてしまう。恥ずかしさをごまかす為に私は慌てて話題を変えた。

「佐伯くん、寒いのに毎日部活大変だね」
「あはは、でも好きだからね。平気だよ」
「そっか…。それ分かるなあ。好きだったら寒いのなんてなんともないよねぇ」
「……桜?」
「私もさ、今日佐伯くんの事待ってるの全然なんともなかったし。今も寒いはずなのに全然つらくないしすごく楽しい。一緒に帰れるの、すごく嬉しい。こんなに楽しいならこれからもずっと佐伯くんの事待ってようかなあ」
「……………ええと、桜?」
「あっでも佐伯くんは毎日待っていられたら迷惑だよね。部活の仲間との用事もあるだろうし…。今言った事気にしないでいいからね!」
「………………桜、あの、さあ」

「もう勘弁して」って今まで聞いた事ない掠れ声で言われてびっくりして私は立ち止まった。で、佐伯くんを見上げようと思ったけどできなかった。なんかあったかいおっきなものにふわっと包まれて動けなくて。って。って……。

「ふぅうええええ佐伯くん!?」

だっ、だっ、だっ、だきしめられている!?

ちょっと待とうか。待って下さい。
慣れてないそういうの慣れてない全然まったく慣れてない。
そりゃ佐伯くんは慣れてるんだろうけど! 私たちつきあってるんだからこれくらいしてもおかしくないのかもしれないけど、私は! 私は全然慣れてないんですからああああああああ……

「……あのね桜。前から言おう言おうと思ってたんだけど、俺だってこんなの全然慣れてないよ」
「ふぇえ?」

変な声出た。あと佐伯くんがなんか変な事言いました。

「好きな子と一緒にいて、しかもそんなかわいい事言われたら抱きしめたくもなるよ。我慢してたのに、毎日俺を待っててって言いたくなる」

へ…。
かわいい事って何? うざがられそうな事なら言った、けど…。
ていうか我慢って。そんな我慢ならしてほしくないよ。もっと言ってほしい。

「…………あの、佐伯くん。好きな子ってもしかして私ですか」
「当たり前だろ!」
「わっ」

抱きしめる力、つよくなった。佐伯くんの声がすごく近くで聞こえる。息づかいまで聞こえる。うわああああ…。

「桜は俺をなんだと思ってるの。そりゃ女の子とつきあうのは初めてじゃないけど、桜とつきあうのは初めてなんだよ? 今は桜が好きで、桜しか好きじゃない。これからもそうありたいって思ってるのに、桜はそうじゃないの?」
「え…」
「桜、男とつきあうの初めてだよね。初めてで、最後の男になりたいって俺は思っているんだけど」
「は…」

大事にされてる事は、知ってた。
でも彼女として釣り合うかっていったら自信がなかった。気の利いた事何もしてあげられてないし、
佐伯くん、私といて楽しいのかなって思う事はあった。

特別な事何もなくても、クリスマスイヴなのに二人で帰るだけでも楽しくて嬉しい。それ、私だけじゃなかった…?

「好きだよ」

佐伯くんは好きってすぐ口にする。なのに、全然軽く響かないから。
涙が出た。

「俺に好きって言われるの、困る?」
「え!? ううん、全然! 困らない! 困るとかない! ただびっくりするっていうかあの、どきどきする、からっ」
「どきどきしてくれるんだ」
「え、当たり前。だって私佐伯くんの事がす…」

き、まで口に出してしまってはっとして口をつぐむ。すごく、今すごく恥ずかしい事を言ってしまった気がする。
おそるおそる顔を上げると、佐伯くんが見た事もないくらいあまくゆるんだふにゃっふにゃのとろけそうな笑顔で私を見ていた。すごい至近距離で。うわあああああああ。

「桜、かわいい」
「かっ……」
「キスしていい?」
「キッ……」
「するよ」

……………。
佐伯くんは有言実行の人でした。もう勘弁して下さい私のライフはゼロです。



それからの帰り道は頭の回線がショートしてしまってあまりうまく話せなかったけど、佐伯くんはちゃんと私の家の前まで送ってくれた。
毎日一緒に帰ると毎日送ってもらう事になるのかな。なるんだろうな、佐伯くんだもん。部活で疲れているのにそれは申し訳ない。やっぱり一緒に帰るのはたまににしようって言おうとしたら、佐伯くんが私のタイミングを読んだような速さで言った。

「また一緒に帰ろうね」
「…………」

ずるいなあ。そんなにかわいい照れたような笑顔で言われたら「うん」としか言えないよ。
私が頷くと、佐伯くんはますますニコニコ笑顔になって、それからちょっと内緒話をするときみたいに顔を近づけて言った。

「桜の家ってさ、小さい頃、親がサンタさんやってくれたでしょ」
「え…と、うん。あのね、実はいまでもやってくれてる」

恥ずかしいけど告白すると、佐伯くんは「へー!」と目を丸くして笑った。

「で、桜は付き合ってあげてるんだ」
「だって……一生懸命隠そうとしてくれてるから。さすがにもうお互いバレてるって分かってるとは思うんだけど、言いだすタイミングがつかめなくて」
「はは、いいねそういうの。あったかくて」

高校生にもなって、親がサンタさんやってくれるなんて恥ずかしくて友達には言えなかったけど、佐伯くんには言える。なんかそういうの嬉しいなって思った。

「俺もそんなふうになりたいなー、桜と」
「あ、私も佐伯くんとそうなりたいな」
「…………え」
「…………あっ」

佐伯くんがあんまり自然に言うから私もついうっかり素で返してしまった。

「…………」
「…………」

その、あと。
佐伯くんならさらっと笑って流してくれるかと思ってたのに、ひどく真剣な、少し赤い顔で見つめられて。そしたら鈍い私でも「あ」って分かって目を瞑って。引き寄せられて、二度目のキスをした。んですが。
その現場をちょうど帰って来た私のお父さんにばっちり目撃されてしまい、ちょっとしたドタバタがありました。これが私の、生まれて初めての恋人がいるクリスマスの出来事。そしてきっと子どもでいられた最後のクリスマス。

いろんな意味で、一生忘れられない思い出になってしまった。


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