無敵のラバーボーイ






頭の中で甘いお酒がたぷんたぷん揺れていて、お腹の底からくふふふふと笑いがこみ上げて来て、意味もないのに愉快な気持ち。完璧酔ってる。

明日の朝が辛そう、でも大丈夫。今とても甘えたい気分だから。明日までずっと頼っちゃおう。年下の彼氏に頼る事なんて滅多にない私だけど、虎次郎くんは頼られると実は喜ぶ。ちゃんと知ってる。
そう思ったら足取りはますますふらふらと覚束なくなったけれど。
送って行くよ、って先輩のお誘いも丁寧に断ってひとりで帰って来たの。無性に会いたかったから。
一刻も早く会いたかったから。

「虎次郎くんただいまあー」

いい気分のままドアを開けたら、虎次郎くんは既にベッドにもぐっていた。えええ〜?先に寝ちゃうとか有り得ない。確かに0時を回っているとはいえ。

こんもりとまあるくなった薄手のガーゼケット。よく晴れた春の海の色みたいな水色は、雑貨屋さんで一緒に選んだ。ふたりでこれにくるまるのが大好きな虎次郎くん。ダブルベッドの上で小山みたいに丸まったガーゼの端から零れる蜂蜜色のキラキラ。虎次郎くんの綺麗な髪の毛。やわらかくて肌に触れるとくすぐったい、私の大好きな。

「虎次郎くん虎次郎くん、ただいま!」

私はベッドに飛び乗ってガーゼの小山に覆い被さった。
小山がもそもそと動いて、不機嫌な目をした虎次郎くんが半分だけ顔を出す。

「……重い。あと遅い」

わあ、拗ねてる!かわいいな。
半分布団にもぐったままだから呟きは不明瞭。でも明らかにちゃんと起きててくれた事が分かる声。私はうれしくなってぎゅううううっと虎次郎くんを海の色のガーゼごと抱きしめた。

「ごめんね。でも虎次郎くんに会いたくて帰って来たんだよ」
「…迎えに行くって言ったのに、連絡ないし」
「タクシー使ったから大丈夫。何も危ない事なんてないよ」
「……桜さんのバカ」

バカだと?
普段は綺麗な口調で話す、私なんかよりずっと大人びた振る舞いをする年下の男の子は、ほんの時たま子供っぽく拗ねたりする。私の前でだけ。
私はそれがすごくうれしい。そしてこの子はそれを分かってて、ちゃんと計算して子供の面を出す。本当は狡い男。そういうところに文字通り骨抜きにされてる。溺れてる。

「さびしかったの?ごめんね」

蜂蜜色の頭をぽんぽんと撫でた。
指の透き間をさらさらと滑るその感触を、はやく私の体中に降らせて。
お酒のせいでストッパーが緩んでる欲情は指先から駄々漏れだったらしい。髪を撫でていた私の手は虎次郎くんの大きな手に捕まえられた。

「…桜さん、くさい」
「く、くさい!?」

「バカ」は許せても「くさい」には凹む。まともにショックを受けた私の顔を見て虎次郎くんはやっと少し笑った。ショックを受けてる筈なのに、その笑顔にまたやられてる、私。何度でも恋するよ。とても容易く。大好きだから。

虎次郎くんはベッドの上に起き上がって私と向かい合った。そうすると私が見上げるかたちになる。綺麗な筋肉のついたタンクトップの肩からガーゼケットが滑り落ちて。

「酒くさい」
「…ご、ごめん」
「女くさい」
「お、女くさい?」
「香水の匂いきつい。桜さんのじゃないよね」
「あー…、うん。他の女の子たち、みんないろいろいい匂いさせてたから移った、かも」
「匂い邪魔。桜さんはそんなのつけないでね。桜さんが、いい匂いなんだから」

そういう事、大真面目な顔で言う。本気だから参る。

「あー…うん、はい。わかりました」
「あと男くさい。むかつく」
「は!?男くさい!?浮気とかしてないよ、絶対!」
「当たり前だろ」

慌てる私に、虎次郎くんはちっとも動じずにさらりとつまらなそうに言い捨てた。当たり前って…。

「煙草くさいって事。あと男の香水も。ほんと、気持ち悪い。むかつく」

むかつくって2回も言いました、この子。

「他の男の匂いするの、むかつく。桜さんは俺だけでいいのに」

あ、3回目。ていうか。
……じわじわと恥ずかしい。すごく恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。こういう剥き出しの嫉妬、普段虎次郎くんが見せる事ないから。
それと、うれしいな、かわいいな、大好きだなって気持ち、胸の奥から湧きあがって来て爆発しそうで、お酒で緩んでる理性で自分が何するか分からなかったから、私は慌てて立ち上がった。

「シャワー浴びてくる!」

冷たいお水、頭から被らなきゃって思った。
そしたら。

「俺も一緒に浴びる」

虎次郎くんまでベッドから下りるから「は!?」って見上げてしまった。
なんなのこの子。

「桜さんのお陰で変な汗かいたし」
「はあ…」
「洗ってあげるよ」
「え、いいよそれは」
「洗わせて?」

うっ…。
きりりとしたかっこいい眉を情けなく下げて、ちょっと甘えるみたいにして言うの、ほんと狡い。私が逆らえた試しないの分かっててやる、男。

「他の男の匂いなんて全部消してあげるから」

にこにこ、人畜無害です!ってキラキラしたかわいい笑顔で言う虎次郎くん。
……かえって怖いです。

でもいいよ。好きにしていいよ。
というか、好きにして。あなたの好きに。
お酒なんか入ってても入ってなくても、虎次郎くんの前で私の理性がちゃんと保てた事なんてなかった。いつでも、簡単に私を乱すひと。

「うん、消して。それで虎次郎くんの匂いにしてね、全部」

がんばるのやめて、素直に笑って言ったのに、虎次郎くんはものすごーく変な顔をして、それから「桜さんそれ反則」って真っ赤になった。

可笑しくて笑ってしまう。反則なのはそっちの方だよ。かわいかったり、かっこよかったり、狡かったり。振り回されてばっかりだよ。



Title by ロストガーデン


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