まっすぐに届く言葉で
「はーいっ! それじゃ今日の朝練はここまで! また放課後にね! お疲れさまっ! ちゃんと汗の始末してね! 風邪流行ってるから気を付けてよ!」
一年生部長の元気でよく通る声が、朝の冷たい空気の中できらきら光ってるみたいに弾けた。
いちいち語尾に「!」がつく元気さ。かわいいなあ。
みんなが自然に笑顔になって「あしたあっ!」って声を揃えるのを見守りながら、私はにやにやを抑えきれない口元をマフラーで隠した。さすがに、気持ち悪い顔してる自覚はある。
…それにしても、運動部はどうして「あ(りがとうございま)したー」って言うんだろう。私のところ(筝曲部)はちゃんと「ありがとうございました」って言うけどな。どうでもいいけど。
そんなことをつらつら考えていたら、白い息を弾ませた葵くんがすぐ傍に来た。
震えるほど寒い朝なのに、練習を終えたばかりの葵くんは額に汗を滲ませている。彼の小さい体は熱を発散させてるみたいにあったかそうだった。…今抱きしめたらいいカイロになりそうだなあ、なんて思う。そんなことできないけど。
「おはようございます、小森先輩!」
わああ、全開の笑顔だなあ。若さが弾けてる。フレッシュだ。坊主頭が寒そうだけど、ほっぺた真っ赤で、目なんか文字通りきらっきらしちゃってて、なんというか眩しい。そしてかわいい。
私はもはやマフラーでは隠しきれないほどにやにやしながら「おはよう、葵くん」と挨拶を返した。
ああ、おはようっていい言葉だね! 日本語って美しいね。
「小森さんどうしたんですか、こんな朝早くに。珍しいですね」
「え? あ、うん、まあね、ちょっとね」
確かに、いつも遅刻すれすれで学校に駆け込む朝に弱い私らしからぬ時間だけどね。
だって今日は特別だから。がんばったのだ。
「あ、あのね葵くん、あのね、今日ね」
「もしかして生徒会のお仕事ですか!? 冬休みも間近なのに大変ですよねー、いつもご苦労様です!」
「へっ!? あ、そうじゃなくてあのね…」
「サエさんに用事ですか? 今呼びますねっ、おーい! サエさーんっ!」
「あ、あ、あ、葵くん…」
確かに私は生徒会役員だけど! テニス部に顔を出すときには副会長の佐伯に用事があることがほとんどだけど!(ていうかそれを口実にしてるから文句言えない…けど…)
今日はちがうんだよ! という言葉は言えないままに、葵くんは身を翻して走り去ってしまった。あああ…葵くん、先輩の話は最後まで聞こうよ…。
「──小森?」
反対にやって来た佐伯に、私は力なく微笑みながら「ああ佐伯おはよう」と適当に挨拶をした。
「おはよう。って……、ああ、また剣太郎の勘違いか」
私の適当な挨拶に律儀に答えてくれてから、佐伯はひとり納得してうんうんと頷いている。それからくすりと笑って「小森も苦労するね」と頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「ごめんね。うちの一年生部長、鈍くて」
「……」
「モテたいモテたい言ってるわりには、自分に寄せられる好意には鈍感なんだもんなあ。あれでいくつのフラグを自ら叩き折って来たことか。気付いたら泣くよね、きっと」
「……」
「だからね、小森。剣太郎にはストレートにはっきり言わないと伝わらないよ。がんばって」
にっこり。
学校中の女子生徒を魅了する笑顔で微笑まれて、私はがくりと項垂れた。
無関係の佐伯にすらだだ漏れな私の気持ちが、当の彼にだけ伝わっていないというこの状況…。
今だって、六角のアイドル佐伯と私がこんなに仲良さげ(実際は別に仲良くもなんともないが)にしてたって佐伯ファンの女の子たちは騒いだりもしない。ネットの向こうに固まってるおしゃれで可愛い集団は、私たちの方をにこにこして見てる。「小森先輩今日もまたから回ってる、がんば!」って顔してこっち見てる。なんだその優しさは。
冷静になって周りを見渡したら、心なしかテニス部のメンバーたちも憐みをこめた視線で私を見てる気がした。…ばればれか。ばればれですか。
私はやれやれと溜め息をついた。
そうだよねえ、毎日これだけにやにやと気持ち悪い顔で葵君だけを目で追っていたら嫌でも周りに分かっちゃうよね。残念ながら当の本人にだけは伝わってないようだけど。
──ストレートにはっきり言わないと伝わらないよ、か。
吐き出した溜め息を取り戻すみたいに息を吸い込む。つめたくて清潔な朝の空気。
それから私は意を決して、遠くで「モテモテスマーッシュ!」とか叫びながらボールを集めてる小さい背中(いや、そんなに小さくはないけど。私よりは大きいけど。テニス部の他のメンバーがでか過ぎるから、どうしても小さく見えちゃうんだよね)に向かって声を張り上げた。
「葵くん!」
「──へっ!?」
モテモテスマッシュがすかんと外れて、坊主頭が勢いよく振り返る。
「葵くん! お誕生日おめでとう!」
「へ!? えっ、うええええええええ!? ああああああありがとうございますっ!」
そのうろたえ方はなんだ。
もう散々テニス部のみんなにおめでとうを言ってもらった後なのに、葵くんは大きな目を真ん丸にして顔を真っ赤にして驚いてくれた。その反応がかわいくて、続きを言う勇気が出た。
「葵くん!」
「はははははいっ!」
「すきだよ!」
「はいっ! …って、うぇ!? うぇええええええ!?」
だからなんだそのうろたえ方は。
隣で佐伯がぷっと吹き出して、「やっと言ったね。えらいえらい。よくがんばった」って頭を撫でてくれた。
「…言っちゃったよ」
「言っちゃったねえ」
「佐伯が! はっきりストレートにとか言うから!」
「ははっ。これ以上はないくらいストレートだったね。さすがの剣太郎にもちゃんと伝わったと思うよ」
ほら、と佐伯が指した方向から、葵くんが真っ直ぐに走って来るところだった。顔を真っ赤にして、すごく一生懸命に。
「わ。どうしよう佐伯! 私逃げようかな!」
「…逃げてどうするんだよ。あいつの返事もちゃんと聞いてやりなよね」
じゃあね!と爽やかに笑いながら去っていく佐伯。ちょ、待って、一人にしないでええええ。
佐伯は葵くんとすれ違いざま、耳元で何かを言って葵くんの肩をぽんと叩いた。葵くんがますます真っ赤っ赤になって私を見る。おいこら佐伯何を言った。
「桜さん!」
「は!? はい!」
初めて名前で呼ばれて、咄嗟に返事をしてしまった。さっきと逆だ。
「ありがとうございます!」
「あ、はい、どういたしまして」
「僕もあなたが好きです!」
「え、あ、はい。……って、えええ!?」
わああなにこの展開。ほんとにさっきと真逆だ。そして、どうして私たちはこんなギャラリーのいる中でわざわざ怒鳴り合って告白をしあっているのか。
「入学式で花を付けてもらった時から! ずっとあなたが好きでしたああっ!!」
…頭が沸騰しそう。
きゃああああああああって、佐伯ファンの女の子たちがかわいい悲鳴をあげて「おめでとうございます!」って拍手してくれた。なんだか天使に祝福されてるみたいな気がした。