あなたが生まれた夜に
しんと冷えた空気。
がらんとした校舎の中では潜めた足音さえもひたひたと響く。
昼間の、賑やかなあったかい気配はどこだろう。元気いっぱいの私たち自身のゴーストが、今にも廊下の角を曲がって来そう。ここは異世界だ。真夜中の、無人の学校。
見つかったら怒られるって分かっているから、私たちは息を殺してそうっと階段を上って行った。
手を繋いで。小さな懐中電灯で足元を照らしながら。時々、目を合わせてくすくすと笑い合う。
──たまらなく怖くて、たまらなくわくわくしていた。
真夜中の学校に忍び込もうって最初に言い出したのは亮だった。
私は当然、「はあ?」と言った。
亮はいちご牛乳のパックをずずずずず、と啜って、「まあ、桜には無理か。怖がりだもんな」と言った。むかっとした私は咄嗟に、「行ってやろうじゃないの」と答えてしまった。
…「してやったり」って顔で亮がニヤリと笑って、嵌められたことに気づいても後の祭だった。
風の音とか、古い校舎だからどこかで床が軋む音とか、そんなんにいちいちびくびくして。その度に亮にしがみついては笑われた。
「桜、ほんとに怖がりな。小さい頃から変わってない」
「亮が動じなさすぎるんだと思うよ」
「そんなこともない」
「え? ほんと? 亮も怖いの?」
こいつでも人並みに怖がることがあるのか!可愛いじゃない!とびっくりして顔を(暗くてよく見えないけど)覗いたら、真面目な声が返って来た。
「怖くはないけど、お前にくっつかれるたびにどきどきしてる」
「……へ…」
あれえ?
夜の魔法にかかっちゃったのかな。今あり得ない言葉を聞いたような気がするよ。
副会長経由でくすねたという鍵を使って、屋上に出る。
冷たい風にほっぺたを嬲られて震えたけれど、急に視界がぱあっと開けた解放感の方が大きかった。
「うわあ、すごい星…!」
すごい、一面の、きらきら。
邪魔をする建物がない屋上から見る星空は、すごく近く、まあるく感じた。
まるで宇宙の中にいるみたい。この校舎が、宇宙船みたい。
つめたく澄んだ空気の中、一面に散りばめられた星が金属みたいにきらきら光ってる。触れたらキンッて音がしそう。
「これを見せたかった」
亮が笑って、私は不覚にもじんとしてしまった。
「今日は亮の誕生日なのに、なんで私がプレゼントもらってるのかな」
「俺があげたかったから」
「…ありがと」
「うん」
星空の下で笑う亮は、彼自身が星みたいにすごくきれいだった。
すきだよ、という言葉も、星みたいにきらきら光りながら胸に落ちてきた。
たいせつなたからもの。
私は「ばか」と笑った。
「…こんなムーディな演出しなくてもね、私もちゃんと亮の事が好きだよ」
「えっ、まじで」
「まじで」
亮はぽかんとして、それから焦った様子でごそごそとポケットを探り始めた。
「亮? どうしたの?」
「携帯探してる」
「は? 携帯? なんで?」
「淳に電話する」
「はあ!?」
「あいつも昔、お前の事好きだったから。桜が好きなのは俺だって自慢してやる」
「は!? ちょ、え、何言ってんの!?」
固まる私の前で、亮は本当に携帯を取り出して操作し始めた。私は目を吊り上げて「やめんか!」と携帯を取り上げる。でも時すでに遅し、取り上げた携帯から、『もしもし、亮?』という淳の声が聞こえてきて……。ねえ今1コールもしてなかったんじゃないの? どんだけシンクロしてるの、この双子ちゃんたちは。
あーあ、もう少しムードに酔っていたかったなあ…。
私は溜め息をつきながら携帯を耳に当てた。懐かしい、もう一人の幼馴染みに向かって話し出す。
「もしもし淳? そう、私。お誕生日おめでとう。あのね、今亮が電話したのはね、ええと……」
『あっ、そういう事か。おめでとう』
「……一瞬で察知するのやめてくれないかなぁ……」
がっくりと肩を落とした私に、電話の向こうで淳がクスクスと笑う。
電話のこっちでは、亮が「こら! 俺の電話!」と携帯を取り返そうとしてるし。
ああもう、ほんとにムードないなあ。でもこんな彼らが大好きで。ずっと一緒にいたかったから、今夜はすごくうれしくて。
きらきらでいっぱいの夜空の、ひときわ明るく光ってる双子星に、私は心の中でありがとうを言った。
生まれてきてくれて、ありがとう。