「……なに、言ってるの?」

自分でも信じられないような冷たい声が喉から漏れ出た。
柄にもなく余裕を削ぎ落としてしまった自身に戸惑うより先に、ハッとなって渡狸の方へと目線を向ける。
案の定というべきか、渡狸の顔はまるで殴られたような表情をくっきりと浮かべていた。
こんな顔、一番させたくないのに。
ボクがキミを守る――…何百年も前から自らに誓っていることが足元から崩れ去るかのような、心地悪さ。

「その、……わ、悪ぃ……やっぱり気持ち悪いよ、な」

慌てるように両手をぶんぶん左右に振る渡狸は「きょ、今日はお前の誕生日だろ?カルタの主の変態仮面がさ、残夏が一番喜ぶプレゼントは絶対これだって、私の提案した通りに言えって強く勧めるからよ……」と、頬を所在なく人差し指でかきながら、訥々と理由を吐いた。
なに、それ。
ボクが一体、どんだけ取り繕って生きてきたと思ってんの?
いらっとした。
蜻たんの明後日な方向すぎる余計なお世話に。そんな蜻たんの言葉をきっと疑いつつ最後には信じてしまう渡狸の純粋さに。それになにより、ボクの気持ちを蜉たんに見抜かれていたという、その有り得ない爪の甘さに、そんな自分自身に対して心底いらっとして仕方がなかった。
――――……『ざ、残夏!…………キ、……キス…………して?』
顔を真っ赤にしながらボクにそう言った渡狸の、あの発言は。
世界が、まるでボクだけを取り残して背景ごと切り取られてしまったかのような。全ての時計が左回りになったかのような。フローリングの床がぐにゃっといきなり溶け出したかのような。それは、ボクの周りをボクで、いられなくさせるほど、の。

「…………渡狸」

びくびくしながらボクの顔を見上げる渡狸の表情は、目の焦点がうまく合っていないほどで。きっと渡狸だって戸惑ったはずだ。いくらボクの誕生日プレゼントだからってそもそも男のボクに渡狸だってキスなんかされたくないはずだ。それなのに蜻たんの言葉を信じるまま、半信半疑ながらもボクを喜ばせるために一つ、賭けに出てくれたに違いない。
今、きっと、渡狸はその賭けに負けたことに対して悔しいし、ボクの態度が冷たかったから慌てているし、変なことを言ってしまったという申し訳ない気持ちだったり色々と綯交ぜになっているのだろう。そんなことは視なくても、渡狸の顔色を見れば手に取るように分かる。
ずっと、ずっと。
何年も、何十年も、何百年も。何度死んで何回転生したって見守ってきた、たった一人の人だから。

「全く渡狸は〜蜉たんにまーた遊ばれたんだね〜蜻たんも蜻たんだけど渡狸も本当こりないね」
「えっ、えっ……は!?」
「渡狸にキスするのが一番ボクの喜ぶプレゼント?そんなわけないじゃん。大体ボク、男だし。男の渡狸にキスしてもねえ」

いつもの口ぶりで言葉を紡ぐ。
半分の嘘を紡ぐ。
ボクの相変わらずな態度に渡狸はホッとしたのか、ボクに馬鹿にされているにも関わらず怒ることもなく「だ、だよな!やっぱそうだよな!」と安心したように笑顔を浮かべた。
その笑顔と言葉に、心臓がひゅるりと冷たくなる。
『その、……わ、悪ぃ……やっぱり気持ち悪いよ、な』――『だ、だよな!やっぱそうだよな!』
何百年も前からそんなこと自覚はある。けどやはり。他でもない渡狸にそう言われるとざっくり傷ついてしまうくらいには、ボクはキミに対してだけはそんなに強くない。

「じゃあ残夏が一番欲しいものってなんだ?俺でも買えるやつならそれをプレゼントに、」
「そーたんの愛」
「俺でも買えるやつだって言ってんだろうがー!!!」

ああ、良かった。小動物のように噛み付くいつもの渡狸の姿に、どうしても甘ったるい微笑みを浮かべてしまいたくなる。
そんな自分を隠すように「プレゼントなんていらないよ〜学生はお金を大切に、ね?」と大人ぶった言葉を残してくるっと体を回し、渡狸をラウンジに置いてさっさと自分の部屋へと向かった。
ボクを引きとめようする渡狸の声が遠くで聞こえるけれど、今はどうしても、一人になりたかった。

「…………あー……ビックリした」

部屋に入るなり勢いよく扉を閉め、そのまま体を扉に伝い落ちながらズルズルと座り込んだ。
あとで蜻たんにはきつぅく言っておこう、とか、考えることは色々あるけれど、それよりなにより渡狸に「キス……して」と面と向かって言われた破壊力が瞼の裏でチカチカしていて、離れない。
あれは、やばかった。
夢と現実、前世と今と来世がぐちゃぐちゃになって、一瞬にして世界が透明になった。
望んだことがないと言ったら、もちろん嘘になる。
蜻たんが渡狸に伝授したアドバイスはある意味で正解だ。
でも、違う。
ボクが一番喜ぶプレゼントは、そんな色っぽいものじゃあない。もっとシンプルで、だけどシンプルだからこそ、難しいもの。

「……ずっと、笑っていてよ」

キスなんていらない。体も心も望まない。
キミが笑顔なら ボクはそれだけで誰よりも幸せになれるのだから。
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