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少女Aの数奇なお散歩生活 


 基本、私は帰る方法を探している。

 学生諸君が登校する時間帯にハートランドを出て、シティに下りる。それからしばらく帰る方法がないか模索してから(とは言っても、これ見よがしに怪しいカードや人物がないか探しているだけなのだが)、夕方頃にハートランドに戻る。
 昼食は、その辺のデュエリストを捕まえて、デュエルに勝ったら奢ってもらっている。負けたらかなりやばいから、本当に空腹に耐えかねたときだけだけど。だから基本、私は一日二食、ということになる。

 朝食と夕食は、決まってハルトと食べている。朝食と夕方の時間になると、彼はふらりと現れて、私の手を引いて食事の席に着くのだ。カイトさんがよく留守にしているから、大体はハルトと二人きりで食事、となる。

 一度、夕食の時間にハートランドに戻らなかったことがあった。そのときはハルトが私を探して、ハートランド中を歩き回ったらしいから、ドロワさんやゴーシュ(さん付けはやめてくれ、と言われた)が大慌てだったらしい。それ以来、夕食までにはハートランドに戻ることにしている。

 ……まだDr.フェイカーやMr.ハートランドに会ったことはない。
 私のことを知らない、ということはないだろう。カイトさんはともかく、ドロワさんかゴーシュが報告している筈だ。それでも私を追い出そうとはしないのは、彼らがうまく言っておいてくれたのか、単に私程度なら容認しておいて問題はないということか。
 何にせよ、ハートランドを追い出されないだけでもありがたいことだ。

 ハートランドシティを放浪している内に、気付いたことがいくつかある。

 まず、まだ舞台はWDC編に入っていない、ということだ。

 WDCが開催されているのなら、街がこんなに平穏を保っているわけがない。あちこちでデュエルが行われている筈だ。
 既に閉幕した、という線もハルトの状態からして、それもない。

 ならば今は、WDCが開催される前、ということだ。

 カイトさんがよく留守──恐らくはナンバーズ集めに向かっていると考えると、まだまだ物語は始まったばかりか、あるいはそれ以前。

 ……すげえタイミングで来ちゃったなぁ……。

 思わず頭を抱えそうになったが、往来だということを思い出し、寸でのところで堪えた。

 とりあえずの目下としては、九十九遊馬少年に出会いたいのだけど。

 アストラルに出会う前にしろ、出会っているにしろ、彼の傍にいたら何かしらの帰る手掛かりは掴めると思うし。

 うむ。頑張ろう。
 そして帰ろう。

 そう思うからこそ、私は今日も遊馬少年を探してハートランドシティを彷徨くのである。












 此方に来て、一ヶ月経った──経ってしまった。

 未だ、帰る手掛かりなし。一つもなし。うっかり泣きそうになるぐらいなし。

 カイトさんは相変わらず忙しそうだし(最後に会ったときに「俺が居ないときはハルトを頼む」とまで言われてしまった。ちょっと信用し過ぎじゃあございませんか。確かに危害は加えませんけども!)、ドロワさんとゴーシュも最近はろくに顔を合わせてないし(……そろそろ始まるのかな、と思う)、ハルトの状態は一向に良くならないし!(まだ仕方のないことではあるんだけど!)

 うう、と涙ぐみながら、私はいつものようにハートランドシティを歩いていた。未だに遊馬少年に会えてないし、鉄男くんとか委員長とかキャットちゃんとかも見れてないし、ナマの小鳥ちゃんも拝めてない! なんてこった!

 世の中って世知辛いね。本当にね。ちょっとぐらい私に癒しを与えてくれてもいいんじゃないかな。たとえば、ナマの現役中学生と出会わせてくれるとか元の場所に帰らせてくれるとか。

 幽鬼のような笑みを浮かべそうになったとき、『デュエル大会』と書かれた看板が視界の端を過った。

 知らず足が止まり、次いで逆再生。カードショップの看板は、変わらずそこにあった。

 へえ、やっぱりデュエル大会とかあるんだ。商品は────



「──さ、最新パック百個だと……!?」



 ちょっと、いやかなり欲しい。パック百個。つまりカードが五百枚。それだけあれば、ちょっとしたレアカードぐらいあるかもしれない。

 最近お疲れ気味のカイトさんやハルトへのお土産になるかも……!

 意気込んで腰のデッキに手を遣ったが、視線を下げていくにつれ見えた文字に、伸ばした手まで下がってしまった。



「……タッグデュエルかぁ……」



 タッグデュエル。
 つまり、一人では無理。相方が要るのだ。

 考えるまでもなく、カイトさんは無理。ドロワさんやゴーシュも、まあ無理。ハルトはデュエリストではないし、ときて、私の肩ががっくりと落ちた。

 やだ……私の知り合い、少なすぎ……?

 俯いてしまった顔を上げたとき、向かいを歩いていた少年とばっちり目が合ってしまった。

 ハートランドシティ中で見た、寒色の学生服。凛々しい顔立ち。そして何より、たk……魚介類を彷彿とさせる髪型。

 ぱちぱちぱち、と脳内で算盤が弾かれていく。ぱちーん! 最後の珠が弾かれたとき、私は彼の手を両手で掴んでいた。

 シャークさんだぁっ!



「すみません、私と一緒にあの大会に出てもらえませんかあとサインください!」

「はァッ!? 何だ、おまえ!?」



 シャーク、もとい神代凌牙少年の実にごもっともな言葉で我に返った私は、咳払いを一つ。

 彼の手を離し、一歩後ずさる。その動作には、大和撫子を意識した。



「……失礼しました。私、あのデュエル大会に出たいのですけれども、ルールがタッグデュエルでして……」

「……俺と組みたいってことか?」

「流石、その通りです!」



 きゃあ、とはしゃぎながら手を叩く。

 と、怪訝そうにしていたシャークさんの顔に浮かぶ悪どい笑み。

 ……ん?



「は、笑わせるな。俺を誰だと思ってる? そんな安いデュエリストじゃねェんだよ。他を当たりな」



 ──そ、そういえばこの頃のシャークさんってグレ期真っ盛りだーッ!

 踵を返そうとするシャークさんだが、しかし此処で逃がしてたまるか!



「そ、そう言わずお願いします! 此処で会ったのも何かの縁ですし! ね!」

「くっ、離せ! 俺は暇じゃねーんだ!」

「足手まといにならないようにしますからァ!」

「やらねーっつってんだろ!」

「ぐぬぬ……! しょ、商品は最新パック百個ですよ!」

「──────」



 ぴた、と止まるシャークさんの抵抗。

 ……そうだ。シャークさんとてデュエリストであり、中学生。その例外なく、最新パックは欲しい筈……!



「シャークさんのお力さえあれば、優勝なんて赤子の手を捻るが如し! 私は援護に徹しますので、どうか何卒お願いします……!」

「…………チッ」



 落ちたのは、舌打ち。

 シャークさんはしがみつく私の手を振り払い、そして振り返ってくれた。



「──取り分は六対四だ。いいな」

「はい、私が六ですね!」

「ふざけんな!」



 冗談なのだから、そんなに怒らなくても。

 シャークさんが茹で蛸……ならぬ茹で鮫になる前に、と私は彼の腕を引いて、デュエル大会に突撃した。












「……っはーぁ! さっすがシャークさん! 見事なお手並みでした!」



 神代凌牙には解らない。
 カードパックでぱんぱんになった袋をぶら下げ、満足そうにしているこの女が。

 凌牙の言い付け通り、女はしっかりと商品を六対四に仕分けた。そして六の分の袋を凌牙に押し付けると、未練なさげに自分は四の分の袋を手に取った。

 突然タッグデュエルの申し込みをしてきたから奇人変人の類かと思いきや、デュエル自体は堅実そのもの。希にあった凌牙のプレイミスすらも無理なくフォローしてみせたその手並みは、上級者のそれである。

 結果として、凌牙たちは他に追随することすら許さず、優勝した。

 客観的にいって、相方が自分でなくとも、この女はフォローしきり、そして優勝したに違いない。

 だからこそ、凌牙には解せなかった。何故わざわざ自分を相方に選んだのか?

 ジト目で女の横顔を睨み付けていたら、ふと違和感が過った。さっきから女は凌牙のことをシャークと呼んでいるが、どうしてそれを知っているのだ? 自分はまだ名乗ってもいないのに。



「おい」

「はい?」



 暢気極まりない笑顔が、凌牙の方に向けられる。



「おまえ、何で俺を知ってる?」



 観察眼の鋭い凌牙ですら見逃しかけたぐらい、ごくごくわずかに女の笑顔が歪んだ。しかしそれはすぐに取り繕われ、先程と遜色ない暢気な笑みが浮かぶ。



「──だって、シャークさん有名人じゃないですか。私でも知ってますよ」



 有名人。確かにそうだが、本当にそれだけなのか。しかし、そう断じるには材料がなさすぎる。

 凌牙は舌打ちをした。

 と、彼に随従するように歩いていた女の爪先が別方向に向けられる。



「じゃあ、私はこっちなので。今日はありがとうございました、シャークさん」



 ぺこりと頭を下げて、女は凌牙とは別方向に歩いていこうとする。

 そのとき、自分は何に焦れたのだろう。女の軽過ぎる足取りにか、浮き雲のような所在なさにか、あるいはその全てにか。何にせよ、このまま女を逃がしてしまうのが、ひどく勿体なく感じたのは事実だった。



「──おい! 名前は!?」



 後ろから凌牙が呼び掛けると、女はそれを予想していなかったのか、キョトンとした顔で振り向いた。

 しかしすぐに頬を緩ませて、女は口を開く。



「少女Aです!」



 そうして女──少女Aは、ハートランドのある方向へと去っていった。

 凌牙は再び歩き出しながら、デュエルの最中の少女Aを思い出す。

 青い眼の乙女と白龍を操るあの姿からは、先程までの暢気さなど微塵も窺えなかった。

 どちらが本当なのか。
 どちらも本当なのか。

 いずれにせよ、敵に回したくはない類の人間だ。



少女Aの下手に出る三日目。