「何じゃこりゃ」
「あ、いたいた。――おーい、ゴーシュ!」
WDC開催一日目。
目立たないなりに私も細々と頑張ってナンバーズを探して相手取ったりしていたのだけど、午後を迎えたあたりで予想外の事態に遭遇した。一人で考え込んでいても仕方ないので、事情を分かっている身内兼運営委員を探して、夕方になる寸前で巡り会うことができた。
参加者の私やカイトさんとは違い、ゴーシュやドロワさんは運営委員としてWDCに関わっている。開催宣言後、あちこちで頻発するデュエルの監視は忙しないらしく、彼を探すのに少々手間取ってしまった。
「お。少女Aじゃねえか。調子はどうだ?」
大通りの歩道を闊歩していたゴーシュが振り向いて、気さくに応じてくれる。私はその隣に並んだ。
二人して、WDCの熱気で賑わう街中を歩いていく。
「ハートピースの話なら、さっき3つ目が手に入ったところです」
「へえ、やるじゃねえか。順調だな」
「――じゃなくって、そうじゃなくって」本題を忘れるところだった。「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、いま時間あります?」
ゴーシュの眉間に微かにしわが寄った。
「……俺のタイプはもっと胸がある女なんだが」
「殴られたいなら素直にそう仰ってください」
間髪入れずグッと拳を握ると、ゴーシュは「冗談だよ」と身を引いた。彼は声をひそめて、
「……ナンバーズに関わる話か?」
私がそっと首肯すると、ゴーシュは「じゃ、どっか入るか」と努めて気楽そうに肩を竦めた。
ハートランドシティでもよく見かける、チェーン店のジャンクフードショップ。
窓際のカウンター席を陣取った私たちは、それとなく周囲を警戒しつつ、本題を始めた。
「これなんですけど」
デッキのサブに暫定的に収納していた一枚のカードを取り出し、隣のゴーシュに手渡す。
カードを受け取ったゴーシュはすぐに怪訝そうな顔になった。
「……何だこりゃ。真っ白じゃねえか」
「そうなんですよ」
そのカードは、表も裏も真っ白だった。まるで印刷ミスみたいな事案だけど、デュエルモンスターズが日常に密着しているこの世界において、そんな事例は有り得ない。
自分のトレイに置かれたチーズバーガーに手を伸ばす。包装紙を剥ぎつつ、私は話の穂を接いだ。
「さっきデュエルした人、明らかに様子がおかしかったんです。だからナンバーズに憑かれてるのかと思って、デュエルしたんですけど……」
「なんだ、煮え切らねえノリだな」
「……デュエルが始まる直前に突然奇声を上げたと思ったら、気絶しちゃって」
「はあ?」
ゴーシュの訝し気な反応ももっともだ。
目の当たりにした私も似たような反応をしたものだし。
もそもそとチーズバーガーを齧り出した私を見て、真っ白なカードを矯めつ眇めつしていたゴーシュも一旦観察をやめて自分のハンバーガーに手を伸ばした。
「それで失礼とは思いつつも、こっちも仕事なので勝手にデッキを漁らせてもらったんです。ナンバーズはなかったんですけど、代わりにそのカードが入ってて。で、私の――」とんとん、と義手を叩く。「
そのあとに匿名で救急車も呼んでおいた。何せ相手が、頬を叩こうが引っ張ろうが起きてくれなかったものだから。とはいえ、ゴーシュにそこまで説明する必要はないので省く。
「――で、このナンバーズもどきをどうしたらいいか分からなくって、俺を探してたってノリか」
ゴーシュが簡潔にまとめてくれた。コクリ、と頷いて肯定を示す。
私がチーズバーガーを半分ほど食べ終えた頃には、ゴーシュはハンバーガーを完食していた。
再びカードを手に取って眺め始めた彼が「しかしなあ」とぼやく。
「こういう事務的なノリは俺よりドロワの担当っつーか。ナンバーズが真っ白なんて話も聞いたことねえしなぁ」
――ドロワ。
その名前がふいに耳に入ったことで、むぐ、とチーズバーガーの欠片が喉に詰まりそうになる。
ゲホゴホと噎せ始めた私にゴーシュはギョッとして「どうしたどうした」と背中を叩いてくれた。
「い……いえ、何でもないです。ちょっと気管に入っただけです。大丈夫」
「そうか? ならいいけどよ」ゴーシュはまだ少し心配そうだった。「――話を戻すぜ。このナンバーズもどきだが……もしかしたら、その持ち主が扱いきれてなかったんじゃねえか?」
「扱いきれて……なかった?」
ああ、とゴーシュが軽く頷いて。
「本来ナンバーズってのは、俺たちみたいに特別な防衛を施してない限り、持ち主の欲望を増幅させて暴走させるとんでもねえノリだ。だからナンバーズに操られて異常な行動に移る奴も珍しくねえし、最悪破滅する場合だってある」
「……でも、そのナンバーズが形を成してない、ってことは……」
「その持ち主に増幅させる程の欲望がなかったか、あるいはナンバーズのお気に召さなかったか、だな」
「ナンバーズがお気に召すとか、カードにそんな好き嫌いがあるんですか?」
「そりゃあるだろ。なんたって、
ゴーシュは事も無げに言うが……それって、とてつもなくヤバいのではなかろうか。
彼も私も、少なからずナンバーズを手にしている身である。フォトンチェンジで保護されているいまはナンバーズから影響を受けることもないが―――そのフォトンチェンジにしたって、リスクゼロの代物ではない。
知らずチーズバーガーを食べる手を止めた私の頭に、ポン、とゴーシュの手が乗せられた。
「そんな暗い顔すんな。おまえは良いノリのデュエリストだ。ナンバーズに見捨てられることなんて有り得ねえよ」
「……ゴーシュ」
「ん?」
「……その手、さっきハンバーガーのケチャップが付いてたよね……」
「あ。バレたか」
「私をナプキン代わりに使うなぁ!」
うおおおお、と使い捨ておしぼりで頭を擦る私をゴーシュはけらけら笑って眺めていた。
……彼の行いの是非はともかく、気分はちょっとだけ楽になった。
ゴーシュはひとしきり笑った後に「ともかく」としかつめらしい顔で仕切り直した。
「そのカードは、いまは少女Aが持ってろよ。おまえが見つけてきたもんだしな。ナンバーズならよし、そうじゃなくてもまあよしだ!」
「……いや、ナンバーズじゃなかった場合は泥棒なんだけど……」
「アンティルールだった、ってことにしとけばいいだろ」
「後付け。……いやいや、そもそもこの大会にアンティルールは適用されてないし」
「
「……そうでした」
ここまできっぱり言い切られてしまうと、もう何も言えない。
やれやれと溜め息をついた、そのときである。
「丁度いい、俺からも一つ訊いていいか?」
「なに?」
「おまえとカイトってデキてんの?」
「ぶほォうッ!?」
先程の比ではないぐらい噎せた。ついでに頭を机にぶつけた。
痛みに悶えながらこじらせた難病並に噎せ続ける私に、ゴーシュは目を側めて「ええ……」とちょっと引いていた。
「何だよ、そのノリは……」
「そ……っれは! こっちの台詞! いきなり何を言うの!?」
「だって、ハルト以外には基本つっけんどんなノリのカイトが、おまえには見るからに心を砕いてるんだぜ? 邪推の一つや二つ、したくなるってもんだろ」
「ないないない! 私とカイトさんは、ぜーんぜん、そんな関係じゃありません!」
「んじゃ、何でカイトはああもおまえを気にかけてんだよ」
……そんなこと、私に訊かれても。
ゴーシュからすると、カイトさんは私を気にかけてるように見えるのか。
…………嬉しく感じるな、嬉しく感じるな私! それ以上深く考えてはいけない!
「……知りませんよ、そんなの。ゴーシュの気のせいじゃないですか」
私はただこの白紙のカードについて相談したかっただけなのに、どうしてこんな余計なことまで考える羽目になっているのか。思わず溜め息をついてしまう。
ゴーシュは「ふーん」と明らかに釈然としていなさそうな相槌を打った。
「少女Aがそう思うならそれでいいけどよ。じゃ、俺の気のせいじゃなかったらどうすんだ?」
―――どうする、と言われても。
「……拾った者としての責任、とか」
「おまえは捨て猫か何かか?」
「だから私に訊かないでくださいよ! 知りませんよそんなの!」
っていうか、カイトさんのお考えなんて私には分からないっての!
ゴーシュは依然「ふーん」と不自然な相槌しか打ってくれなかった。心なしかその横顔が楽しんでいるように見えて、私は思わずぐぎぎと歯軋りしながら睨みつけてしまう。