×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

少女Aの数奇なお散歩生活 


「何じゃこりゃ」












「あ、いたいた。――おーい、ゴーシュ!」



 WDC開催一日目。

 目立たないなりに私も細々と頑張ってナンバーズを探して相手取ったりしていたのだけど、午後を迎えたあたりで予想外の事態に遭遇した。一人で考え込んでいても仕方ないので、事情を分かっている身内兼運営委員を探して、夕方になる寸前で巡り会うことができた。

 参加者の私やカイトさんとは違い、ゴーシュやドロワさんは運営委員としてWDCに関わっている。開催宣言後、あちこちで頻発するデュエルの監視は忙しないらしく、彼を探すのに少々手間取ってしまった。



「お。少女Aじゃねえか。調子はどうだ?」



 大通りの歩道を闊歩していたゴーシュが振り向いて、気さくに応じてくれる。私はその隣に並んだ。

 二人して、WDCの熱気で賑わう街中を歩いていく。



「ハートピースの話なら、さっき3つ目が手に入ったところです」

「へえ、やるじゃねえか。順調だな」

「――じゃなくって、そうじゃなくって」本題を忘れるところだった。「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、いま時間あります?」



 ゴーシュの眉間に微かにしわが寄った。



「……俺のタイプはもっと胸がある女なんだが」

「殴られたいなら素直にそう仰ってください」



 間髪入れずグッと拳を握ると、ゴーシュは「冗談だよ」と身を引いた。彼は声をひそめて、



「……ナンバーズに関わる話か?」



 私がそっと首肯すると、ゴーシュは「じゃ、どっか入るか」と努めて気楽そうに肩を竦めた。












 ハートランドシティでもよく見かける、チェーン店のジャンクフードショップ。
 窓際のカウンター席を陣取った私たちは、それとなく周囲を警戒しつつ、本題を始めた。



「これなんですけど」



 デッキのサブに暫定的に収納していた一枚のカードを取り出し、隣のゴーシュに手渡す。

 カードを受け取ったゴーシュはすぐに怪訝そうな顔になった。



「……何だこりゃ。真っ白じゃねえか」

「そうなんですよ」



 そのカードは、表も裏も真っ白だった。まるで印刷ミスみたいな事案だけど、デュエルモンスターズが日常に密着しているこの世界において、そんな事例は有り得ない。

 自分のトレイに置かれたチーズバーガーに手を伸ばす。包装紙を剥ぎつつ、私は話の穂を接いだ。



「さっきデュエルした人、明らかに様子がおかしかったんです。だからナンバーズに憑かれてるのかと思って、デュエルしたんですけど……」

「なんだ、煮え切らねえノリだな」

「……デュエルが始まる直前に突然奇声を上げたと思ったら、気絶しちゃって」

「はあ?」



 ゴーシュの訝し気な反応ももっともだ。
 目の当たりにした私も似たような反応をしたものだし。

 もそもそとチーズバーガーを齧り出した私を見て、真っ白なカードを矯めつ眇めつしていたゴーシュも一旦観察をやめて自分のハンバーガーに手を伸ばした。



「それで失礼とは思いつつも、こっちも仕事なので勝手にデッキを漁らせてもらったんです。ナンバーズはなかったんですけど、代わりにそのカードが入ってて。で、私の――」とんとん、と義手を叩く。「コレ、、が反応したから、とりあえず拝借したんですけど」



 そのあとに匿名で救急車も呼んでおいた。何せ相手が、頬を叩こうが引っ張ろうが起きてくれなかったものだから。とはいえ、ゴーシュにそこまで説明する必要はないので省く。



「――で、このナンバーズもどきをどうしたらいいか分からなくって、俺を探してたってノリか」



 ゴーシュが簡潔にまとめてくれた。コクリ、と頷いて肯定を示す。

 私がチーズバーガーを半分ほど食べ終えた頃には、ゴーシュはハンバーガーを完食していた。

 再びカードを手に取って眺め始めた彼が「しかしなあ」とぼやく。



「こういう事務的なノリは俺よりドロワの担当っつーか。ナンバーズが真っ白なんて話も聞いたことねえしなぁ」



 ――ドロワ。

 その名前がふいに耳に入ったことで、むぐ、とチーズバーガーの欠片が喉に詰まりそうになる。

 ゲホゴホと噎せ始めた私にゴーシュはギョッとして「どうしたどうした」と背中を叩いてくれた。



「い……いえ、何でもないです。ちょっと気管に入っただけです。大丈夫」

「そうか? ならいいけどよ」ゴーシュはまだ少し心配そうだった。「――話を戻すぜ。このナンバーズもどきだが……もしかしたら、その持ち主が扱いきれてなかったんじゃねえか?」

「扱いきれて……なかった?」



 ああ、とゴーシュが軽く頷いて。



「本来ナンバーズってのは、俺たちみたいに特別な防衛を施してない限り、持ち主の欲望を増幅させて暴走させるとんでもねえノリだ。だからナンバーズに操られて異常な行動に移る奴も珍しくねえし、最悪破滅する場合だってある」

「……でも、そのナンバーズが形を成してない、ってことは……」

「その持ち主に増幅させる程の欲望がなかったか、あるいはナンバーズのお気に召さなかったか、だな」

「ナンバーズがお気に召すとか、カードにそんな好き嫌いがあるんですか?」

「そりゃあるだろ。なんたって、ナンバーズこいつらは特別だ。実力のねえ奴に使われるぐらいなら、そいつを落魄させるだろうよ」



 ゴーシュは事も無げに言うが……それって、とてつもなくヤバいのではなかろうか。

 彼も私も、少なからずナンバーズを手にしている身である。フォトンチェンジで保護されているいまはナンバーズから影響を受けることもないが―――そのフォトンチェンジにしたって、リスクゼロの代物ではない。

 知らずチーズバーガーを食べる手を止めた私の頭に、ポン、とゴーシュの手が乗せられた。



「そんな暗い顔すんな。おまえは良いノリのデュエリストだ。ナンバーズに見捨てられることなんて有り得ねえよ」

「……ゴーシュ」

「ん?」

「……その手、さっきハンバーガーのケチャップが付いてたよね……」

「あ。バレたか」

「私をナプキン代わりに使うなぁ!」



 うおおおお、と使い捨ておしぼりで頭を擦る私をゴーシュはけらけら笑って眺めていた。

 ……彼の行いの是非はともかく、気分はちょっとだけ楽になった。

 ゴーシュはひとしきり笑った後に「ともかく」としかつめらしい顔で仕切り直した。



「そのカードは、いまは少女Aが持ってろよ。おまえが見つけてきたもんだしな。ナンバーズならよし、そうじゃなくてもまあよしだ!」

「……いや、ナンバーズじゃなかった場合は泥棒なんだけど……」

「アンティルールだった、ってことにしとけばいいだろ」

「後付け。……いやいや、そもそもこの大会にアンティルールは適用されてないし」

運営委員おれがルールだ」

「……そうでした」



 ここまできっぱり言い切られてしまうと、もう何も言えない。

 やれやれと溜め息をついた、そのときである。



「丁度いい、俺からも一つ訊いていいか?」

「なに?」

「おまえとカイトってデキてんの?」

「ぶほォうッ!?」



 先程の比ではないぐらい噎せた。ついでに頭を机にぶつけた。

 痛みに悶えながらこじらせた難病並に噎せ続ける私に、ゴーシュは目を側めて「ええ……」とちょっと引いていた。



「何だよ、そのノリは……」

「そ……っれは! こっちの台詞! いきなり何を言うの!?」

「だって、ハルト以外には基本つっけんどんなノリのカイトが、おまえには見るからに心を砕いてるんだぜ? 邪推の一つや二つ、したくなるってもんだろ」

「ないないない! 私とカイトさんは、ぜーんぜん、そんな関係じゃありません!」

「んじゃ、何でカイトはああもおまえを気にかけてんだよ」



 ……そんなこと、私に訊かれても。

 ゴーシュからすると、カイトさんは私を気にかけてるように見えるのか。

 …………嬉しく感じるな、嬉しく感じるな私! それ以上深く考えてはいけない!



「……知りませんよ、そんなの。ゴーシュの気のせいじゃないですか」



 私はただこの白紙のカードについて相談したかっただけなのに、どうしてこんな余計なことまで考える羽目になっているのか。思わず溜め息をついてしまう。

 ゴーシュは「ふーん」と明らかに釈然としていなさそうな相槌を打った。



「少女Aがそう思うならそれでいいけどよ。じゃ、俺の気のせいじゃなかったらどうすんだ?」



 ―――どうする、と言われても。



「……拾った者としての責任、とか」

「おまえは捨て猫か何かか?」

「だから私に訊かないでくださいよ! 知りませんよそんなの!」



 っていうか、カイトさんのお考えなんて私には分からないっての!

 ゴーシュは依然「ふーん」と不自然な相槌しか打ってくれなかった。心なしかその横顔が楽しんでいるように見えて、私は思わずぐぎぎと歯軋りしながら睨みつけてしまう。



少女Aの遊ばれる十三日目-b