「草薙さん、調子はどうですか?」
「順調だよ。思いつく限りのセキュリティ対策は用意するが、結局はやってみるまで分からないな」
遊作が学校に行っている間、草薙さんがデータバンク侵入の手筈を整えておくことになった。今日の放課後、いよいよ侵入を決行するらしい。何せ大企業のマザーコンピューターに忍び込むのだ。鬼が出るか蛇が出るか――予想以上の出来事に遭遇してもおかしくはない。出来る限りの手を打っておくためか、今日ばかりは店も開かず、草薙さんは絶えずキーボードを叩いていた。
遊作のデュエルディスクに収まっている身の私は、彼が授業を受けている間、昨日のように草薙さんと通話をしていた。
「LINK VRAINS伝いで私なりに調べてみたんですが……いまSOLテクノロジー社はハノイの騎士対策にAIデュエリストの完成を急いでいるみたいです。あくまで可能性ですけど、気付かれた場合は投入してくることも考えられます」
「調べてみたって……大丈夫なのか!?」
「たぶん近々世間に公表する為に用意されていたデータでしょう。セキュリティコードに引っかからない辺りの情報でした。今のところ逆探知された痕跡もありませんし、問題ないと思います」
「なら……いいんだが……」
含みのある言い方で納得してから草薙さんはキーボードを数分叩き、しかしやっぱり釈然としきれなかったのかこちらに視線を向けた。
「少女Aに協力を乞うたのは確かに俺だが……別におまえまで深入りする必要はないんだぞ? 少女Aも謎が多い電脳体なんだ。どこかの好事家に存在を知られたら、やばいことになる可能性だってある」
「大丈夫ですよ。私なんかに興味持つ奴なんて、早々いませんって」
「……だといいけどな」
とにかく無茶はするな、と草薙さんは溜め息混じりに付け足した。
いよいよ決行とあって、少しでも彼らの役に立てるかと動いてみたのだが、余計なことをしてしまったのかもしれない。私がしゅんと肩を落とすと、草薙さんは呆れたように笑ってみせた。
「少女Aの気持ちは嬉しいよ。だけど、これはあくまで俺や遊作の問題なんだ。おまえが無理をする必要はない、ってことさ」
―――確かにその通り。草薙さんの言葉も、それに含まれた遠回しな拒絶も、きっと正しい。
私はあくまで他所からやってきた部外者で、無関係の他人だ。
どんな形であれ、これ以上関わるな、と線引きされるべき存在なのだ。
……だから昨晩の遊作が余計に分からない。
あのとき彼は―――いったい何を考えていたのか。
SOLテクノロジー社のマザーコンピューター内は、LINK VRAINSのそれと同じもので疑似的に視覚化されていた。パッと見の印象はRPGゲームの遺跡ステージによく似ている。ゲームのそれと違うのは、
遊作は自身のアバター――プレイメーカーを使って、マザーコンピューターに侵入を果たした。彼のデュエルディスクに収納されている私とアイも、自然同行する形になる。デュエルディスクの液晶から折を見て外を観察する。
「なんだか……不気味なぐらい静かな場所……」
時折設置されているトラップコード以外は、内部が無重力状態の迷宮のようだ。
「まだ外殻部だからな。だが深部には何があるかも分からない」
私の独り言に、プレイメーカーが返してくれた。
聞かれていたのかと恥ずかしくなる。しかし、それと同じぐらい、この場所の静謐を彼が破ってくれたことに安堵した。自分だけが此処の静寂を不気味に感じていたのではないと分かったからかもしれない。
草薙さんの誘導に従って、プレイメーカーは着実に侵入を進めていく。
沈むように。
潜るように。
落ちるように。
そしてエリアAを突破する直前、警戒していた通り、予想外の事態は訪れた。
『こんなところにデータストームが!?』
アイの声には、動揺が如実に滲んでいた。
「で、データストーム!? 何ですかそれ!?」
『未知のモンスターが潜んでるデータの嵐だよ! できれば積極的に関わりたい代物じゃないね!』
「で、でも……それが目の前にあるってことは……」
関わりたくなくても、関わらなければいけないってことでは。
プレイメーカーも踏み込むべきか否か悩んで立ち止まっていたが、そんな悠長な暇を
「! プレイメーカー! トラップが!」
プレイメーカーの背後から、徘徊型トラップコードが迫ってきていた。
私の声でプレイメーカーは素早く身を翻すも、彼の腰に括りつけられていた
嵐の只中へ放り出されたプレイメーカーだったが、彼はD・ボードを召喚することでどうにか体勢を立て直した。
「ふじ、じゃないプレイメーカー! 大丈夫ですか!?」
「あぁ。問題ない」
『いや問題はあるでしょ』
アイの指摘は悲しいけれど事実だった。
先程のトラップが作動したのだ。いまマザーコンピューター内には、けたたましいほどの警報が発せられている。恐らくは管理室に異常が知らされた筈だ。
「侵入がバレたぞ!」
草薙さんの口惜しそうな警告が届く。
その直後――プレイメーカーの両側と後方に、三つの人影が現れた。
「
「それも三人!?」
一人相手に、なんて卑怯な!
……いや。そもそも侵入なんて犯罪行為してる時点でそんなこと言えないか。
『『『プレイメーカー発見』』』
明らかに人間のそれではない、機械的な音声が三方向から発せられた。
まさか、こいつらがあの――――
『こいつら、百パーAIの
――SOLテクノロジー社が開発に取り組んでいたという、AI
『コレヨリ、スピードデュエルヲ開始』
勝手に宣言してくれる! ただでさえ急いでるのに、三人相手にデュエルなんてまともにやってられるか!
『どうする? プレイメーカー様よ』
プレイメーカーはアイの問いには返さず、しかし行動で応えてみせた。
無言でD・ボードの向きを変更。AI
「プレイメーカー! 私が彼らの相手をします! 貴方は先に行ってください!」
「馬鹿を言うな! おまえはデュエルディスクに接続されている身だぞ」
「いえ、ここはLINK VRAINSと同じ技術で構成されています。それは来たときから分かってた。だからこうやって――」ぐぬぬ、と少しばかり気張って。「――私も、戦えます!」
ポン、とデュエルディスクの外に出られた。此処がLINK VRAINSと同じ仕組みで、かつ電脳空間だからこその荒業だった。
以前キャラメイクをした際に設定しておいたD・ボードを足元に召喚して、プレイメーカーと並走する。
『おぉー! ……って、おまえ一人だけズルいぞ! オレも外に出せよ!』
「こんな場所に少女A一人を置いていけるか!」
「だって、相手は三人もいるんですよ! まともに対応してたら、ますます危なくなります!」
『……あ。オレは無視なのね』
先に行け、いやそんなことはできない―――私とプレイメーカーがお互い一歩も譲らず怒鳴り合っている内に、AI
「……1体? 他の2体はどこに?」
「――これでいい」
プレイメーカーはAI
「デュエルは一対一でするものだ」
「俺が奴の相手をする。少女Aはデュエルディスクに戻っていろ」
有無を言わさず下がらせようとするプレイメーカーの眼光は、いつも以上に鋭かった。
けれど、残りの2体の動向が見えない以上、彼だけを置いていくことなど出来やしない。
「嫌です!」
「少女A!」
「……そんな怖い顔しても、嫌なものは嫌です!」
絶対に戻ってなるものか、という意思表示としてプレイメーカーの右腕にしがみついた。
プレイメーカーは一瞬だけ眉尻を下げて、だがすぐにいつもの凛々しい顔付きに戻る。
「……危なくなったら、すぐに戻れ」
「っはい!」
「……デュエルが出来ない。手を離せ」
「あ、すみません」
ぱっと手を離す。ついでにデュエルの邪魔にならないよう離れようとしたら、プレイメーカーの方から手を掴まれて止められた。がくん、と少しだけ重心を崩しそうになる。
「――俺から離れるな」
……表情は、まるで違った。こんなことを考えている場合じゃないと分かっている。
しかし、遊作の目は――昨晩のそれと同じ色をしていた。
私が呆然としている間に、プレイメーカーとAI
先攻はAI。相手のデッキがいわゆる『ハンデス』系だと分かる頃には、既に遅かった。人工知能とは思えないほど高いデュエルタクティクスの≪テンタクラスター≫モンスターのコンボにより、プレイメーカーはまだ自分ターンも来ていないのに全ての手札を墓地に送られた。
プレイメーカーのターンが回り、ドローフェイズを迎えたその瞬間。
横合いから、あの二体がプレイメーカーを襲ってきた。
「プレイメーカー!」
一体は私が義手のデュエルアンカーで迎撃できたけど、もう一体の赤色はプレイメーカーに容赦ない突撃をくわえた。
あえなく吹っ飛ばされたプレイメーカーが、どうにか空中で体勢を立て直す。赤色のAIはそんな彼にさらに追撃をくわえんと、間を置かずぶつかっていく。
『おいおいおい、そんなのアリかよ!』
「デュエル中に物理攻撃なんて卑怯過ぎる!」
相手はAI――無機物だ。私とアイの抗議に耳を貸すような存在ではない。
デュエルを妨害しているという意識すらないのだろう。赤色のAIはプレイメーカーのデュエルディスクを破壊せんばかりの勢いで突撃を繰り返す。
「くそっ、邪魔!」
プレイメーカーに向かおうとする緑色のAIをデュエルアンカーで何度も弾くけれど、相手に効いている様子はない。やっぱりデュエルで倒すしか―――だが、そんな悠長なことをしていてはプレイメーカーがいつD・ボードから叩き落とされるか分からない。
手詰まりかと思われたそのとき、死角から水色の蛇が伸びてきた。
水色の蛇は赤色のAIに絡みつき、プレイメーカーからたやすく引き剥がした。
「ちょっとAIさん達、勝手なことしないでくれる?」
青を基調とした配色の、可愛らしい美少女が現れたのだ。
「ブルーエンジェル!?」
「お、お知り合いですか!?」
思わぬ人物の登場に愕然とするプレイメーカーと私の前で、ブルーエンジェルと呼ばれた美少女は泰然と胸を叩く。
「プレイメーカーを倒すのはわ・た・し! 分かったら、とっとと帰りなさい!」
ビシリ、とAIたちを指差すブルーエンジェル。
……なんだかよく分からないけど、正直誰なのかもさっぱりだけど、たぶん味方っぽい。
AIたちがブルーエンジェルを見定め、冷然と警告を発する。
『我々ノ邪魔ヲスルノデスカ』
『邪魔ヲスルナラ、排除シマス』
「……そう。じゃあ、しょうがないわね。だったら私が相手になるわ!」
「勘違いしないで。貴方に借りを返しに来ただけだから」
プレイメーカーに対し、ブルーエンジェルは不敵に笑った。
両者の関係が今一つ分からない私は、意味もなく二人を見比べるしかない。
「おまえに貸しを作った覚えはない」
「だったら、それでもいいけど」
……だめだ! 何も分からない! 二人にしか分からない空間が築かれている!
「AI
赤色のAIを引き連れ、ブルーエンジェルが分かれ道を逸れていった。
……何も分からない――けど、どうやら彼女はこの場においてプレイメーカーに利する者であるようだ。彼女のおかげで1体の負担が減ったのは大きい。
プレイメーカーの下に行くために先程までは弾くばかりだったデュエルアンカーを、目前にいる緑色のAIに巻き付ける。すぐに機能を発現。赤い紐は燐光と化して霧散した。
「プレイメーカー! あのAIは彼女が、こいつは私が相手をします! 貴方はそいつに専念してください!」
「無茶だ! ブルーエンジェルはともかく、おまえには危険すぎる!」
「大丈夫! スピードデュエルは何度か経験ありますから!」
「そうじゃな、―――少女A!」
プレイメーカーと言い合っている猶予はない。D・ボードを蹴飛ばすように駆り、彼とは別の道へ向かう。
緑色のAIは私が離れたのを見てまたプレイメーカーに突撃しようとしていたけど、デュエルアンカーの『デュエルを終えるまで私から離れられない』という機能に阻まれた。見えない糸に引っ張られるようにして、緑色のAIも私に同行してくる。
「プレイメーカー、目的地で落ち合いましょうね!」
――勇ましくプレイメーカーと別れたものの、不安要素が一つだけあって。
いまのデッキは最近新調したものなのだ。
つまり――ろくに実戦調整してないわけで。
「『デュエル!」』
……いやいや、今更怖気づいていられるか!
「先攻は私です! ドロー……はないんだったそういえば!」
くそう、こっちのルールにまだ慣れない!
自分の学習能力の低さに歯噛みしながら手札を目にし―――思わず膝をつきそうになった。
いつかやると思っていた……! むしろ運命力の低い私が今まで一度も事故らなかったことの方が奇跡だったのだ……! でもよりにもよってこんなときに事故らなくたっていいじゃないか!
「……私はカードを一枚伏せてターンエンド」
とりあえずブラフ代わりに伏せておいたけど、AI相手に効果があるのかどうかは定かじゃない。
現実の人間相手なら煽りの二つ三つ食らう場面だけど、AIにそういう機能は搭載されていないらしい。
『私ノターン。ドロー。――
テンタクラスター・ダークウィップ
ATK 100
『手札カラ≪機械複製術≫ヲ発動。≪テンタクラスター・ダークウィップ≫ヲ2体特殊召喚。更二私ハ3体ノ≪テンタクラスター・ダークウィップ≫ヲリンクマーカーニセット。現レロ、リンク3≪テンタクラスター・ノーチラス≫』
テンタクラスター・ノーチラス
リンク3/ATK 0
オウムガイを連想させる形状のモンスターがフィールドに這い出てきた。私もそれなりにエグイ形状のモンスターを使うし、耐性はある方だと思うけど何となく身を引いてしまう。
『≪テンタクラスター・ノーチラス≫ノリンク召喚ニ成功シタトキ、リンク先ニ手札ノ≪テンタクラスター・ドリルワーム≫ヲ特殊召喚デキル。私ハ手札カラモウ1体ノ≪テンタクラスター・ドリルワーム≫ヲ通常召喚』
テンタクラスター・ドリルワーム
ATK 600
巻貝みたいな姿のモンスターが2体並んだ。攻撃力は低いけれど、そういうモンスターほど警戒しなければいけないのが世の常である。
『≪テンタクラスター・ノーチラス≫効果発動。1ターンニ1度、リンク先ノモンスターヲ破壊スルコトガデキル。私ハ≪テンタクラスター・ドリルワーム≫を破壊スル』相手の言葉はまだ続く。『コノトキ≪テンタクラスター・ドリルワーム≫ノ効果発動。相手ノ手札1枚ヲランダムニ選択シ、墓地ニ送ル。コノ効果デ墓地ニ送ラレタカードガモンスターダッタ場合、モウ1枚相手ノ手札ヲ墓地ニ送ル』
私のいまの手札は上級モンスターが3体。どれを選ばれようが、確実に2枚失うわけだ。
目の前で消失した手札を口惜しく思う暇もない。
『モウ1体ノ≪テンタクラスター・ドリルワーム≫効果発動。相手ノ手札1枚ヲランダム二選択し、墓地ニ送ル』
そして――あっという間に私の手札は消えた。
私の場には、ブラフの伏せカードが1枚。なんて頼りない状況だろう。
『≪テンタクラスター・ドリルワーム≫デプレイヤーニダイレクトアタック』
「くっ……!」
伏せカードがブラフかどうか、低攻撃力で見極めにきたか!
『ターンエンド』
「っ私のターン、ドロー!」
『コノ瞬間、墓地ニアル≪テンタクラスター・ドリルワーム≫ノ効果発動。墓地ノコノカードヲ除外シ、相手ノ手札1枚ヲランダム二選択シ、墓地ニ送ル。ソシテ墓地ニアル≪テンタクラスター≫モンスターヲ特殊召喚デキル。私ハ≪テンタクラスター・ダークウィップ≫ヲ守備表示デ特殊召喚』
これでドローカードも奪われ、手札はゼロ。墓地にばかりカードが溜まっていく。
そう―――墓地にばかり。
「……デッキ、新調してよかった。前の植物族デッキじゃ、何も出来なかったかも」
ビートダウンデッキがロックカードを苦手とするように、デッキには相性がある。
そして今回ばかりは――いまの私のデッキは、ハンデス相手にはすこぶる相性が良い!
「墓地の≪インフェルノイド・ネヘモス≫の効果発動! このカードは自分フィールドの全ての効果モンスターのレベル・ランクの合計が8以下の時、自分の手札・墓地から「インフェルノイド」モンスター3体を除外したとき、墓地から特殊召喚できる。いまの私のフィールドはがら空きなので特に問題なし! 私は墓地の≪インフェルノイド・アシュメダイ≫、≪インフェルノイド・ベルフェゴル≫、≪インフェルノイド・アドラメレク≫の3体を除外し、≪インフェルノイド・ネヘモス≫を攻撃表示で特殊召喚します!」
インフェルノイド・ネヘモス
☆10/ATK 3000/DEF 3000
禍々しい紅色の悪魔が、地の底より現れた。ずるり、と長い肢体が私に背を向けて佇立する。
「≪インフェルノイド・ネヘモス≫の特殊召喚に成功したこのとき、効果発動! このカード以外のフィールドのモンスターを全て破壊する!」
悪魔は口腔を大きく開き、ゾッとするほど艶やかな炎でフィールドを焼き払った。
相手の≪テンタクラスター≫モンスターが一掃される。
「≪ネヘモス≫でプレイヤーにダイレクトアタック!」
『ヌ……』
「リバースオープン! ≪火霊術−「紅」≫発動! 自分フィールド上の炎属性モンスター1体をリリースし、リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える!」
悪魔の全身は燃え盛る劫火となった。焼ける苦痛から逃れたいように悪魔はのたうち、AIへと突っ込んでいった。
なかなかのオーバーキルだ。
結果だけ見れば圧勝だけど、相手がハンデスしてこなければどうなっていたか考えたくもない。デッキの相性が良かっただけの勝負を誇ることはできまい。手札事故の件を考えても、やっぱり私の実力って中の下ぐらいなんだろう。まだまだカイトさん達の足元にも及ばないと痛感し、思わず溜め息をついた。
ともあれ、なんとかやり過ごしたのだ。
いまは―――プレイメーカーとの合流を急ごう。
やっぱりデュエルについてはおかしい点があれば「バグですね!」と温かい心で見逃してください