見つからない。
見つからない。
見つからない。
殺すべき相手が、見つからない。
この世界に──この街にいることは解っていた。だが、行方が解らなくては捕まえることすら叶わない。
トロン一家に頭を下げて協力まで願ったというのに、奴らから吉報はない。
あいつらにはあいつらの目的があり、怨恨がある。俺のそれとは別物だと言われてしまえばそれまでだが、今は全てが憎らしかった。
苛立っている、と俯瞰する自分が告げる。
早く、早く殺してしまわないと。
俺が俺でいられる内に、早く早く早く────
「──落ち着け」
急に、後ろから誰かに抱き竦められた。
……部屋には、俺しかいなかった筈だが。扉にも鍵はかけておいたのに。
匂いで、何者かは判別がついた。同時に、こいつなら施錠は無意味かとも思う。
「……W。離せ」
「自殺する寸前だった奴に言われても、従えねぇな」
Wはいつもの口振りで、しかし少しだけ緊張した調子の声だった。
暖かい感触が首回りにあった。
それがWの両腕だと気付くのに、時間はかからなかった。
ソファーの背凭れ越しに、Wは俺を抱き締めていた。
──そっと、目を開ける。
ソファーの肘掛けに置かれていた俺の両手は、いつの間にか俺の首にしっかりと爪を立てていた。それを阻むかのようにWの腕が、俺の首に巻き付いている。
意識して、ゆっくりと両手を目の前に持ってきた。それを閉じて、開いて、を繰り返す。爪先にこびりつく血は、乾いていた。
「──間隔が、短くなってきているんだ」
「……あぁ」
「あと半年、ない、と思う。このままじゃ、今年の内に──俺は死ぬ」
頭の中で、警報が鳴り響く。かんかんかん、かんかんかん。ひどく喧しいその音は、この半年間絶えず続いている。
自分の頸動脈に爪を立てていたことに、俺は気付かなかった。痛みも感情も計画もなく、機械的に自分を殺そうとしていた。
Wに止められなければ──死んでいた。
「最近は、特に酷い。寝ている間に首を絞めようとしている」
「俺が助けてやった」
「目の前から大型トラックが突っ込んできたこともある」
「それも俺が助けた」
「──俺を消そうとしているんだよ、W。とてつもなく大きい何かが──」
──姿の見えない怪物が。途方もない圧力が。
大丈夫だ、とWは言った。俺を抱き締める力を強くして、震える声で。
「あいつを殺せば、おまえは助かるんだろう。なら、何も心配しなくていい。俺も、兄貴も、Vも……父さんも協力しているんだ」
「…………」
「絶対に、おまえを消させやしない。絶対だ」
目の前で開いていた手を、一度閉じた。それから腕を伸ばし、机の上に置いていた赤帽子を手に取る。
──俺の部屋には、何もない。ソファーと机とベッド、それだけだ。
水回りの世話や火の扱いは、全てWの部屋に行かなければできない。
俺がありとあらゆる方法で自殺しそうになってから、Wがそう決めた。
赤帽子を目深に被ってから、俺は口を開いた。
「死にたくない」
「死なせない」
「死にたくないんだ」
「絶対に死なせない」
どちらの声も、震えていた。