暗闇。
どこを見ても光はなく、また人気もない。そこに佇んでいるのは私だけだ。
暗闇に際限はなかった。どこまで行っても闇ばかりで、出口も入口もない。それはつまり、此処に居るのは永遠に私だけだということ。
音も光も反射しないことが、さらに孤独感を煽った。
母親を父親を友人の名を、呼ぼうとした。呼ぼうとして、彼らの名前が思い出せない事実に直面した。
だが、不思議と怖くはなかった。この暗闇の中に存在しているのは私だけなのだ。私以外の生命体の名を呼べたところで、何になろう。
ふと、気まぐれに歩み出す。危険も幸福もないと解りきっている闇の中を、一人進む。
しばらく歩いたところで、飽きた。当然だ。景色も感覚も何一つ変わらないのだから。
私以外の誰かがいたら、もう少し違ったのだろうけど。
そう思ったとき、私は知らず彼の名を呟いていた。
「──カイト」
途端、闇が蠢いた。
闇は渦を巻き、空間を時間を私を飲み込まんとする。それがどうしようもなく恐ろしいものに思えて、私は咄嗟に地面に這い、必死にしがみついた。
経過した時間は一分だったか、一時間だったか、はたまた永遠だったか。
闇は変わらずそこを覆っていた。違っていたのは、私以外の生命体が存在していたことだ。
それは、とてつもなく大きかった。肌で感じる質感で、そう解った。
暗闇に包まれて、目前のそれを視認できないにも関わらず、私には手に取るようにその正体を把握できた。
龍だ。
底無しの銀河を瞳に持つ、一匹の龍だ。
私が顔を上げる。
直後、龍は咆哮した。
憤然と、何故気付いたと怒鳴るように。
哀惜の念を込めて、何故気付いたと憐れむように。
嬉々として、ようやく気付いたかと告げるように。
龍は咆哮を上げ続ける。
そのとき、私は漠然と悟ったのだ。
私はもう戻れないのだ、と。
ひどく夢見が悪かった。あんな夢を見るなんて、私も疲れているのかもしれない。
ふあ、と堪えきれなかった欠伸が漏れた。
今日もハートランドシティは快晴だ。人々は活気に溢れ、オボットたちは街を清掃し、私は街をさ迷う。うん、悲しいまでにいつも通り。
「あの、すみません」
不意に声をかけられて、振り向いた。そこには、にこりと笑う少年。
「落とされましたよ」
そう言って差し出されたのは、見覚えのあるDゲイザーだった。それもその筈、私のポケットに突っ込んでおいた筈のそれである。
ドロワさんから頂いたものを落とすということにも驚いたが、私が何より肝を冷やしたのは、その少年自体だった。
「す、すみません! ボーッとしてまして……! その、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
少年の手からDゲイザーを引ったくるように受け取り、私は知らず一歩後ずさった。
少年らしからぬ可憐な風貌の彼は、件のアジアチャンピオンの弟だった。
それはつまり、遠からずDr.フェイカーと──カイトさんと敵対関係になる少年なのだ。
「……あの、どうかされましたか? ひどく顔色が悪いですけど」
「い、いえ。大丈夫です、はい。元からピッコロさんみたいな顔色だって言われてますから」
「そ、そうなんですか?」
勿論そんなわけはないが、今はこの場を切り抜けることが最優先だ。
私は一つ、確信を抱いている。
私のデュエルの腕前では、この世界の主要人物たちには勝てないということだ。
シャークさんにフルボッコにされたことが良い例だ。私がどれだけ緻密な戦略を凝らそうと、彼らはさらにその上をいくプレイングを行う。
ここでこの少年と関わることは、どう考えてもよくない。まだ私が動くときではないのですよ!
「あの、ありがとうございました。じゃあ、私は失礼します」
「あ、いえ──」
きみの答えは聞いてないっ!
Dゲイザーを握りしめ、私は踵を返して逃げ出した。少年はポカンとして、私を見送っている。
だてにハートランドシティを毎日ウロウロしているわけではない。人を撒くのに最適な道ぐらい、とうの昔に把握している。
彼が追いかけてきているとは考え辛かったが、しかし念には念を入れ、私はそれらの逃走経路を用いて逃亡した。
ようやく安心できたときには、足がガクガクしていた。悲鳴どころではない。足が断末魔を上げている。
「せめて心の準備ができてから来てよぉ……っ!」
いきなり来られたらビックリするでしょーが!