「──お前からやって来るなんて、珍しいこともあるもんだ」
すっかり聞き慣れてしまった声が、俺の鼓膜を叩いた。
見上げれば、階上から俺をニヤニヤと見下ろしていたWと目があった。
「不満か?」
「いいや、誰もそんなことは言ってねェさ」
猫のように笑いながら、Wは勿体ぶる仕草で階段を下りてくる。
軽く広間を見渡したが、トロンの姿はなかった。出かけているのだろうか。
「トロンは?」
「兄貴と出掛けた。何をしに行ったかまでは知らないがな」
「ふうん。Vと」
あの二人が揃って出かけるなんて、珍しいこともあるものだ。Wの言葉を借りるなら、俺が来たからか? ……なんてな。
Wが最後の一段から踵を外し、俺の目前に下り立った。
「トロンに用だったのか?」
「まあ、トロンに伝えればお前たちにも伝わるだろうと思ったし」
「なら、俺が聞いてやろうか?」
Wは、他の二人ほど兄弟に似ていない。黄色人種寄りの肌の色のせいか、単純に彼の性根故か。
それでも確かに彼はVの兄であり、Vの弟だ。何気無い仕草に隠しきれない育ちの良さが滲み出ているあたり、そっくりだ。
伸ばされたWの手が、俺の帽子を掴んだ。それを俺が拒もうすらしないことに、彼の片眉が上がる。
「用事っていうか、頼み事だな」
「頼み事? ハ、これまた珍しいことを!」
嘲笑うように顔を歪めてから、Wは勢いよく俺の帽子を投げ捨てる。
帽子が力なく床に転がるまで、俺は微動たりともしなかった。
──気付けば、Wに抱き締められていた。彼の胸板に顔を押し付けられる。
「……どうした。いつものお前らしくねェ」
「今ちょっと、複数のことを考えてる余裕なくてさ。悪い、反応しきれない」
「……頼みってのは?」
「あぁ、そうそう」
拒まれないのが嬉しいのか悔しいのか、俺を拘束する圧力が増した。
「──殺したい奴がいるんだけど」