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3. 安穏



 扉の前で深呼吸を繰り返した。

 大丈夫、変なところはない筈。寝癖はちゃんと直したし、シャツだってしっかりアイロンをかけた。お国柄醤油顔なのは仕方ないと諦める。

 ──よし。
 腹を括って、ドアノブに手をかけた。



「おはようございま────」



 す、という語尾は、室内のクラウスさんと目が合ったときに消えた。

 パソコンの画面と向かい合っていた彼は私と目が合うと、優しく微笑みかけてくれた。「おはよう」と挨拶まで返してくれたせいで、私の処理能力は容易く限界に達する。



「お、おおおおはよよようござざいままままます、くくくクラウスさん」

どもり過ぎだろ」



 笑いながら私の後ろに現れたのは、スティーブンだった。クラウスさんと同じく彼も私より年上なのだが、どうにもこの人には敬称を付ける気にならない。

 よくも悪くも、スティーブンのおかげで処理能力が戻ってきた。冷めた目で彼を見遣る。



「……おはようございます、スティーブン」

「あれ? 何で僕には吃らないの?」



 スティーブンの疑問を無視して、部屋に入る。座り心地の良いソファーの近くに行って、ようやくクラウスさんの陰に隠れていたギルベルトさんを見つけた。



「おはようございます。ギルベルトさん」

「おはようございます。小兎さま。本日も緑茶でよろしいですか?」

「いえ、私などにお気を遣わず」

「はは。小兎さまは本当に日本人ジャパニーズの美徳を備えておられますな」



 本当に気を遣ってもらわなくてよいのだが、「ラインヘルツ家のコンバットバトラーの名折れになりますので」と言われてしまえば、強く拒否することはできなかった。今日もギルベルトさんが出してくれた緑茶に口を付けることとなる。
 ……うっ、いつもながら感動するぐらい美味しい。

 私がソファーに腰を下ろしたとき、ザップが入ってきた。褐色の肌に銀髪という組み合わせの青年は、HLにも早々いやしない。……そう、先日私の頬を鷲掴みにしてくれやがった彼と同一人物である。

 そのこともあって、私は今一つザップを好きになれない。まあスティーブンよりはマシだが。
 スティーブンはなんか無理。ホント無理。理由は解ってるけど、それをどうにかする気は一切ない。



「何だ、今日はキモノじゃねーのか」



 私の向かいに腰を下ろしたザップは、事も無げに私の緑茶を飲んだ。おいそれ私のなんだけど。

 彼の指摘通り、今日の私は着物ではない。ジーパンにポロシャツという、ありふれた服装をしている。



「何、着物気に入った?」

「一回やってみてーんだよな。ほら、あのあーれーってやつ」

「真実を教えてあげるけど、アレって女側が回らないとうまくいかないよ。最悪着物が破れたりするし」

「知りたくなかった」



 男のロマンがー、と顔を歪めたザップから緑茶を取り返し、残っていた分を一気に飲み込む。感動するぐらい美味しいのに、こんな飲み方では風情も何もない。

 と、いきなりスティーブンが私の隣に腰を下ろしてきた。思わず歪みそうになる顔を堪え、さりげなく彼から距離を取る。



「私だって着物なんか本当は着たくないよ。動きにくいし、着るのも大変だし。
 でも、怪舌の制限であるんだもの。自分より大きなモノは具象化できないって」

「ああ、それで少しでも大きくする為にキモノなんか着てんのか。……ん? でもそれって小兎がデカくなったわけでも何でもないよな。いいのか?」

「いいんじゃない? 実際それで困ってないし」

「結構適当なんだな……」



 ん? とザップが首を捻る。



「あれ。でもおまえ、あのときは──」

「──それより小兎、ザップやギルベルトさんとは随分仲良くなったみたいじゃないか」



 彼の言葉を遮って、スティーブンが声を上げた。ひぎ、と私の口元が引き吊る。



「チェインやK・Kとは、この前一緒にランチに行ったらしいね。クラウスとレオナルドもだ」

「……ざ、ザップやギルベルトさんとは行ってませんよ」

「ザップには奢らされて、ギルベルトさんには優しく辞退されるからだろう? そのとき僕もいたんだけどな」



 隣が見れない。隣からめちゃくちゃ視線が刺さってくるけど怖くて見れない。絶対零度の笑顔なんか見たくない。

 向かいのザップが可哀想なものを見る顔をしている。そんな顔をするなら助けろ! いや助けて! 今ならランチでも何でも奢るから!



「僕だけまだ、小兎とランチ食べてないんだよね」



 ……脅迫かな?



「──おはようございま……うわ、何この空気」



 後半の台詞が小声になりながら入ってきたのは、レオだった。救世主!

 私は勢いよく立ち上がり、脱兎の如き素早さでレオの方へ走った。彼の肩を叩いて、逃亡経路を確保する。



「おはよう、レオ! 今日も今日とて貧乏なんでしょ今日は私が奢ってあげるよサブウェイでいいよねじゃあ一走り買ってくるね!」

「何その無駄な早口!?」



 レオのツッコミに背を押されたような気になって、私は速度を上げた。

 ──解ってる、解ってるよ。スティーブンが、クラウスさんに負けないぐらい良いヒトだってことぐらい。厄介事の塊みたいな私をライブラに置いてくれて、その為の後処理だってしてくれた。そんな彼が良いヒトじゃなくて、一体何だというのだ。

 でも、どうしてもダメなのだ。スティーブンが纏う空気はあまりにも──あの男と似過ぎているから。












「──いや解りますよ、スターフェイズさん。野良猫に一人だけなついてもらえないみたいな感覚なんすよね」

「……しかも、だ。他の誰よりも世話をしてやってる自覚があるのに、だぞ」

「旦那と一緒に、小兎の実家に脅しかけて『あいつの兄弟に手を出すな』って警告したんでしょ? それをあいつも知ってるのにあんだけ露骨にねえ……」

「クラウスはいい。仕方ない。小兎を助けたのはあいつだからな。……だけど、その次になついているのが、あの場に居なかったチェインっていうのはどういうことだ……!?」

「(スティーブンさんが真剣に頭を悩ませている……)」





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