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4. 提示



「……なあんて事が以前はよくあったんですが、最近ザップさんってクラウスさんに『仕掛け』ませんよね」



 レオにザップの愚行を説明されて、私は湯飲み片手に感嘆の声を漏らした。

 バカだバカだと思ってはいたが、クラウスさんにそんなことをする程だったとは。最早救いようがない。

 いつもの、ライブラの執務室。

 ギルベルトさんに淹れてもらった各々の飲み物を片手に──クラウスさんだけはプロスフェアーに夢中になっていたけれど──私たちは歓談に時を費やしていた。



「確かにそうだな。アイツも大人になったか」

「心折れて諦めたに一票」



 スティーブンとチェインによる、本人がいない場所での追撃。チェインに至っては「負け犬ならぬ負け猿。あっはは、おかしい」と死体蹴りに等しい言葉まで付け足した。



「チェインは本当にザップに手厳しいね。気持ちは解るけどさ」



 いつもながら美味しすぎるギルベルトさん特製緑茶を口にする。私は今日も、ショートパンツにパーカーといったありふれた服装だ。

 と、レオの携帯が音を立てた。怪訝そうにしつつ、彼は通話に応じる。




『おおおおおおおおおいいいいいいいいい旦那そこにいるか旦那ァァァ』




 ……何やら聞き覚えのありすぎる声が室内に響き渡った。

 スティーブンとチェインは冷めた顔をして、そっと踵を返した。各々の職務に戻っていく。



『俺殺されちゃうよぉ。助けてくれって伝えてくれよぉォ』



 携帯電話からは、ザップの悲惨(とてもわざとらしい)な声が聞こえてくる。

 プロスフェアーに夢中だった筈のクラウスさんはいつの間にかレオと目を合わせていて──静かに立ち上がった。



「え、行くんですか!?」



 いやいやどう考えたって演技だろう罠だろう。

 咄嗟に声をかけてしまった私に、クラウスさんは平然と首肯を返してくる。



「仲間の危機だ。往かぬ理由がない」

「え、えー……──」



 どこまで実直なヒトなんだ。知ってはいたけど。嫌というほど知ってはいたけどっ!

 思わずスティーブンとチェインに目を走らせる。二人揃って、諦念を込めて肩を竦めていた。さ、悟ってやがる……!

 レオを振り返る。苦笑いで二人分のヘルメットを用意していた。……きみも大概ヒトが良いよね!

 でも、もしザップの罠だったなら──クラウスさんはともかく、レオ自身は大した戦闘能力を保有しているわけじゃない。何かあったときに危ないだろう。

 ──うん、それだけだ。私はクラウスさんとレオを心配しているだけで、万が一ザップのSOSが真実だったらとかそういうことは一切考えていない。

 湯飲みに残っていた緑茶を一気に飲み干して、口を開く。



「──私も、行きます!」










 本来一人乗りであるレオのバイクに、三人も乗る方がどうかしている。しかも一人は巨体のクラウスさんだから尚更だ。

 二人分のヘルメットの一つは、当然ながらレオ。そしてもう一つは私だった。どうしてクラウスさんではないのかという謎は、私の位置に起因している。

 私が乗る場所に窮した結果、すったもんだあってクラウスさんに肩車されることで解決したのだ。

 ……新しすぎるだろう、この位置。



「小兎。私も気を払うが、しっかり掴まっていてくれ」

「は、はい……」



 ……そう言われても。

 大して綺麗でもない私の素足をクラウスさんに密着させることに、躊躇しないわけがないわけで。ごめんなさいクラウスさんチェインみたいな綺麗な足じゃなくてごめんなさい。

 こんなことになると解っていたら、ショートパンツなんか履いてこなかったのに! 今朝の私の馬鹿野郎! いや何かよく解らない命の危機に立ってるらしいザップの馬鹿野郎!

 バイクが発進される寸前で、スティーブンが何かを呟いていたように見えた。しかしエンジン音にかき消されて、私にはよく聞こえなかった。

 あっという間にスティーブンやチェインの姿が見えなくなった。クラウスさんに肩車されたまま、私はHLの喧騒の真っ只中を駆け抜けていく。



「く、クラウスさん、すみません。重いですよね……」

「いや羽のように軽い。小兎はちゃんと食事を摂っているか?」

「と、摂ってますよ!」



 ……違う! 軽いと言われて喜ぶな私! いや重いって言われたら此処で死んでただろうけど!



「──ああもう、ザップのバカ────!」



 私の嘆きは、HLの喧騒にあっさりと飲み込まれていった。




「…………羨ましいな、クラウスの位置」










 道中色々あって、それでも何とか辿り着いたのは何の変哲もない倉庫街──に見せかけた、裏世界への入り口だった。見るからにやばそうな連中がウロウロしていて、隠す気があるのかないのか。

 見張りらしき強面に通されて、私たちは奥へと進む。薄暗い道を通り、年代物のようなエレベーターに乗った。地下へと向かっているらしいこの箱が下りるにつれ、何やら歓声のようなものが聞こえてきて──

 ──やがて、実状はライトに照らされて明白になった。

 鉄網で囲われたリングに立つのは、二人の拳士。それを中心にして、多数の観客が群がっていた。歓声は彼らの声だったのだ。

 エレベーターが停止し、私たちは地面を踏み締める。呆然としていた私とクラウスさんに、レオが説明してくれた。



「地下闘技場です。ザックリ言うと賭けをして殴り合うんす!」

「へー……」

「成程、興味深いな」



 リングに立つ二人は、片方が人類ヒューマーで、片方は異形だった。共通しているのは、どちらも素手ということぐらいで──体格も種族もお構い無しらしい。



「うわあ。えげつないというか分かり易いというか」

「……レオ。何だか私、場違い感がすごいんだけど」

「心配しなくても僕もですよ」



 いやパーカーにショートパンツとかいう格好の私の方が百倍酷いと思う。ピクニック気分全開にしか見えないし。

 ザップはどこだろう、というクラウスさんの声で我に返った。レオと二人、慌てて周囲を見回す。有象無象が居すぎるからか、ザップの姿は見当たらない。

 ……でもなんだか、此処ってとてもザップ向きな場所のような……。

 ──そんな風にボンヤリしていたのがまずかった。スポットライトがクラウスさんに当たったとき、私は愕然とすることしかできなかったのだ。




「──レディイイイイイイイイイイイイイス」エン、と異形の司会は続ける。「ジェントルメン」




 そして、無茶苦茶な音量が闘技場中に鳴り響く。



「──ディス・イズTHEラァァイブラァァ!
 クラァァァウス ラインヘェェルツア!!」



 歓声に押し出されるようにして、クラウスさんはリングへと押し上げられてしまった。気付いて手を伸ばすが、もう届かない。



「待ちなさい! レディースってアンタ、私ぐらいしかいないじゃないの! 複数形の意味は何よ!」

「そこっすか!?」



 レオにツッコミを入れられて、ハッとした。いけない、混乱のあまり訳が解らないことを口走っていたようだ。

 ──そして、あっという間に話は進んでいく。人間の男が出てきたかと思えば異形が彼を押し退けて、それをクラウスさんが易々と撃退した。

 そこでクラウスさんは一時リングを降りようとしたのだが、駄目だった。彼の拳に火を点けられた観客たちの熱に押され、クラウスさんは勝負を続けざるをえなくなった。



「ヤバいじゃん! いよいよ泥沼じゃん! ザップさん見つけたっておいそれと帰れないじゃん!」

「ミスタ・クラウスに五百!」

「小兎さん!?」

「何してるの、レオ! まさかクラウスさん以外に賭けるつもりじゃないよね!?」

「もしかしてアンタ、賭け事とか大好きなタイプか!? ……ミスタ・クラウスに四十!」



 ──そして、クラウスさんは数多の相手と戦った。素手で、一対一で、一度たりとて退くことはなく。

 気付けば、私は呼吸すら忘れてその勇姿に見入っていた。いつの間にかレオが姿を消していたことにも気付かなかったぐらいに。

 クラウスさんの戦いぶりは、凄まじいの一言に尽きた。どんな異形を相手にしても退くことなく、自らの拳一つでことごとく打ち砕いていく。

 勝負の合間、熱気を逃がす為か、クラウスさんがベストとシャツを脱いだ。私は届くかも解らない声と手を出す。



「クラウスさん、預かります!」



 此方を一瞥したクラウスさんが、申し訳なさげに投げてきた。汗を吸ったせいか少し湿っているそれを受け取り、ぎゅっと握り締める。

 ──私にも、武術の心得ぐらいある。だから解る。彼の拳がいかに真っ直ぐで、転進の気配を見せない、愚直といっても過言ではないものであるか。

 シャツがシワになってしまうことに気付いて、慌てて握り締める手を緩めた。顔を上げて、またクラウスさんに視線を注ぐ。

 本当に──なんてヒト。






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