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8.臆病







 ヒトを殺すのは簡単だ。怖いぐらい簡単だ。相手が人間とは思いたくないぐらいの屑だと、さらに難易度は下がる。

 私は怪舌に呑まれないよう、心を平坦にするだけでいい。

 懐かしい感覚だった。

 ──あのときと違うのは、一人じゃないということ。










 二人して血と油と傷にまみれていた。服もボロボロで、およそマトモな姿をしていないだろう。

 後悔はなかった。クラウスさんが抱えるメイヴィが無事だったから──手遅れにならなかったから。間に合った。その事実だけで満足した。

 階段を下りるときふいに、クラウスさんの肩越しに、メイヴィと目が合った。笑いかけようと思ったけど、いまの状態では何をしても怖がらせてしまうような気がして、私はそっと目を反らした。

 外の光を浴びた。地面に足をつけたとき、メイヴィがキリシマさんと抱き合っているのが目に入った。

 ──そのとき、私は何を思ったのだろう。色んなことを考えたような気も、単純なことだったような気も、何も考えなかったような気もした。間違っていないのは、開きかけた口を閉じたということだけ。

 私の行動で、彼女は一度も笑ってくれなかった。
 だけど、これから先の未来で彼女が笑ってくれたら、それでいいと思う。可能ならば、彼女を大切にしてくれる存在の傍で。

 泣きながらメイヴィを抱き締めるキリシマさんから目を反らした。遠くから聞こえるサイレンで、我に返る。



「っクラウスさん、行きましょう」

「あぁ」



 メイヴィは完全なる被害者だ。警察に見つかっても保護されるだけだが、私とクラウスさんは両手に手錠がかかっても不思議じゃない。

 クラウスさんの袖を引き、揃って駆け出した。とはいえどこか向かうアテがあるわけでもなかったが、その問題はすぐに解決した。しばらくも走らない内に、知り合いの車が目前で停止したのだ。

 運転席の窓から、スティーブンが手を振る。



「こっちだ。クラウス、小兎」



 彼が皮肉げに笑う。



「──全く、やりすぎだよ。
 可哀想に。九頭見会もさぞやビックリしたことだろう。事実上解散だね、あれじゃ」



 スティーブンの車に乗り込む直前で、クラウスさんは心なしかしゅんとしながら言った。



「……奴らは、彼女を……大切な花を……踏みにじったのだ」



 クラウスさんと私が後部座席に乗り込む。
 スティーブンは笑ったまま、車を発進させた。



「違うよ。小兎を連れて突っ込むなんて、さすがの君でも無茶だって話。次からは呼んでくれ」

「……う……ああ……」



 済まない、とクラウスさんが小さく謝罪した。

 それで、とバックミラーを通してスティーブンの目が私に向けられる。



「小兎はどうして?」

「……」どうして、と言われても。「……右に同じ、です」

「きみがそんなに花好きだとは知らなかった。今度プレゼントしよう」



 ハンドルを軽快に操る彼の言葉には、温度がなかった。平時の表面上の温度すらも、だ。

 ……もしかして、いや、もしかしなくても。



「……あの、スティーブン」

「何かな」

「……怒って、ます?」

「怒ってないよ全然怒ってないよ怒る理由がないじゃないか」



 こんなに解りやすい怒り方、初めて見た。

 しかも、スティーブンが、だ。
 どういった対応をしたものか判然としなくて、私は口をつぐむしかない。

 気まずい沈黙が、私とスティーブンの間に落ちる。それを怒気と一緒に吹き飛ばすみたいに、彼は深い溜め息をついた。



「……行為には怒ってない。小兎自身には少し怒ってる、かな」

「……私、ですか」

「有り体に言おう」



 吹っ切るみたいに、スティーブンははっきりと告げた。



「心配した」



 ああどんな理由なんだろう。やっぱり面倒事だとか拾ってやるんじゃなかったとか? いや今ならクラウスさんによくも迷惑をかけてくれたな、とか? 有り得る、スティーブンはわりとクラウスさんのこと大好きだし────……うん?



「……すみません、スティーブン。耳が誤作動を起こしたようなので、もう一度言ってもらえますか」

「心配した」耳は正常に働いていたようだ。「いくらクラウスが一緒だからって、きみまで無茶をしないでくれ」

「……スティーブン」

「何だい」

「風邪でもひきましたか」



 信号で、車が止まる。

 途端にスティーブンは身体を捻り、私に手を伸ばしてきた。狭い車内に逃げ場などなく、頭をがっしりと掴まれる。



「いだただだだ!」

「至って健康体だよ。何なら今からホテルにでも行って証明してやろうか?」

「な、何でまた怒ってるんですか!?」



 おかしい、私は何も間違ったことは言っていない! はず!

 クラウスさんがオロオロと間を取り持とうとしてくれたが、結局信号が変わるまで私の頭は痛めつけられた。

 運転に専念するため、スティーブンの手が離れていく。そのとき、執務室で嗅いだ香水の匂いはしなかった。

 私の鼻を掠めたのは、いつものスティーブンの匂いだった。




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