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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

6.危機


 血界の眷族最終自閉形態──真胎蛋ツェンタイダン
 スティーブンとK・Kが相手取り、汁外衛氏が追い詰めた血界の眷族は、そういうものに変態した。

 私の腰ほどの高さしかないその繭は、さほど大きくない。腕を回せば両手が組める程度の横回りだ。

 だが、その危険度は計り知れない。内部で急速再生治癒を入っている血界の眷族は、外界からの刺激には超絶的な速度で反応。しかも攻撃力自体は、真胎蛋ツェンタイダンになる前とさほど変わりない。

 そんな脅威の繭を黙らせる為には、外皮で蠢く六つの目のような器官を同時に射抜くしかない、というのが汁外衛氏の言。



「それで大人しくなるって言うけども」



 およそ私たちには理解できない言語を発する汁外衛氏と、ザップは易々と会話する。汁外衛氏はシャシャシャキジャアアみたいなよく解らない奇声しか発していないと思うのだけど、どうして意思疏通ができるのだろう。

 私はといえば、汁外衛氏に腹部の辺りを掴まれてぶら下げられていた。確か米俵を小脇に抱えていた百姓が、いまの汁外衛氏みたいな体勢だったと思う。



「……完全にお持ち帰りの体勢ですよね、これ」



 ぽつりと溢した私の頭の上で、ザップと汁外衛氏が言葉を交わす。「……コンマ一秒でもズレたら?」「シャシャシャキィアァシャシャアアアア」「良くて両腕切断、最悪足首しか残らない。……じゃねーだろ、馬鹿かアンタ」──事態は私の想像以上に悪そうだ。

 ちらりとクラウスさん達の方を窺ってみたが、みんな歯痒そうな表情をしていた。クラウスさんは一等深刻そうにしていたが、無理に汁外衛氏に歯向かうといったことはなさそうで、少し安心した。

 推測の域を出ないが、この汁外衛氏という人物との関係を悪化させてもメリットはあるまい。助けてほしいと思う心は確かにあるが、彼らに迷惑をかけてまでの価値じゃない。

 ……だけど、どうして私なのだろう。一番最初に口を挟んだのがやはり不味かったのか。それ以外に思い当たる要因はないし。



「……んな顔すんな、小兎」



 頭上から、珍しく神妙なザップの声がして、現実に引き戻された。顔を上げれば、いまにも溜め息をつきそうな顔をしたザップと視線がかち合う。



「どうにかしてやっから。俺だってやだし」

「……いやそもそもアンタがだらしない腹をしていなかったら、こんなことにならなかったんじゃ──」

「やっぱお前だけ師匠に連れて行かれろ」



 むぎゅ、と頬を鷲掴みにされた。なされるがまま、無様に変形した顔になった私を見て、ザップが「変な顔」と笑う。

 見慣れない笑い方だった。それで、こいつも不安なのだと解ってしまった。



「……ふぁいほうふ大丈夫



 ザップが瞠目する。



ふぁふあなやあえうっへ、ひんじえるアンタならやれるって、信じてる

「……何言ってっかさっぱりだな」

あっはひねやっぱ死ね



 ──カッ。
 汁外衛氏が木杖で地面を突いたのは、そのときだ。

 途端、血の薄膜が結界と化して、私たちとザップを隔絶した。

 クラウスさんが耐えかねたように口を開く。



「お師匠! やはりどう考えても、これは度が過ぎています。どうか──」



 ──気迫。

 クラウスさんをも閉口させるそれを、汁外衛氏は放っていた。
 並の人間なら気絶してしまいそうなそれを受けて、歴戦のライブラメンバーでさえ凍りついた。──ただ一人、全く退かないクラウスさんを除いては。

 覚悟を決めたザップが真胎蛋ツェンタイダンと向かい合う。私はそれを眺めることしかできなかった。



「──……不安か」

「え……」



 ──日本、語?

 HLこの街では聞き慣れない母国語を耳にして、私は知らずそちらを向く。汁外衛氏が真意の窺えない瞳でじっと私を見据えていた。



「アレが、心配か」

「え、あ……貴方、日本語を……?」

「左様。名を聞き、もしやと思ったが、やはり貴様は日本人か」ならば、と汁外衛氏は続ける。「──やはり“鬼”の落胤か」



 ──鬼。

 信じられない心地で目を見開いた。汁外衛氏はじっと私を見つめ返すだけ。



「……誰から、それを」

「見れば判る。貴様は人間というにも血界の眷族ブラッドブリードというにも、些か歪だ。然らば残るのは、日本の“鬼”の可能性だけよ」



 汁外衛氏の手が私の頭に置かれた。私を抱える血で構成された手ではなく、生身の手だった。



「“鬼”はその性質故、人里に長居すればわざわいを招く。儂と共に来れば、その影響を防ぐことができよう」



 ──汁外衛氏の言葉に、死角からダンプカーが突っ込んできたような衝撃を受けた気持ちになる。

 禍──それは、どんな。

 視界の端にザップやクラウスさん達が映る。彼らの後ろに蠢く闇のようなものが立っているように見えて、腹の底からぞっとした。──それは、彼らにも及ぶのか。

 問いは声にならない。それでも口を開こうとした──そのときだ。

 ──ピルルルルルル、と誰かの携帯電話が鳴る。
 電話に応じたのは、チェインだった。



「はい、アンジェリカ? ……うん、うん。いや全然取り込み中じゃない。大丈夫ダイジョブ、どしたの?」



 彼女の声で我に返った。“鬼”の件は──弟妹たちの件はクラウスさん達のお陰で解決したのだ。いま彼らは平和に過ごしている筈だ。

 私が怯える必要は──ない。

 彼らの背後に、闇なんてない。



「え? 何? 体が火照って仕方ない?」



 チェインは平然とした顔で続ける。



「今すぐあの銀髪褐色にメチャクチャにされたい。そんな気持ちで色々濡らしている? 屹立した【ピ────】で【ドキューン】を【ウフーン】で【バリバリバリゴーン】のように【パオーンガオーン】して【キュドドドパギャーン】りたい?」



 …………あの、ごめんチェイン。いま私、結構シリアスな空気だったような……そんな放送禁止用語を連呼される空気ではなかったような……。



「うーん、でもちょっとアイツ忙しいんだよ。いやマジでマジで」笑い話でもする口調だ。「これから入院するか鬼籍に入るかするから、諦めるっきゃないわー。ざーんねん」



 ──あ。

 ふとザップへと視線を戻した私は、思わず脱力してしまった。先程まで警戒する兎のように強張っていたくせに突然脱力したのを不審に思ってか、汁外衛氏が揺さぶってきた。



如何どうした」

「……いや何か……」私は苦笑する。「──もう、大丈夫だなって」



 激励なんかより、こっちの方がよっぽどアイツには効くのだった。



「うーん、はーい。バイバーイ。じゃ────ね────」



 チェインにしては不自然な、妙に間延びした挨拶。それがアイツに集中の余暇を与えるものだと、汁外衛氏は気付いただろうか。

 ──一瞬の刹那。

 その直後の結果だけを、私は感知できた。真胎蛋ツェンタイダンの六つの目が悲鳴を上げる場面だけを。

 きっとどんなスーパーコンピューターでも知覚できないその瞬間に、ザップは六つの目を見事射抜いてみせたのだ。

 それを確認して、汁外衛氏は結界を解いた。一直線にチェインの元へ行くかと思われたザップだったが、驚いたことに私の目の前で立ち止まった。

 そして──ひょい、と。

 汁外衛氏の手中から、子供みたいに私を抱き上げた。
 何故か背後から手を回して。



「お、ホントだ。意外と胸あんな、おまえ」

「………………」



 それで満足したのか、ザップは私を地面に下ろすとチェインから携帯電話を奪いに行った。

 携帯電話に向かってアホみたいな口説き文句をほざいている馬鹿野郎の後ろ姿を目視しつつ、私は汁外衛氏から木杖を借りる。

 それをぎゅっと握って、一歩大きく踏み出す。弓のようにしなる身体の勢いを殺さないようにして、木杖をザップの背中目掛けて投擲した。



「やっぱりお前なんか死ね──ッ!」

「ぐぎゃぁああああ!」










 諱名が掴めなければ、長老エルダー級の封印は難しい。その諱名を掴む為に、私とレオは雁首揃えて真胎蛋ツェンタイダンを見つめていた。



「……レオ、どう?」

「……駄目っすね。小兎さんは?」

「全然。怪舌が効いてないみたい」



 怪舌の力で世界に干渉すれば、一時的にレオの目に近い能力を得ることができる──というのが解ったのは、ほんの数日前。スティーブンの「駄目元でいいからやってみろ」という命令に従って試してみたら、本当にできてしまったのだ。義眼から見る世界を直視してしまい、悶え転がったことは記憶に新しい。

 さて。
 いくら真胎蛋ツェンタイダンをある程度無力化したとはいえ、封印しなければ根本的な解決にはならない。クラウスさんによる封印を敢行するにも諱名は不可欠だ。

 しかし何故諱名が見えないのか……。
 レオによれば、今までの血界の眷族にこんなことはなかったらしいのだが……。



「おそらく、心臓がここに無いからだ」

「! なるほど……。半身欠損の本体は行動中なのね」



 クラウスさんの言葉に、K・Kさんがハッとした顔になる。

 私とレオも顔を上げて、互いを見合わせた。どうやら私たちの力不足が原因ではなかったらしい。

 そこで、ちょっと待ってくれ、と言ったのはスティーブンだった。



「……それじゃ……ただ千切れた体の一部分が、俺達と正面から渡り合ったのか……?」



 険しい面持ちのスティーブンが口にした意味を理解して、さっと私の顔から血の気が引いた。

 戦闘の余波だけで、街を天災のように破壊した存在。
 だがそれは本気ではなく──ただの体の一部で。
 ならば本体は、どれほどの実力なのか。

 考えたくもなかったが、嫌な想像ばかりが脳裏を過る。

 ──まさかこれが……禍、なのか?

 ぶるり、と身震いした。街路に響く汁外衛氏の声がやけに遠く感じる。



「……何だって?」



 汁外衛氏の奇声を耳にして、ザップが飛び起きた。珍しく血相を変えた彼に、私たちはキョトンとした目を向ける。



「弟弟子!? 連れて来るって……どういう事だ!?」










 真胎蛋ツェンタイダンを滑車に積んで、高層ビルの屋上に運ぶ。その道中に、汁外衛氏から一連の作戦を聞かされた。それが驚くべき内容だったのは、もはや語る必要もあるまい。

 対象の目的はHLの中心──“永遠の虚”中心部への帰還。ひいては引き千切られた下半身の回収・合体。その為なら反撃も視野の内だろう、とのこと。

 汁外衛氏の語るザップの弟弟子は、航空機の先端部分に血界の眷族ブラッドブリードを縛り付けたまま、此方に接近しているらしい。当然、私たちは目を剥いた。



「そんな事をした飛行物体がどうなっか知ってんのかよ……!?」



 ザップの言葉にも、汁外衛氏は平然としている。二人にしか理解できない言語で返事をしていた。

 私に汁外衛氏独特の言語は理解できない。
 だからただ空を見上げて、此方に向かっているらしい航空機を探す。

 ──一部の例外を除き、HLに近付く飛行物体はタコ足によって叩き落とされる。あのタコ足がどういったものなのかは未だ判然としていないが、異界のそれなのはほぼ間違いない。

 弟弟子が乗っている航空機がどのようなものかは知らないが、恐らくその一部の例外には含まれないだろう。ならば必然的に結果は見えてきてしまう。



「死ぬぜ。その弟子がよ」



 ザップの言葉に、汁外衛氏は一度黙り込んだ。
 だがすぐにシャギャキキ……と声を返していた。

 その内容は、私には解らない。だからいま私に出来うることは、航空機を探すことぐらいだった。

 ──遠方に、タコ足が伸びたのが視認できた。航空機の胴体部分は滝の底へ落下し、先端だけが街に向かって落下している。

 私とレオが同時に振り返った。



「「きました!」」



 クラウスさんが浅く頷いて、駆け出した。その手には無線機がある。「ブラッドハンマー、GO」──彼の合図で、階下から巨体が飛び出した。

 血の装甲を纏ったそれは航空機の先端にがしりとしがみつき、──重力を味方に付けたバックドロップを血界の眷族ブラッドブリードに食らわせた。航空機を階下にぶちこんだらしく、震動が此処まで伝わってきた。

 ──あれは……誰なんだろう。クラウスさんから「ライブラの仲間だ」とは聞いたけれど。

 そして、クラウスさんは易々と屋上の柵を乗り越える。



「レオナルド君、小兎、諱名は見えたか!?」

「ちょっとなら……!」

「まだっす、半分しか……!」



 そうか、と返答したクラウスさんがレオの首根っこを引っ掴んだ。行くぞ、とザップが私を俵担ぎする。



「なっ、ちょっ……」

「え、ザップ!?」



 私たちの戸惑いの声は届かなかったらしく、両名は平然と屋上から飛び降りた。

 ……あ、夜景綺麗。

 ──現実逃避をしなければやっていられない恐怖だった。後で絶対必ず何があろうとザップ殴る。



「えええええええ!?」

「き、ゃぁああああ!?」



 レオを掴んだまま、クラウスさんが血闘術で十字の楔をビルに打ち込んでいく。それで落下の勢いを殺しているのだ。私を担ぐザップも、楔を足掛かりにして緩やかな落下を成功させていた。

 死ぬ心配がないと解れば、恐怖は完全には消えずとも余裕が生まれた。



「ざ、ザップ! 何で私まで!?」

「予備はいくらあってもいいだろ」

「レオの予備扱いか私は!?」



 やっぱり最低だこいつは! 何でさっきこいつを気遣うようなことしたんだ、私! 完全に損した!

 私たちより先に目標の階に到着したクラウスさんへ攻撃が迫った。が、その爪は彼に届く寸前で十字の楔に阻まれる。一歩遅れて、私たちも床に足を着けた。

 ザップに下ろしてもらい、腹を括って前を見た──直後に後悔した。



「おおう……酷えな。潰れた頭蓋を再生しながら攻撃か」

「やめてくださいよ! 俺今からそっち見なきゃなんないんすから!」

「……私はもう見ちゃったよ……」



 R指定確実の光景は、しかしすぐに全年齢対象へと変貌する。その再生速度はまさに神業だ。

 下半身が千切れているのは明らかに不自然だったが、それ以外は普通の男性のようにすら見えた。先程航空機の先端に縛り付けられたままビルに直撃した存在とは信じられないぐらい、綺麗に再生している。

 ザップとクラウスさんが私たちの前に出て、言葉を交わす。



「どう出る……?」

「うむ。まずは諱名。書き写すと同時にレオと小兎を安全圏へ」



 気付けば、そこに口を挟んでいた。



「いえ、私は残らせてください。いざというときに応急処置ぐらいならできます」

「だが……」

「……旦那、残らせてやろう」ザップは顔色を変えずに言う。「機内のあいつがやばかったら小兎にぶん投げれば、俺たちは戦闘に専念できる」



 ザップの口添えで、クラウスさんは「む」と黙り込んだ。足手まといにはなりません、と念を押す。



「……無理はしないでくれ」はい、と返事をした。「機内の“彼”は無事だろうか?」

「分からねえ。血界の眷族ブラッドブリードの圧が強すぎる」



 レオが紙に書き写す間、私は目への怪舌の効果を打ち切った。代わりに、全神経を彼の身を守ることに回す。

 私じゃ血界の眷族ブラッドブリードにダメージを与えることは無理だろうけど、攻撃を防ぐことぐらいなら……!

 レオが紙に書き終える。諱名が記されたそれをクラウスさんが受け取ったとき、床から生えてきた鋭利な爪がレオの背へと向かうのが見えた。



「──レオ!」

「っうお!?」



 彼の服を掴んで引き寄せ、ついでに外の方にぶん投げる。だがK・Kさんの狙撃が血界の眷族ブラッドブリードを怯ませてくれたらしく、爪はレオに掠ることすらなかった。

 相手の隙を突き、クラウスさんとザップが踏み出す。入れ替わりに、さっきの巨体がレオを抱えて、外へ飛び出していった。

 クラウスさんが血界の眷族ブラッドブリードの気を引いてくれている内に、航空機の操縦席付近へと駆けていくザップの背中を追いかける。生半可な単独行動よりは、ザップの傍に居た方が邪魔にならないと判断したのだ。



「待ってろ! 今出してやる!」



 ザップが航空機にあと少し──というところで、中から手が生えてきた。しかも、なんか水掻きみたいなものが付いている。知らず私たちの足が驚きで止まる。

 ……え、生きてんの?

 私たちの戸惑いを足蹴にするように、彼は悠然と機内から現れた。



「下がっていて下さい、人類ヒューマー



 ──それは例えるなら……魚と人間のハイブリッド、みたいな。

 シルエットは人間だった。でも、どう見ても人類じゃない。魚類みたいな頭部と肌と質感だからだ。

 私がポカンとしている内に、ザップは持ち前の失礼さを発揮したらしい。彼に三叉槍を突きつけて怒られていた。



「……ザップ!」



 そんな二人に迫る攻撃に気付いて、声を張り上げた。幸い彼らは寸前で察してくれて、事なきを得た。

 ──突然、血界の眷族ブラッドブリードの圧力が増した。
 ただそこに立っている。それだけの筈なのに、私の膝は笑い出して止まらない。

 攻撃が──上へ。

 階の構造なんて知らぬとばかりに、それは屋上まで吹き抜けの穴を作り出す。瓦礫と共に落下してきたそれを見て、私は慌てて口を開いた。



「て──【停止】!」



 落下途中の真胎蛋ツェンタイダンが、空中でピタリと止まる。ただの時間稼ぎに過ぎないとは解っていたが、やらざるを得なかった。

 血界の眷族ブラッドブリードは目を見開いて私を見遣ったが、しかし半身の回収を優先した。クラウスさんの拳が届くよりも早く、上へと跳ねる。

 ──死を……覚悟した。

 半身と合体を遂げ、禍々しい姿へとそれは変貌していく。自然と放たれる威圧感だけで呼吸が止まりそうになって、意識して足を踏ん張った。

 それができたのは──合体の隙を突き、屋上にいたスティーブンが血界の眷族ブラッドブリードを凍らせていくから。

 あいつに見られてるのに、私だけ腰を抜かすとか──有り得ないっ!

 今度は、もっと強く言い放つ。



「【停止】!」



 凍らされながらも抵抗していた血界の眷族ブラッドブリードの動きが、僅かに止まる。きっと長くは持たない。だけど、少しでも隙を作れたら──



ひきつぼし流血法・カグツチ」「・シナトベ」

 ――七獄 天羽鞴しちごく あまのはぶき


 ザップと彼の合体技が叩き込まれ、血界の眷族ブラッドブリードは火焔に包まれた。そこに飛び込んだのは、一つの影。

 ──一瞬の間を空けて降りてきたクラウスさんを、戻ってきた巨体がキャッチした。それから少しだけ遅れて、落ちてきた小さな十字架をチェインが回収しているのが見えた。

 クラウスさんに駆け寄ろうとしていたら、突然背後から頭に手を置かれた。



「よくやった」ザップの声だった。「お陰で狙いやすかった」



 それだけ言って、ザップは私を追い越して歩いて行った。

 あいつの手が置かれていた頭に両手を当てた。そのまま膝を折り、ダンゴムシのように丸くなる。

 ──そんなこと言っても、アンタを殴るって決意は揺るがないんだからぁ……!

 ……て、手加減ぐらいは考えてやらんでも、ない、けど。







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