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 私が“鬼”と呼ぶこの力は、どうやらその界隈では『百鬼ひゃっき怪舌かいぜつ』と称される代物であるらしい。クラウスさんとスティーブンに二人がかりで説明されて、私は混乱する頭で何とか「はぁ」と漏らした。

 いきなり大量の情報を詰め込まれて、処理が追い付いていない。だけどひとまず、私の力がよからぬ者に渡ってはいけないだろうことは理解した。それを防ぐ為に、ライブラ──彼らが私を保護してくれることも。



「小兎の怪舌は、恐らく異界のそれだ。推測の域を出ないが、『神々の義眼』等と似たモノであると思う」

「……でも、どうして日本にそんなものが? それも、記録によれば何百年も昔からあるんですよね?」



 異界と繋がっているのは、このHLヘルサレムズ・ロット──元紐育ニューヨークだけの筈だ。異界のモノが外界に流出するなんて、あまり考えられないことだが。

 向かいのソファーにクラウスさんと並んで座るスティーブンは、困ったように目を閉じて肩を竦めた。



「それは僕らにも解らない。将棋とチェスの発展系であるプロスフェアー然り、異界あちら側はずっと昔からこの世界に寄り添っていたんだろう、としか」

「……何が原因か、とか解りませんか」

「それもまた同様だ」スティーブンはそこで目を細めた。「……ただ、きみは僕らの知る義眼保有者とはまたパターンが違うようだ。それぐらいしか言えることはないね」

「……そうですか」



 落胆しても仕方がない、とは解っているのだが──心の機微は簡単には操れない。私は知らず伏し目がちになった。

 話が変わってすまない、とクラウスさんが身を乗り出す。



「──きみの生家のことについて、なんだが」

「……はい」



 視界がさらに下を向いた。厚底下駄の汚れが目について、洗わないとなぁ、と胸中でメモを取る。

 ──クラウスさんは、あの家から私を捕まえるように命を下されていたらしい。あの家の実情を知って、私を引き渡す気は無くなったようだが──それだって、タダじゃない筈だ。そんなお人好し過ぎる人間がいるわけがない。

 あまり豊満とは言えないものだが、体を要求されるだろうか。いやそれよりも、怪舌を活用される方が可能性が高い。……大丈夫、殺しに使われるぐらいなら耐えられる。まだ妹弟たちを助けられる希望が残る。あの家に捕まらないだけでも僥倖なんだから────



「──お節介なことだと解ってはいたが、先日、きみの家とスティーブンが交渉をした」

「…………はい?」



 思わず目がぱちくり。

 告げられた言葉をすぐに飲み込めなくて、瞬きをゆっくりと数回繰り返す。そうしてようやく内容を理解した途端、処理能力が熱暴走を引き起こした。

 バッとスティーブンを見遣れば、彼は薄く笑いながら「大変だったんだよ」と言った。いや、大変だとかそうじゃないとか、そういう問題じゃなくて。



「……な、何で……?」

「すまない。だがスティーブンは何とか、きみの兄弟たちに手を出せないように約束させてくれた。お節介だと解ってはいたんだが、どうしても我慢できなくて……」



 本当にすまない、とまたクラウスさんは繰り返した。きっちり角度を付けられて頭を下げられて、私の方は泡を食うしかない。



「ち、違うんです。そういうことじゃなくて──」



 クラウスさんがキョトンとした顔で私を見る。アワアワと意味もなく手を振る私を、スティーブンは面白そうに眺めていた。



「──どうして、そこまで助けてくれるんですか?」



 一瞬の沈黙。

 クラウスさんが意味を飲み込めていないと解り、私はまた慌てて補足した。



「だ、だって私はクラウスさんにしたら、赤の他人でしょう? つい三日前までは、貴方とは何の関係もなかった。クラウスさんが私に肩入れする理由は、何もない筈です」



 そこまで言って、私ははたと思い至った。



「──……同情、ですか」



 今度は、疑問符がつかなかった。

 ──だってそれしかないじゃないか。今まで何の関係もなかった人間に手を差し伸べる理由なんて。

 何かを言おうとしたスティーブンを、クラウスさんは片手で制した。



「……きみがそう思うのは、きみの今までの境遇を考えれば仕方のないことだ」だが、と彼は続けた。「──私が小兎に協力したくなった理由は、同情ではない。尊敬だ」

「……そん……?」



 この人はさっきから、何を言っているんだろう。

 情報の処理が追い付かない。さっきから情報の雪崩に押し潰されてばかりで、そろそろ呼吸もできなくなりそうだ。



「失礼とは思ったが、きみのことを調べた。──数多の兄弟の為に、きみは自ら火中に飛び込んだ。それは誰でもできることじゃない」



 向かいの男と、目が合った。咄嗟に反らしたくなったが、できない。それほど力強い双眸だった。



「私は小兎を尊敬する。だから、協力したいと思うのだ」

「────」



 吐きかけた言葉を飲み込む為に、思わず口に手を当てた。そして唾と一緒に飲み込んでしまおうとしたのに、うまくいかない。

 ──……やめて。

 貴方が言うような、そんな綺麗な人間じゃない。泥水を啜って、死体を餌にして、ヒトを殺したことだってある。下水道より汚い生き物なんだ。

 だから、お願い。
 そんな真っ直ぐな目で、私を見ないで──。



「……す、すまない。やはりきみには失礼なことばかりで……いくら謝っても足らないと解ってはいるんだが……」



 ──気付けば、クラウスさんはおろおろと手を上げ下げしていた。母国のヤクザよりも強面なのに、その怯える小動物みたいな動作がやけに似合っていて────あぁもう、ずるいなぁ。この人、本当にずるい。

 口から手を離し、知らず俯いていた顔を上げる。それからクラウスさんに言葉をかけようとして──突然隣に座ってきたスティーブンに驚いて、舌が縮こまった。



「違うよ、クラウス。小兎が泣いているのは、そういう理由じゃない」



 ぽん、とスティーブンの大きな手が頭に乗せられた。揺れたせいか、ポタポタと床に水が落ちた。

 ……え、水?

 ごしごしと両目を手で拭ってから、指先が濡れているのを確認して愕然とした。それが信じられなくて、何度も何度も擦る。「目が痛むよ」というスティーブンの注意も無視した。



「……な、泣かされた……!?」

「え、気付いてなかったの?」



 スティーブンの声など、もはや耳にも入らない。

 衝撃の事実に、かぁっと顔が赤くなった。泣かされた。私が。今まで何があっても泣かなかったのに──男に、初めて。

 気付けば感情のままに立ち上がり、感情のままにクラウスさんを指差し、感情のままに叫んだ。



「──せ、」

「「せ?」」

「責任、取ってよ────!」










 それから色々大変だったんだけど、いかんせん何も語りたくない。とりあえず、クラウスさんの婚約者にもスティーブンの愛人になることも避けられたことだけ明記しておく。







念の為追記しておきますと、クラウスさん夢ではないです。たぶん。





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