×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
※Pixivからの移行のため、キャプションの文章もそのまま載せてあります。

『こんな人だと思わなかった』
(2023.1.22)
スメール人は情熱的という話のゼン蛍
テーマ:恋をしたことで自分は弱くなってしまったと思う蛍ちゃんと、恋をしてエラーが起こるものの開き直って押しが強いアルハイゼンのゼン蛍。仲人のパイモン。

スメール人が愛情深くて愛情表現がストレートだとカプ的に美味しいなあという妄想。
蛍ちゃんを好きになったら割とポンコツになってパイモンに言い負かされるアルハイゼンと蛍ちゃんの外堀を埋めるアルハイゼンが入りきらなかった。
スメールの風習や文化を軽く捏造してます。



こんな人だと思わなかった!

口から出なかった代わりに、心の中で蛍は叫んだ。
気が付けば本を読んでいるのに、今では本を読んでいない時は蛍をすぐ膝の上に乗せる。
抱きしめて、髪に触れたりこめかみに口付けたりされるたび、蛍はいちいち反応してしまう。異性とは兄以外と触れ合ったことがないので落ち着かないのだ。
アルハイゼンに触れられるのは嬉しいけれど、それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
こういうスキンシップだけではない。

先日、オルモス港での出来事だ。
冒険者協会からの依頼をアルハイゼンを伴って請け負った際、依頼人との顔合わせでお互いに自己紹介することになった。
この依頼は、当初は蛍とパイモンだけで受ける予定のものだった。
しかし、依頼人の詳細を聞いた途端、パイモンが「アルハイゼンを連れてくるからちょっと待ってろ!」と飛んでいったのだ。
簡単な依頼なのに来てもらうのも…と蛍は躊躇っていたが、やがてやって来たアルハイゼンは、パイモンの機転をおおいに褒め称えた。
依頼人はフォンテーヌで舞台役者をしていると最初に話した。
実際、甘い顔立ちで声も色気があり、優しい喋り方をする、多くの人が美形だと口を揃えて言うであろう若い男性だった。
蛍が口を開くより先に、アルハイゼンが蛍と男の間に入って名乗り、蛍を自分の近くに引き寄せる。

「こちらは妻の蛍」

足の爪先から頭のてっぺんまで急速に沸騰した気分であった。
それなのにアルハイゼンは蛍を抱き寄せながら話を続けるものだから、蛍は会話の内容なんかこれっぽっちも耳に入ってこない。

蛍は、関係性が変わった日のことを思い出す。

その日は普段と比べて何も変わったことのない一日だった。
蛍とパイモンがスメールを探索している間、各地に散らばってしまったスメールの古い文献が集まったので、それを見てもらおうと教令院に足を運んだのだった。
アルハイゼンを訪ねようとすると、パイモンが自分は塵歌壺へ先に帰ると言ってその場で消えてしまった。
今思えば、パイモンのことだけは変わったことと言ってもよかったかもしれない。

その時気付かなかったのには理由がある。

いつからなのかは覚えていないが、パイモンは蛍とアルハイゼンが二人きりになるようにしていた。
冒険者協会からの依頼も人数が多く必要になるものは断り、戦闘が伴う内容でもわざわざアルハイゼンを呼びつけていた。そして時折、アルハイゼンだけを連れ出すことがあった。
パイモンとアルハイゼンはよく言い合いをしていたし、最終的にはパイモンが負けて終わりにするので、蛍はとくに気にしていなかった。
教令院から連れ立って歩く途中、アルハイゼンからパイモンの話が出て、蛍は少し意外に思った。

「意地を張ったままでは横取りされても文句を言えない、と叱られた。俺もそう思うよ。悩む時間が無駄だとは理解していたが、俺にも処理しきれなかったんだ。……また言われるな。理屈でどうこう出来るものではないと」

パイモンがアルハイゼンにお説教をした、というのはあまり想像がつかない話だ。
しかし彼が冗談を言っている様子はない。
それに、パイモンがアルハイゼンに檄を飛ばした理由もよくわからない。

下り坂を歩いていると、スメールシティの夜風に蛍の金色の髪が乱される。

それを蛍が直すよりも先に、アルハイゼンの手が伸びてきて、撫で付けようとした。
その手が、中途半端な位置で静止する。
蛍がアルハイゼンの手を目で追いかけると、すぐに離れていった。
歩き出したアルハイゼンが足を止めた蛍を振り返る。
……追いついた蛍が置いていかれることはない。
蛍の歩調に合わせているのだと、今気が付いた。

「最近、君のことをよく考えているんだ」

面倒な仕事が立て込んでいても、笑いかけられると疲れがなくなったような錯覚がする。
疲れた時に声を聴くと、胸の奥のあたりがじわじわとくすぐられるような気分になる。
蛍が自分ではない男に向かって、幸福そうな笑顔を向けていると、はらわたが煮え返る。
実は将来を約束した人がいると言われたら、冷静にそれを聞ける自信がない。
最後だけ眉間に深いシワを刻んで、アルハイゼンが蛍を見下ろした。
蛍が不思議な色だと以前言った、一対の瞳が見たことがない熱を宿している。

「俺のことを、君が特別だと思う男にして欲しい」

彼らしくない、伺いを立てる言葉だった。
自分の好きなことをして、探究心の赴くままに動く人で、他人からどう思われようと、自分がこうしたいと思ったことをやる人だったはず。
それが、今は蛍の意思を優先している。
見つめたまま固まる蛍に、アルハイゼンは「だが」と続けた。

「返事は求めていない。俺が君を恋慕っていると知ってくれたならいい」

そう言って家の中へ入ろうとするのを、蛍は思わず腕を掴んで引き止める。身長差があるので、捕まえられたのは手首ではあったが。

「返事がいらないなんて言わないで。私、ずっと……」

言葉がつっかえてそこで止まってしまった。
泣きたいわけではないのに涙が出る。
蛍だって知って欲しかった。
理由はわからないけれど、一緒にいて落ち着くと思うこと。
なんでもない時に、ふと、顔を思い浮かべてしまうこと。
彼に好意を告げられて嬉しかったこと。
それなのに、蛍がどう思っているかは関係ないと突き放されて傷ついていること。

「あなたに、アルハイゼンに、私を女の子として、好きになってほしかったのに……」

こぼれた涙を拭うための手は、上げることが出来なかった。
蛍よりもずっと逞しい腕に、強く、強く抱きしめられたからだ。

「私はいつか、あなたを置いてまた旅に出るから。こんなことダメなのに」
「一度訪れた場所にもう一度来てはいけないという規則はない。いつでも寄ればいい。俺も、会いたいと思った時に会いに行く」
「思ってくれるの、会いたいって?」
「そうだ。だから、君にも同じことを思って欲しい」

同じことを思うべきだ、と言い切りそうなのに。
意外なことだらけで蛍は笑ってしまう。
笑った拍子に蛍の目から涙が落ちて、アルハイゼンがそれを拭った。
突かれただけで折れそうな花を扱うような、優しい手つき。
蛍の頬がじわじわと赤くなっていった。
アルハイゼンが顔を傾ける。
蛍がギュッと目を閉じた後、唇が柔らかくふさがれる。
それは熱を持っていて、何度も何度も蛍の唇に触れていった。
もつれこむように扉の内側に入って、今度はさきほどよりも深く触れ合った。
家族ではない異性に抱きしめられたのも、口付けられたことも。
他の人の舌が自分の口の中に入ってくることもはじめてで。
急に心細くなった蛍はアルハイゼンを抱きしめ返す。そうしていないと、倒れてしまいそうだったからだ。
蛍がアルハイゼンの家から出たのは、翌日の昼間だった。

その後のことは何もかもが迅速だった。

アルハイゼンは蛍を連れて、スラサタンナ聖処を訪れた。
ナヒーダはニッコリ笑って快諾する。
それは、現在のスメールにおいては古い様式とされている。
草神の前で誓約をおこない、婚姻関係を成立させるというもの。
かつて彼の祖母が、草神を模した神像のもとで祖父としたものだとアルハイゼンが話した。

「ようやくと言ったところね。彼の健気さが報われて、わたくしも嬉しいわ」
「健気は違うんじゃないか?こいつ、一歩を踏み出す勇気が出なくてずーっとモジモジしてたんだぞ!」
「そうだな。君達には苦労をかけた。お詫びに食事でも奢ろう。好きなだけ食べるといい」
「まあそれくらい当然だよな。でも一応お礼は言っておくぞ。ありがとうな」

空中で地団駄を踏むパイモンは、蛍とアルハイゼンが一緒にいるのを見ても何も指摘しなかった。
蛍は3人のやり取りを眺めて、口を開いた。

「……パイモン、いつから?」
「ん?アルハイゼンが蛍にベタ惚れで骨抜きになったって話か?意地っ張りがちょっとややこしくしてただけだから気にするなよ」

パイモンは、アルハイゼンがこれまでどのようなことで悩んでいたのかを知っていた。
最初は「いつも自分のことを馬鹿にしてくる嫌な奴がへにょへにょになって面白い!」と思っていた。
アルハイゼンが蛍へ抱く想いを自分なりに整理しようとするあまり、頑なであったことで、パイモンの態度も徐々に変化していった。
精神的な波があるのは好ましくないと言っておきながら、蛍が他国の友人であるという男の話をすれば不機嫌になる。
以前なら蛍のことを遠慮なく担ぎ上げて運ぶこともあったのに、今では髪の毛先ですら触れられないと呟いたこともあった。
ずっとこんな調子だったから、どんな結果になったとしても、多少は協力してやろうという気持ちにもなるというもの。

「そんな素振りなかったよ」
「かっこ悪いところ見せたくなかったんだろ。ほんっとーに、じれったかった!」

……そんなことがあったのは、もう数ヶ月も前のこと。
パイモンは今日、ナヒーダがスメールの各町を訪れて国の様子を見ると言うので、それに付いて行っている。
蛍のお兄さん探しが旅の目的なんだから、なるべく早く蛍のこと返せよーと、アルハイゼンに伝えて出かけて行った。

ぎゅうと抱きしめられて、蛍の頭がアルハイゼンの胸にもたれかかる。
額にキスがひとつ。
別に、沈黙が苦というわけではないのだけど。好きな人に触れられるのは嬉しい。でも、同じくらい、恥ずかしい。
満足そうに微笑む男に、蛍は抱きつく。

……こんな人だと、思わなかった!


| |