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『娘とシティの朝』
ゼン蛍と少し成長した子供の話。
名前があるオリジナルキャラクターが出てきます。



灯りが点いていない部屋の扉が、そっと開いていく。
少しの隙間が出来て、小さな影がこっそりと部屋に入った。はー、と安堵のため息が聞こえてきて、慌てて口をふさいだ。
足音を立てないように慎重に、一歩ずつベッドに向かって進んでいく。
こんもりとした山に向かってジャンプして、ばふばふばふと力いっぱい叩いた。

「起きてっ、起きてっ、お父さま。朝ですよー!起きてくださいっ」
「……ああ、おはよう」

もぞもぞと山が動く。
不思議な虹彩の瞳が見えて、金色の目の女の子はニコニコした。
大きな手が伸びてきて、小さな銀色の頭を優しく撫でる。
母親そっくりの顔が、嬉しそうにほころんだ。

「今日も寝坊しなかったのか。えらいな」
「お母さまとパイモンも起こしてあげたの」
「そうか。君がいなかったら皆寝過ごしてしまうところだった。ありがとう」

ふんふんと機嫌のいい子供は知らない。
「お父さまより先に起きてお父さまを起こしてあげるの」と子供が言っていたから、寝ているフリをして待っていたということ。
アルハイゼンの腕の中で蛍と子供が寝ているのだから、よっぽど深い眠りでもなければ二人が起きた時にわかるということ。

「着替えをひとりでやる」と意気込んでいた声も、ひそひそ話でしていても聞こえていた。
やがて、朝食の香りがほんのり漂ってくる頃。
髪をきちんと結んで、服もきちんと整えた子供はねぼすけのアルハイゼンを起こしに来た。

満足感でほくほくとしている娘に、アルハイゼンの口元がゆるむ。
銀色の髪は巻毛でふわふわとしていて、金色の瞳は光を反射してキラキラしている。
手がかからないことで心配されていた赤ちゃんは、少し大きくなってからはお転婆になった。

喜怒哀楽がハッキリしているのはパイモンに似たんだね、という蛍の言葉をパイモンは否定出来ないでいる。
子供が初めて四つ這い歩きをした時も、初めてつかまり立ちをした時も、パイモンが一番最初に発見しては親達に知らせていた。テイワットの言葉を教えたのもパイモンだ。
パイモンにつられて、蛍とアルハイゼンも子供によく話しかけた。
子供がよく話し、一人前の言葉遣いが出来るのはそれもあるのかもしれない。

「ふーんふふ、ふふふふふふふーん…」

子供はとても機嫌がいい。
蛍が、今日は冒険者協会の仕事も何も入れていない。それは一日中一緒にいられるということだからだ。
ここ数日間の蛍は、三十人団に協力して魔物の討伐をおこなったりもしていたので、洞天もアルハイゼンの家も空けがちだった。

そういう経緯もあって、今日の蛍は子供を思いっきり甘やかしてあげたかった。
蛍が不在にしている間は、アルハイゼンが子供の世話をして。アルハイゼンも一緒にいられない時はパイモンが付きっきりになった。

「お母さまっ」
「アイシェ、起こしてきてくれてありがとう」

膝を絨毯に着けて座る蛍に、子供が抱きついた。蛍の首に腕を回して、頬に頬を擦り寄せている。
満足そうな笑い声が耳元で聞こえて、蛍も微笑んだ。

「どうしたの?」
「えへへ。お母さま、だいすき」
「私もあなたが大好きだよ」
「んふんふふ」

満足して、子供はぴょんと蛍から離れる。そしてまた鼻歌を始めた。
小さな頭をくしゃっと撫でてから、アルハイゼンは蛍に近寄る。
子供を産んだのに変わりがあまりない、美しい少女。自分の妻。

「おはよう、アルハイゼン」
「おはよう」

いまだにキスにも抱擁にも顔を赤らめるので、なおさら初心な少女に見える。
一度強く抱きしめると、待ちわびるように金色の瞳が伏せられた。
蛍のうなじに手を当てて、頭を支えてやりながら唇に吸い付く。唇同士をぴったりと重ねて、しばらく抱きしめていた。

「おーい。仲良しなのはいいけど、そろそろご飯にしようぜ。オイラとアイシェで全部食べちゃうぞ」
「なかよきことはうつくしきかなー」
「う、うん…」

アルハイゼンが蛍を深く愛していることをよく知っているので、パイモンはとくに気にしていない。
子供も父が母を溺愛しているのを当たり前だと思っているから、疑問に思うことがなかった。

蛍は恥ずかしそうにアルハイゼンから身を離している。こうやって恥じらう仕草も変わらない。

食事を済ませて、パイモンとアルハイゼンがその片付けをしてくれている間、蛍は子供を自分の前に座らせた。
よく動き回るので、櫛で梳かした髪が少しだけ乱れている。
子供のお気に入りの二つ結びの髪型。結った髪に結ぶリボンは、海のように鮮やかな青だ。
「ニィロウちゃんと同じかみの毛がいい」というお願いに応えて、ニィロウと同じ髪型にして、水元素を思わせる髪飾りを使っている。

街のシアターで初めて踊り子を見て、子供は彼女を「妖精さん」だと、蛍に教えてくれた。

「あのね…みんなには言っちゃダメなんだよ。妖精さんだってばれたら、妖精さんの国に帰らないといけないから…」
「んん?お母様に話していいの?」
「お母様はね、いいの。お母様も妖精さんだから。お父様がいつもお母様のこときれいって言ってるもん。きれいな女の子は妖精さんなの。ひみつなんだよ」

やくそく、と言って、小さな小指を差し出してきたので、指切りで約束をした。
ニィロウが秘密の妖精であることは蛍と子供だけの内緒の話だった。
さて、綺麗な女の子は妖精である、というのは最近読んだスメールの古い文学作品に出てくる話のはず。
難しい古典をアルハイゼンの膝の上で読み聞かせをしてもらい、内容を覚えていたことに蛍は感心した。
だから、その日のおやつはいつもより、数が一つ増えていた。

「はい。おんぶしてあげてね」
「はあい」

外出に忘れていけないのは、とあるぬいぐるみ。
黒くて長い耳を持つ動物のぬいぐるみは、どこかのレンジャー長によく似ていた。
子供の両肩に、ぬいぐるみの左右の手をそれぞれひっかける。
これを縫ったのはコレイで、そこにひと工夫加えたのがファルザン、更にドリーの提案によって世界で一つのぬいぐるみになった。

ぱたぱたと走る子供が、何もないところで躓いて転びそうになる。
パイモンが悲鳴を上げるのと同時に、ぬいぐるみの腕が音も立てずにニュッと伸びて、地面を押し返した。

「大丈夫か?ケガしてないか?」
「へいき」

猛禽類のようなスピードで飛んできたパイモンに、子供は平然とした表情で応える。
このぬいぐるみを貰う前は、転んではよく泣いていた。
好奇心旺盛で、行動力がある子供。生傷がいつの間にか増えるたびに、一番パイモンが泣きそうになっていた。

腕を前に出して受け止める準備をしていたアルハイゼンと、後ろから手を伸ばしていた蛍も、ほっと息を吐く。

「お父さま、抱っこしてください」

転びそうになっていたことをすぐに忘れて、子供が父の足に抱きついた。
アルハイゼンの口から出かかっていた小言は、キラキラと輝く瞳を前に引っ込みそうになる。
なんとか耐えて、子供を抱き上げる。

「走らなくてもお父様はいなくなったりしないから走らなくていい。怪我をしたら君が痛いし、皆心配する」
「はーい!」

子供は抱っこされたことが嬉しくて、ニコニコと返事をした。

今日は蛍もパイモンもアルハイゼンもいる一日だ。
明日の明日の明日もずっとこうだったらいいのにと、愛されるのが当たり前の子供は思った。


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