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『星の数より』
蛍ちゃんを大事にしたい者たちと愛されて育つ子供。

アイシェ:巻毛の銀髪の女の子。蛍と顔が似ている。名前の意味と、アルハイゼンと名前の響きが少し似ているのが蛍のお気に入り。



「わーっ!?うわああ!!蛍、なにやってるんだよぉ!?」
「えっ…」

食器を片付けようとしていただけなのに。

空気が抜けた風スライムのように素早く飛んで来て、パイモンが蛍の手からお盆を奪い取る。
動いちゃダメだろ!と言われて、素直に頷いた。
パイモンの顔色が真っ青だったから。

赤ちゃんが生まれてから二ヶ月が経過した。
その間、子供の世話と家事はアルハイゼンとパイモンが全ておこなっている。
二人は蛍がベッドから動くことを許さなかった。
蛍がするのは自分の生命維持に必要なことくらい。
赤ちゃんには、初乳以降はずっと調製粉乳を与えている。蛍が貧血気味であることと、眠気が強い日々が続いているからだ。

「今日もありがとう」
「いいんだよ。オイラがやりたくてやってるんだからさ」

白くてふわふわな妖精を、胸にぎゅっと抱きしめる。
楽しげな笑い声と共に抱きしめ返された。
パイモンはそのまま、蛍のお腹や腰を優しく撫でてくる。そこには労りと慈しみの心がこもっていた。
蛍とパイモンは、体の大きさだけを見れば蛍がパイモンの保護者だと思われがちだ。でも実際は、パイモンの方が蛍の保護者の立場に近かったりする。

蛍とパイモンがじゃれあっていると、部屋の中にアルハイゼンが入ってきた。
腕の中には、おくるみに包まれた赤ちゃんがいる。
抱っこに慣れている人の腕の中で、赤ちゃんはすやすやと眠っていた。
赤ちゃんは泣くことと寝ることが仕事というが、彼女は気がつくとよく寝ている。

「……起きてる時はずっとご機嫌だよね。全然泣かないから、何か我慢していたりしないかな?」
「心配しなくていい。不快に感じることがあると嫌がっていた」
「ふふ。アルハイゼンは私のこともこの子のことも詳しいね。あなたも、今日もありがとう」

アルハイゼンは、蛍には出産後の身体の回復だけに努めて欲しいと考えていた。それは本人にも言葉にして伝えている。
子供の世話をしたい気持ちや責任感については理解出来るが、母子の安静より優先されるものではない。

「俺がやりたいからやっていることだ。それに、君達の命が危ぶまれる時に俺は何も出来なかった」
「そんな…そんなことないのに」

蛍の身体を気遣いながらも、強く、強く抱きしめられる。
背中に回ってきた腕に隙間なく引き寄せられて、アルハイゼンの手が震えていることに気が付いた。

スメールにおいても、産褥による死亡数を一桁にすることは出来ていない。六大学派の一つが医学を専門分野に含んでいるとしても、だ。
出来うる万全の準備をしていたとはいえ、蛍も子供もアルハイゼンのそばにいなかった未来だってあり得たのだ。
蛍と子供をゆっくりさせたいという想いもあるが、その恐怖がまだ消えていない。

「男の人は子供が産めないんだから、自分を責めないで。それにね、あなたがパイモンと一緒に私たちのことを待ってくれているって思ったから頑張れたんだよ」

慰め半分、事実半分。アルハイゼンにはきっと伝わっているはず。
たくましい腕に触れると、強張りがだんだんなくなっていった。
一度、二度と、抱きしめる力を入れられる。
顔が見られる距離を空けられて、表情に翳りがないのがわかって、蛍は安心した。
翡翠の瞳が細められて、ゆっくり顔を近づけてくる。アルハイゼンが鼻先を擦り合わせてきた。
重ね合わさる唇の温度と、柔らかさが心地良い。
蛍の舌をたっぷりと吸って、アルハイゼンは顔を離した。

「蛍、あんまり心配しなくていいぞ。アルハイゼンは蛍のことをゆっくりさせたいし、赤ちゃんにも構いたいんだよ。なー?」

パイモンの声に、蛍が体を素早く後退させる。寝台の上なので、上体が傾いただけではあったが。
蛍の頬は赤らんでいて、人前での行為を恥じらっていた。

アルハイゼンの片腕にすっぽりと収まっている赤ちゃんは、目をぱっちりと開けている。
手遊びをすると、きゃ、きゃ、と泡が弾けるような笑い声が聞こえてきた。

「そっか。そうなんだ。お父さんとパイモンがいてくれて楽しいね。よかったね、アイシェ」
「よく笑っている。この子が一番好きなのはきっと君だな」
「ふふ。私たちみんなのことが大好きなんだよ」

蛍の指が赤ちゃんの頬に触れると、赤ちゃんがニコニコと笑った。

「みんなもあなたのことが大好きなんだよ」

これは、蛍が後で教えてもらったこと。
蛍の懐妊がわかった次の日からのことだった。

「子供が出来たから妻のそばになるべくいてやりたい。そのため、退勤時間を繰り上げる日を徐々に増やしていく予定だ」

沈黙の殿にいる従業員は、書記官様から妻の話を聞く回数が多い。
前に持っていたものとはまた違う、可愛いネコ柄の弁当箱に目を剥いて固まっていた時に「これは妻が持たせてくれたものだ」と、質問をする前に話をされた。
昼食の時間となり席を立つ前、「休憩時間に俺を呼び出すことはなかったから敢えて言うまでもないが…妻と会うから用事は午後からにしてくれ」と言われたこともあった。

そんな風に、アルハイゼンが妻を溺愛していることをよく知っている者であっても、一瞬反応が遅れてしまった。
書記官様は男性なので子供を身籠ることはない。よって、奥様がそうである。
それは男女の身体機能として当たり前のことだった。
だが、アルハイゼンが端的に結論と方針を伝えてきたため、伝えられた側は改めて思考してしまった。
賢者の補佐をしている教令官も、同じ話をされた後、同じように一拍遅れてからお祝いの言葉を言ったという。

困惑と祝辞を送られながら、アルハイゼンは妻の懐妊を周囲に話していた。

若造が気に食わないと言って憚らない学者も、「そ、そうか、おめでとう…」と思わず言ってしまうほど浮かれていたらしい。
学者がアルハイゼンに対する否定意見を一通り述べた後、「妻に子供が出来た。以後よろしく」とだけ返したところを多くの学生と学者達が見かけている。
……というのが、アルハイゼンの場合の話。

若夫婦のお知らせを聞いた人達の中でも、我らが草神様の喜びと言ったら。まるで孫が出来たかのような反応だった。

稲妻にある、子供の健やかな成長を祝う祭について調査を命じることから始まり。個人の家でやるようなお祝いまで調べさせる力の入れようであった。
そして、スメールにある同じような習慣を元にして、国全体の学術的祭典として整えた。

「これまではわたくしが小さくなってしまったことが悲しいこととして捉えられていたわ。そのイメージを変えるためにいいと思うの」

それに、教令院には子どもの学生もいるでしょう?と草神様は微笑んだ。
年齢が若いせいで軽視されてしまう彼らに、あなたたちもまた誉ある教令院の一員であると改めて伝えることで、帰属意識を高めることにも繋がる。
そんな狙いもきちんとあるのよと言われ、神への畏怖を感じた賢者達も頷くしかなかった。

その「子供のお祭り」は、案を取りまとめて一年後におこなうと宣言された。
日にちまでは決められていない。
一部の人間達からすれば、アルハイゼンと蛍の子供の誕生日をその日にしたいというのが丸わかりであった。

「こんなに愛らしい子を前にして、心を蕩かされない生き物は存在しないと思うわ」

赤ちゃんを前にすると、いつもの比喩表現はどこかへ旅に出たようで。
言葉と表情に、好意が率直に現れている。
夫婦と子供が揃ってスラサタンナ聖処へ挨拶に行った後、シティには祝福の白い花がしばらく咲き続けた。

草神様は蛍をねぎらい、子供に不躾に触ることなく、自分が洞天を訪れる時は短時間で帰っていく。
長時間の滞在が、蛍の体の負担にならないように。子供に不用意に触れて風邪を引かせたりしないようにと配慮して。

神と言えば、稲妻から将軍名義で人形セット一式が送られてきたのは驚いた。
その頃は子供の性別がわからなかったため、男の子用と女の子用それぞれを社奉行お抱えの職人に作らせたと聞いている。

他の人の様子も思い出しながら、蛍は子供を抱き上げた。
そうっと髪を撫でると、目が合った。ゆらゆらと揺らすと喜んで、また笑い声が弾けた。
可愛くて、可愛くて。こんなに可愛いから、誰もが愛さずにはいられないのかもしれない。

いつか、この子に伝えたいことがたくさんある。
みんな、あなたが生まれるのを心待ちにしていたということを。
夜空に浮かぶ星の数よりも、多くの「おめでとう」をもらって生まれてきたということを。


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