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白い、小さなかけらが風に運ばれてくる。
頭の上に少しだけ積もったものを指でつまむと、それが白い花びらだとわかった。

「これがスメールの雪。学名はスメールジンチョウゲだね」
「種から生えるのか球根から生えるのかがわからないのは、草神様の声に応えて咲く花だから……でしたよね、師匠」
「そう。ひとりでに芽吹き、スメールシティにしか咲かないうえに、もう長い間観測されていなかった。今日僕達が重たい鞄を持つことになったのもこの花をついでに採取出来るからだ」

植物図鑑の文をきちんと覚えていたことに安心して、コレイがホッと息を吐く。
白い花びらと一緒に花が丸ごと一つ落ちてきたので、慌てて鞄を足元に置くと、ぱちんと手のひらで挟んだ。

ティナリも耳に触れた花びらをつまみ、鞄を開ける。
目当ての小さなガラス瓶の蓋を開け、花びらをそこに落とした。

二人のすぐ後ろを子供達が走っていく。

ぶつかられないように鞄を引き寄せて、手早く瓶を片付ける。
ティナリが花びらを本に挟んでいる間、コレイはシティの大門がある方向に視線を向けた。

今日、街の入り口に繋がるこの一本道は、たくさんの出店と人々で賑わっている。
よく見れば端の方には、鮮やかな布地のテントが複数、規則正しく並んでいた。

「食べ物のお店だけじゃなくて、臨時の移動図書館…?みたいな物もある…」
「今日は昼飯時前まで、スメール人以外はシティから締め出される。あのテントは留学生や、ここに支店を出している商人とか、外国人が過ごすためのものだよ」

草神に言祝がれる婚礼だから草神婚礼、という名前のそれは、古い伝統だ。
スメール人にとっては草神との面会の機会でもあるため、参列者はスメール人に限ると定められていた。
当然、花嫁か花婿のどちらかがスメール人でなければ許可が降りない。

ドン、と大きな破裂音が響く。
午前の青い空に、誰かが花火を打ち上げているようだ。
一本道を行ったり来たりする人々の中には、目立つ服を着た何人かの人間達もいる。
ジンニーを従えた小柄な商人と、部下の男女。
彼らは手に抱えたチラシを配り歩いていた。

「ズバイルシアターの特別公演『シャハリヤールの物語』は午後からおこなわれます!昼休憩の後はグランドバザールまでおいでください!」

人混みに若干の気後れを感じながら、コレイが不思議そうに口を開く。

「なんかすごく、盛り上がってるような?今日は身内だけでやるって聞いてたはずなのに」
「ああ……。草神様は友人のおめでたい日に政治的なものを持ち込みたくなかったそうなんだけどね…」

スラサタンナ聖処に入るのは新郎新婦とその関係者だけ。
クラクサナリデビを救い出した面々と知人達だけでおこなう予定だった。

まず、クラクサナリデビが復権後初めて主宰する儀礼であることが目を付けられた。

教令院はかねてより、アザールの件で失墜した教令院の名誉を回復したいという想いがあった。
そんな時に、代理賢者と金髪の旅人の慶事である。
草神様が関わっているのだからスメールの公式行事として解釈できると、一部の者達が主張した。

ちょうどこの頃、アザールと共謀した者達の調査もほぼ終わっており、教令院の関係者が大規模な密輸と脱税に関わったことも判明していた。
オルモス港を二つ作っても余るほどの金銭は、はじめは教令院の経費として処置されるはずだった。
だが、逮捕と事実確認の為に連日駆り出されたマハマトラ達から強い反対を受けた。
罪もない市民から金銭を巻き上げ、私腹を肥やす役人。擁護不可能な悪行である。
市民達から不当に巻き上げられた金銭は、市民達に還されるべきだ、と。

最終的に、スメール全てのあらゆる借財を、このお金をもってして債務者の代わりに返済するという決定が下された。
また、決まり事によって街から追い出される外国人が快適に過ごせるよう、各種設備を整えるための資金にも充てられた。

「さて、授業はここで終わり。式が終わったらグランドバザールに行こうか。スメールの雪が積もるシティを見て回るのもいいね。コレイはどうしたい?」
「今日は一日予定を空けているから、全部がいいなぁ…なんて」
「そうしよう。明日もゆっくり出発するつもりだし、のんびり見て回ろう」

日陰になっているテーブルでは、老婦人と若い少女が、今はもう古くなった物語について楽しげに話している。
とくに少女の方は、その物語が大好きだったから、シティの踊り子の公演が待ちきれないようだった。
お若いのによくご存知ね、私もおばあさんから教えてもらったのよと言われ、少女は慌てて十代らしい言葉遣いで返事をした。

酒場の屋外席では、男達が大きな皿に酒を注いでいる。飲み比べが白熱して、杯だけでは足りなくなったらしい。
人だかりの中心には、借金をもう気にしなくて済む男が上機嫌で鼻歌を歌っている。チカチカ光る工具箱が心配そうにしているが、酔っているから気が付かない。

商店の前には砂漠からやってきた者達が、日用品から軽食まで、たくさんの種類があるものの中から気に入ったものを買っていた。
二人の女性は、この日だけ限定と銘打たれた化粧品を前にして、相手に似合う口紅を選び合っている。
そこに顔色の悪い少女と、緑の学生服を着た少女達が通りかかって、歩きながら飲み食い出来るものを買っていった。

隻眼のエルマイト旅団は、学者の老人が小さな少年の「あれはなに?」に答えるのを見守っていた。

カフェのテーブルでカードゲームに興じているのは、仕事がようやく落ち着いたマハマトラ達。
動物の特徴をよく表現した被り物は今はなく、銀色の髪が風で少しだけ揺れている。
対戦相手がひし形のコマを転がし、彼はその結果に勝利を確信して、ゆっくりと口角を上げた。

そして、定刻がやってきて。

午前のスラサタンナ聖処では、花嫁と花婿が仲間達に迎えられた。
滅ぶことのない神が微笑むと、みずみずしい緑がどこからともなく生えてきて、瞬く間に白く満開になる。

「輝ける森の王にして朝露と月の中に咲く蓮華、草木の主マハークサナリの名のもとに、二人を祝福します」

聖樹の枝の間を抜けて、風が吹いてくる。
暖かな雨林に降るのは溶けない雪。
巻き上げられた白い花びらが、風が止んだ後に落ちて行き、また風と共に舞い上がる。
まるで、永遠を歌い上げるように。


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