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蛍の心が変わっても、日常はとくに変わらない。

気持ちを伝えようとは思わなかった。
蛍は世界を渡る旅人だから、最初から結末が別離だとわかりきっている。
それに、アルハイゼンが蛍のことを好きになる、というところが想像できなかった。
異性としての好意を向けていると知られたら、面倒だと思われて蛍を厭うかもしれない。

それに、蛍はアルハイゼンが蛍のことを異性として見ていないことに安心していたのだから、このままの方がずっといい。
蛍が想いを告げるだとか、蛍の方から何かしない限りは恋を楽しんでいられる。

「ち、近いね」
「俺はそうは思わないが」

地図に書き込まれている細かい字をよく見ようとしたのか、アルハイゼンが蛍へ身を寄せてきた。

テイワットを旅している間、蛍は地図にたくさん書き込みをしていた。
パイモンと話して、果物や水場があるところをマークしたり、魔物が発生しやすい場所は目立つように赤い目印を書き込んだり、地図には蛍とパイモンの旅の記録が詰まっている。

その地図を見せながらスメール以外の国の遺跡を説明していた時だった。

思わず距離の近さを確認してしまう。
アルハイゼンは平然としているので、蛍の気にしすぎだったようだ。
いちいち反応する方がおかしいのかもしれない。
でも、気にしないようにするのは難しい。
アルハイゼンと違って、蛍はアルハイゼンのことを異性として好きなのだから。

おかしな態度をしていないだろうか。
顔は変になっていないだろうか。

アルハイゼンから一歩分さりげなく離れながら、不自然にならないように地図をたたんでいく。
今日はニィロウに会う予定があるから、ここで切り上げるのは何もおかしくない。
もしかしたら一日中手伝ってもらうかも…と言っていたので、それなら少しでも早く合流した方が向こうも助かるはず。

ニィロウが冒険者協会を通じて蛍に持ちかけた話はこうだ。
次の公演に使う衣装や楽曲が物語や歴史資料によってはバラバラな表現がされており、教令院の審査を一度は通過したが「より知恵を備えた演目にするように」と指摘があった。
教令院の学者からの助言を得て、なるべく正確に再現することになったので、蛍にも協力して欲しいとのこと。

クラクサナリデビがスメールにおいての実権を取り戻したとはいえ、もともとあった決まり事を全て撤廃というわけにはいかず、そのあおりを「芸術」も受けているようだった。

「振り返ってみて」
「うん」

フワッと浮いた裾は、生地がたっぷりとしているが軽く、見た目も重さを感じさせない。
詰襟の、真珠とレースをふんだんにあしらった白い衣装。
スメールの古い伝統、「草神婚礼」で使われていたと言われる花嫁衣装だ。

「お話の中では刺繍の模様が花なんだけど、教令院にある民俗学の記録では植物のツルの模様だったって書かれているみたいなの。私は花嫁さんが気に入ってるデザインでいいと思うんだけどね…」

ズバイルシアターの仲間たちが舞台で着る衣装は、ほとんどが彼らのお手製というのは花神誕祭の時にも聞いた話。
ニィロウも自分の衣装を自分で作っていた最中で、人に着付けながら作業をした方がイメージが湧くということで蛍が呼ばれた。

四角いテントの中にはニィロウの他にも何人かの女性がいて、それぞれ紙に何かを書いていたり、鮮やかな色の布を外から運んできたり、マネキン人形に衣装を着せたりと、せわしない。
彼女達にてきぱきと指示をする間も、ニィロウは手を止めずに、迷いない手つきでレースを縫い付けた。

「でもね、ベールの形はどれも一緒なの。花嫁さんの顔がクラクサナリデビ様に見えるように、こんな形をしているんだって」
「それって何か理由があるのか?」
「クラクサナリデビ様に自分の娘の顔を覚えてもらって、賢者達が社会的地位を盤石にするため…らしいけど、ハッキリしたことはわからないらしいよ」

台本のセリフを読み上げるような返答に、パイモンがううんと考え込む。

衣装の図案、刺繍の模様についての考察などが書かれた資料は簡素に綴じられていて、教令院の監査が通ったことを示す印が押されている。
その手書きの文字と、ニィロウ達の次の公演のタイトルは見覚えのあるものだった。
パイモンに向いていると言われた本。パイモンが蛍と別行動をして一人だった時に、アルハイゼンが渡してきたもの。

チラリとマネキン人形を見る。
前側の裾が短い。舞を踊る人が着ることを想定しているような形だ。
蛍が着ているものも同じデザインだが、裾が長い。
資料に記載されている、絵の花嫁と同じ服だった。

「ニィロウ、アドバイスしてくれた教令院の学者って…」
「アルハイゼンさんだよ。芸術禁止令もなくしてくれたし、私たちみんなあの人のお世話になりっぱなし」

ニィロウがパイモンにそう言ったのを聞いて、蛍の顔がぱっと華やいだ。
アルハイゼンがニィロウの助けとなったことが、嬉しいらしい。
花が咲いたようなという表現が似合う笑顔だった。

「そうだったんだ。やっぱり、アルハイゼンって猫みたいだよね。知り合いに付かず離れすぎずってところが」
「猫ちゃん?蛍にはそんなに可愛く見えているんだね」
「うん。巻毛で可愛いと思う」

蛍がニコニコするので、ニィロウも微笑んだ。
一般的に可愛くない人を可愛いと思い、可愛いと言うのは好意があるからに他ならない。

顔が見えるベールは、このためなのかも…とニィロウは思った。
好きな人を思い浮かべて幸せそうな、この表情が隠れないようにするために。

「花婿さんにも見てもらいたいけど、本番までのお楽しみの方がいいよね」

公演に使う楽曲は、楽譜が残っておらず一から新しく作っている。
テントの外で紙の資料を見比べながらウンウン唸っている男性達を想像して、蛍がくすくすと笑った。

違う、そっちじゃないと言いかけて、パイモンはなんとか言葉を飲み込んだ。


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