キミのせい
トウヤの朝は早い。
毎朝5時ピッタリに鳴る自己主張の激しい目覚まし時計を恨みがましい顔で叩き止め、睡魔と闘いながらもそもそと起きる。顔を洗って頭を少しスッキリさせると今度はジャージに着替え、軽く走り込む。この時間帯は人々の喧騒が耳を煩わす事もなく、やや冷ややかとさえ言って良い空気が動かし火照った身体には気持ちいい。
家に戻るとしっかり者で息子思いな母親によって朝食が用意されていて、それを黙々と食べた後は制服に着替え、朝練に向かう準備をする。
……と、ここまでは全ていつも通り。
いつも通りではなかったのは、携帯の着信に気付いた事。
受信メールを確認し――瞬間鼓動が跳ねた。メールの差出人はN・ハルモニア。
トウヤはやや気恥ずかしい気分になりながらもそのメールを開こうとし――
件名:おはようボクの宝物
携帯を握り潰したくなる衝動に、必死で耐えた。
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結局その日の朝練は苛々して集中どころではなく、チェレンには真面目にやれと怒られるは顧問には説教されるはで散々だった。
(……最悪)
昼休み、重い足取りで屋上に向かう。Nのあのふざけた件名のメールには、ふざけた件名とは裏腹に"昼休み一緒に食べたいから屋上に来て"とだけ簡潔に書かれていた。その落差に、ますます何とも言えない気分になる。
Nがこの手のメールを送ってくるのは何もこれが初めてではない。
それまではいっそ素っ気ないとさえ言える様な用件だけのメールを送ってきていたのが、ある日を境に激変したのだ。
ちなみに昨日は、本文に『黄金比よりもキミを愛してる』。一昨日は、『トウヤと目が合うと胸がドキドキして動けなくなるんだ……ひょっとして、キミはアミメニシキヘビ!?』だった。何だよアミメニシキヘビって。思わずググっちまったじゃねーかよ。
毎回その調子ならばまだ心構えのしようがあるが、簡潔なメールの中にさりげなく織り交ぜてくる辺りが本当にタチが悪い。
長い階段を上りようやく辿り着いた屋上の扉を、トウヤは苛立たしげに蹴り開けた。
「やあ、トウヤ」
「"やあ"じゃねーよ!何なんですかアンタ毎日毎日この鳥肌立ちそうなメールの嵐は!」
トウヤの携帯をNのその虚ろな目の前に突き付けると、先程まで呑気にパンを囓っていたその男はキョトンと小首を傾げてみせた。180p近い、いい歳した男の割にその仕草は妙にハマっていたが、今この状況でやられると相当腹立たしい。
「何って…素直なボクの思いだけど」
「何でアンタの素直な思いの表現の仕方はいちいちキモ…―いやイラッとするんだよ。嫌がらせですか?」
「嫌がらせだなんて、そんな……!」
トウヤの言葉が余程衝撃だったのだろう、Nは目を丸くし持っていたパンを手から落とした。うわ勿体ない。
「ボクはただ…いつもキミが怒っているから、何か喜んでもらえる事がしたくて。だから……」
そこまで言って、Nは言葉を切り悲しそうに顔を俯ける。いつもは見上げるNの頭が今日は下にあり、トウヤは妙な気分でNのつむじを見下ろした。
「だから…!キミにこのボクの全身から溢れるトウヤへのラブ!を伝えようとして…ーー」
「いらん」
「…………」
「…………」
「ほら、俺のお弁当あげるからいい加減泣き止んでください。タコさんウインナーです」
「…………うん」
今日もまた、俺より2つも年上の、まるで子供のような先輩を慰める。そこには憧れていた年上の恋人ロマンなど、欠片も無くて。
(ほんっと、面倒臭い人だよなぁ…)
その面倒臭い所まで可愛いなんて思う俺は、相当末期かもしれない。
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