毎朝かけぶとんの上から蹴られる乱暴な起こされ方も、まず最初に目に入る無愛想な顔も、ろくに準備も出来ないまま引きずり出される朝の慌ただしさも、いい加減もうなれた。

 もう少し優しく起こしてくれないかというボクの懇願に、かれはこれが世間一般の常識的な起こし方だと答えた。
 なるほど、自分が考えていたよりも、外の世界とはずっと厳しいものだったらしい。外は危険だというゲーチスの言葉も、あながち間違いではなかったのかも。ボクがそういうと、かれは酷く奇妙な顔をした。




 約半年ほど前。トウヤに会ってからのボクの思いの丈を語り、最後に別れの言葉を告げたボクを、かれは後ろ髪をつかみ無理矢理引き止めた。のみならず、さらにかれの家まで半強制的に連れていかれた。
 理由を問うたボクに、かれは「常識のないお前を一人でほっとくと、またなにやらかすかわからないから」と答えた。お前が世間一般の常識を身につけるまでは、俺が見張っといてやる、と。
 その日以来、トウヤはボクの意向も問わず、ボクを各地へ引きずりまわしている。








"Hello Goodbye"







(ボクとキミは、あまりに違う。)



 甲板に一歩足を踏み入れ、眼前に広がるスカイアローブリッジに思わず息を呑んだ。
 風の運ぶ潮のかおりと波の振動を感じながら、ぼんやりと夕焼けと夜空の境界線を眺める。今日もまた何もいわず、ボクの意思も問わぬままロイヤルイッシュ号まで引きずってきたトウヤはといえば、外の景色にも目もくれずに"展望フロアは元手をとれないから嫌いだ"、などとブツブツ言っている。つくづく、かれは損な性分をしていると思う。
 魅入られたように、身をのりだし展望フロアからの景色に見入るボクに、暫くするとトウヤも黙って壁に頭をあずけた。海の音は、すきだ。昔トモダチがくれた、貝殻の中のさざ波の音を思い出すから。
 やがて太陽が沈みきり、船は旋回し始める。ボクも乗り出していた体を甲板に落ち着け、トウヤの方に向き直った。かれは、無表情のまま星空を見上げていた。なにを考えているのだろう。まだ船内に戻りたいのかな。窺うように見ていると、視線に気づいたトウヤがまず鬱陶しそうな表情を浮かべ、そしてなにげない様子で尋ねてくる。
「……お前さ、」
「ん?」
「なんでさっき、無一文だったの?前回旅したときは、けっこう金残ってたよな」
 どうやら、かれは今日ボク達が乗船したときのやり取りを、思い返していたらしかった。
「ああ。……それが、ヒウンシティの入り口で、黒いサングラスをかけた人達が恵まれないポケモンのための募金とやらをしていてね。全財産寄付してしまったんだ。―――…ごめんね、ボクが船に乗るのにお金が必要だと知らなくて。キミに、チケット代を払ってもらってしまった」
「いいよ、気にしなくて。お前の恵まれない頭にたいする募金だから」
「……………………ありがとう?」
 なぜだろう。親切にされたはずなのに、どこか胸がモヤモヤ……いやムカムカ?するのは。
 ボクが複雑な内心を自己分析していると、つまらなそうに海を眺めていたトウヤが、またボクに尋ねた。
「てかお前、船に乗るのも初めてなの?」
「うん。トウヤは?」
「俺は、何回も乗ってる」
 本当に飽き飽きした様子で、帽子の鍔をいじりながらトウヤはそう言った。


 ボクにとって新鮮なものを、キミは見飽きたつまらないものだという。



「でも……、」
「うん?」
「何回乗ってもよくわかんねーな。なんでこんな鉄のカタマリが水に浮くのか」
「それは、アルキメデスの原理だよ。船は一見鉄の塊に見えて中は空洞だからね。水中で物体が受ける浮力は、その物体と同体積の水の重さに相当する。そして、物体の重さよりも浮力が大きければ―――…」
 この計算しつくされたフォルム、トリム、そしてエネルギー効率……本当に、素晴らしい。幼い頃に本で読んだ理論を、そのまま口頭で説明する。
 なるべくかみ砕いて説明したつもりだったのだが、トウヤは苦虫を噛み潰したような顔で首をひねるばかりだった。
「まったくわからん」
「可哀相に」
「……………」
 こんなステキなことが、解らないだなんて。胸のうちに沸いた同情をそのまま口にすると、何故か無言のまま背中を蹴られてしまった。


 ボクにはわからないことがキミには簡単にわかるのに、ボクには簡単にわかることがキミにはちっともわからない。



 どうやら、そうとう怒らせてしまったらしい。不機嫌そうにそっぽを向いたまま、トウヤはボクに尋ねる。
「………そのようすだと、船、気にいったわけ?」
「そうだね、知識としては知っていたのだけど……実際乗ってみると、やっぱり面白いものだね」
 連れてきてくれてありがとう。そう告げて笑うと、トウヤはいちどチラリとこちらに視線をやって、すぐにまた顔をそむけた。
「ふぅん」
「キミも、好きかい?」
「いや……どっちかっていうと、嫌いだ。潮の香りが気持ち悪いし、揺れに酔うし。なんでみんな金払ってまで乗りたがるのかわかんね」
 そらをとぶでいいのに、とトウヤは続けた。では何故、かれはわざわざボクをこの船まで連れてきたのだろう。


 ボクがすきだというモノを、キミは嫌いだという。







 客船から降りると、ボク達はヒウンストリートの方へ向かった。相変わらずここではまるで、自分には他人の半分しか時間を与えられてないとでもいうような足取りで、人々がせわしなく行き交う。このすさまじい人混みには、まだ当分なれそうにない。
 向かい側から押し寄せる人に避けきれずぶつかって謝り、5メートルも進まないうちに、また別の人間と肩をぶつける。
「あっ、いたっ、すみませ―――…うあ、いたっ」
「どんくさ……」
「おかしいな、ボクは人の流れを計算しながら動いて…―――いたいっ」
「なんでせっかく避けてもらってんのに、わざわざぶつかりに行くの?」
 呆れたようにつぶやいて、トウヤはボクの手をとった。そのまま何もいわず、かれは足早に雑踏を掻き分けてゆく。
「――――トウヤ?」
「………お前がいたいのは、べつにいいけどさ。野放しにすると他人が迷惑だから」
 ボクに、というよりは、むしろ自分自身に言い訳するように、かれはいう。いつものボクみたいな早口で。そんなにまくしたてなくたって、べつに誰もキミのことを笑ったりしやしないのに。
 前を歩く小さな背に、礼をいうべきだろうか。迷い、そしてふと昔のことを思い出した。
 あれは、たしか城を出たばかりの頃だっただろうか。
「…―――なつかしいな」
「あ?」
「以前にも、今のキミみたいに……このひとごみ慣れないボクを見かねて、助けてくれようとしたトモダチがいてね」
「……俺は、べつにお前のためじゃないぞ」
「そういうことにしておいてあげるよ。それで―――」
「おい、」
「そのトモダチというのが、ゾロアだったんだけれどね。かれ、人間に変化して今のキミみたいにボクの手を引こうとしてくれたみたいで」
「……………」
 立ち止まり、ムスッとした顔で手をふり払おうとしたトウヤの手を、すかさず強い力で引き留める。急に立ち止まったボクらを、通行人が迷惑そうなようすで避けていった。
「だけど……小さい頃からボクといっしょに城にいたゾロア自身も、人の波には慣れていなかったんだよ。当然、ボクのことを笑えない状態になってね。しかもゾロアが変化した姿というのがプラズマ団の団員だったものだから―――街が、ちょっとしたパニックになってしまったんだ」
「すげぇイイ話でも始まるのかと思ったら、酷い話だな……」
「そうかな?」
「ああ」
 でも、なつかしくて。そう告げると、トウヤはすっかり呆れたようすで溜息をつき、だが結局ボクの手は放さないままで歩みを再開した。先程と同じ、チラリともこちらを見ようとしない態度で。けれど先程と違い、今度はすこしだけゆっくりとした足取りで。
 どうしてだろう。頭ひとつも背の低いトウヤに手をひかれ歩いて、ボクは今これ以上ないぐらい安心している。ボクはこの時になって初めて、今この煌びやかなネオンの中をただせわしなく歩いているように見える人々が、その実、なんの気負いもなく他人に道をゆずり、気を配って生きていることに気づいた。
 ボクの数式に足りなかった要素。それは、他人の意思。


 すれ違う通行人は、時折チラリとこちらに視線を投げかける。反応は、様々だ。それはあるいは怪訝そうな表情であったり、あるいはほほえましいモノでも見たかのような、細めた瞳であったりする。
 高層ビルの群れを通り抜け、ようやくセントラルエリアに差しかかった頃、トウヤがポツリと口を開いた。
「なぁ、お前はさ―――…」
「なに?」
「……お前は、ポケモンのことは、大好きだけどさ。人間のことはやっぱ嫌いなわけ」
「それは……、」
 それは、今のボクにとって、酷く難しい問いだった。
 おっくうそうに、トウヤが空いている右手でカバンからモンスターボールを取り出す。
「どう、なのかな……。トモダチを傷つけた人間のことは、未だに許すことは出来ないけど。……だけど、白と黒。それだけで世界が構成されてはいないように、人にも無数の要素があって。ボクはまだ、それを何も知らなくて。………どうでもよかったんだ。ポケモンのこと以外、興味がなくて。何も知らなかったし、知ろうとも思わなかった。だけど、今は―――…うん。本当に、難しい質問だね」
「……………」
「ああ、でも、少なくともキミのことは好きだ」
「…………あっそ。俺は、お前のこと嫌いだけどな」
「そうなの?」
「…………そうだよ」
 相変わらず、かれはボクの目を見ようとしない。
 ふれている手のひらがいやに熱をもった気がして、ボクはひそかにかれが風邪を引いてるのではないかと疑った。


 ボクがキミをすきだというと、キミは不機嫌そうにボクを嫌いだという。







 ボールから出されたトウヤのポケモン達が、広場でのびのびと駆け回っている。
 繋がれた手はとっくに離れていた。そろそろ、秋も暮れだからだろうか。右手が妙に寒々しい。
 噴水の前では、3人のダンサーに合わせてずいぶんと楽しそうにドレディアとマラカッチが踊っている。ダンサーが何事か叫ぶと、ドレディアがそれに応えてターンした。ダンサーの言っている言葉の意味など、彼女達には到底わからないはずなのに。それでもかれらには意思の疎通が可能なのだ。
 帽子を、すこし目深に被りなおす。ジャローダは満足そうに街灯の下でとぐろをまいており、ヒヒダルマとオタマロは楽しそうに追いかけっこをしていた。なぜかオタマロは"助けて!助けて!"と叫んでいるが、ヒヒダルマの方はじゃれてるだけのつもりらしいので大丈夫だろう。スワンナも、気持ちよさそうに噴水で遊んでいる。
 そのどのポケモンにも、"生きているんだ!"と全身から伝わってくるような生の躍動、そして生きることになんの惑いも屈託もない明るさがあった。それは、あの閉鎖された小さな部屋で、ついにボクがトモダチに与えられなかったものだ。
 ボクのやろうとしたことは、やはりすべてが間違いだったのだろうか。最近、何か新しいことを見るにつけ、ふとそう思う。チャンピオンはああいったけれど、ボクにはまだわからない。ボクの貫こうとした信念によって、ほんのすこしでも救われたトモダチの想いはあったのだろうか。
 それは、今のボクにはどんな数式よりも途方もなく難しくて。
 だけどこのままトウヤといっしょに世界を見ていれば、ほんの少しだけ、見つけられそうにも思えるんだ。ボクだけの、答えを。おかしいかな。


 遊ぶのに疲れたポケモン達が、ベンチでカバンの中の整理をしていたトウヤの周りにあつまる。トウヤ自身は静かな人間にも関わらず、トウヤの周りにはいつも"声"があふれている。それは、ポケモンに限らず人間もそうだ。
 体を預けていた街路灯から離れ、ボクもその輪に近づく。
「―――…ほんとうに、キミのトモダチは、キミのことが好きなんだね」
「はぁ?」
「キミのことが"大好き"だと、"ずっといっしょにいたい"と言っていた」
「ああ。…………俺も、コイツらはすきだよ」
 思いがけないほどの柔らかさで、トウヤは優しく笑った。ボクにはけっして向けられない、無表情の中に目だけが優しく細められた表情。そのめったにない笑顔で、トウヤはポケモンを見ている。
 気づいたら、ボクは小さなつぶやきを唇から漏らしていた。
「……ボクのことは、嫌いだけど?」
「ん?」
「…………」
「………ああ、そうだな。お前は嫌いだけど、ポケモンのことは好きだ」
 こちらに視線を向けないまま、トウヤは答えた。
「…………そう」
 なぜか胸がにぶく疼き、うつむく。原因不明の胸の苦しさに、ボクは眉をしかめた。
 ジャリ、とスニーカーが地面をする音がした。顔を上げると、トウヤがよくわからない表情でこちらを見上げている。ポケモンにも、ほかの誰にも向けられたことのない表情。困ったような、それでいてどこか満足そうな奇妙な笑み。
 かれはわざわざ背伸びまでして、年上であるボクの頭をクシャリとなでた。
 なぜだろう。トウヤの笑顔はけして嫌いじゃないはずなのに、胸はますます苦しくなった。


 ボクが落ち込んだ顔をすれば、キミはどこか満足げに小さく笑い、ボクの頭を背伸びしてなでる。




 あれほどの雑踏がすぐそばにあるというのに、セントラルエリアは奇妙なほど静かで、どこか寂しい。
 帰るか、とトウヤがつぶやく。うなずくと、いきなり後ろに結んだ髪をつかまれ、スワンナのもとまで引きずられた。
「いたっ、た、いたたたたっ!?」
「ん?ああ、わるい。なんか掴みやすいから無意識に……」
 なんだろう、この泣きたい気持ち。髪切ろうかな。
 引きずられた体勢のまま、微妙な心地でボールにしまわれてゆく他のポケモン達を眺めていると、ボールに入る直前にオタマロが励ますような笑みを向けてくれた。ああ、キミの笑顔、いつもステキだよ。
 なんとなく癒された感覚に浸っていたが、トウヤにまた催促するように髪を引っぱられた。いたい。
「べつに掴まなくったって、ボクは逃げやしないのに……」
「いーや、逃げるな」
「逃げないって……」
「――――逃げるよ、お前は」
 妙にハッキリと言い切られ、思わず息を呑んでトウヤを振り返る。かれは、感情のうかがえぬ、それでいてこちらの全てを見透かそうとするような、奇妙な光りを浮かべた瞳でボクを見ていた。
 急な態度の落差に、戸惑う。
「………べつに、俺はお前がどうしようと、どうでもいいけどな」
「トウヤ……?ボクはどこにも行く気はないよ?」
「嘘つけ」
 ペットを勝手に逃がされた飼い主の少年でも彷彿とさせるような、どことなく恨みがましい表情で、トウヤがボクを見上げてきた。急にどうしたんだろう。そんな目をされたって、ボクにはどうしようもないのに。
 かたくなな態度のトウヤに困って黙りこくると、かれは焦れたように舌打ちした。
「……なんだよ。自分の言いたいことだけ勝手にベラベラ喋ってると思ったら、いきなり"サヨナラ"なんてほざいてどっか行こうとしたのはお前だろ?N」
「だけど、それはキミから逃げようとしたわけじゃ―――」
「それでも。あの時ひとりで出ていってたら、今ごろ間違いなくお前は"ああ、N?残念だが居場所は特定できないな。他地方でドラゴンポケモンと共にいるのを見たという目撃情報はあるんだが……"なんて言われてるね」
「……それは、ないと思うけど」
「いや、ある」
 吐き捨てるようにいって、かれは口をへの字に引き結ぶ。ないと思うんだけどな……。でもトウヤに言い切られると、そんな気もしてきてしまう。
 トウヤの不機嫌そうな顔はわりあい見慣れているのだけど、今のかれはまるで子供みたいだ。かれはよくボクのことを"図体のでかいガキみたいだ"なんて言うけれど、ボクからしたら、かれもじゅうぶん子供っぽい。
 なんとなく、いつもトウヤがやってくるように、かれの頭を撫でてみた。トウヤの少し無理したものと違って、それは驚くほどしっくりくる。当然だ。本来なら身長的にも、年齢的にも、こちらの方が正しいのだから。
 だが、トウヤはそうは思わなかったらしい。凄い勢いで手を振り払われると同時に、先ほどの10倍も恨みがましい目で睨み上げられた。かと思うと、かれは握っていたボクの髪を思いきり引っ張る。
「いたい!」
「っ…っ……、テ、テメェッ!」
「………トウヤ?」
 言葉にならないといったようすで口を開閉させていて、まるでトサキントみたいだ。………というか、あれ?トウヤ、キミなんだか顔があか―――、
「うっせぇ!」
「え、まだ何も言っていないのに」
 トウヤ、エスパータイプ?
 ボクがひそかに疑っている間に、トウヤは耐え兼ねたように帽子を目深に引きずりおろし、それでも足りなかったのかしゃがみ込んで手近にいたスワンナの羽毛に顔を埋めてしまった。あ、羨ましい。
「……ちくしょう」
「ええっと、すまなかったね?」
 とりあえず、謝ってみる。だけどコレ、いつもキミがしてることなんだけどな。
「………だから、嫌いなんだ」
「ええ?」
「お前は俺をおかしくするから、嫌いだ」
 道端にしゃがみ込み背中を丸めるトウヤの様子は、まるで頑是ない子供のようだった。それでも隠しきれない赤く染まった耳に気づき、なにやらまたよくわからない奇妙な感情が沸き立つ。トウヤはボクを、かれを変にするから嫌いだなんていうけれど、こちらからすればおかしくするのはトウヤの方だ。
 ああ、でも。トウヤの言葉は、ボクのことが嫌いというよりむしろ―――
「…………キミは、ボクといるキミも、嫌いかい?」
「すげぇ嫌い」
 即答されると心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚え、唇を噛んだ。おかしくするのは、やっぱりキミの方だよ、トウヤ。


 キミはボクといる自分を嫌いだというけれど、ボクはキミの赤くなった顔がすきだと思う。







 一悶着はあったものの無事スワンナのそらをとぶでトウヤの家に帰り着くと、トウヤの母親が夕飯の支度をして待ってくれていた。
 彼女は、ボクが初めてこの家に連れてこられた時から変わらず、何も聞かないままボクを"トウヤのトモダチ"として受け入れてくれる。暖かい食事。明るい笑顔。それは、ひどく心地よく優しい空間だった。
 昔、ボクの部屋に来たばかりのころずっと"母親に逢いたい"とないていたトモダチがいたけれど、今ならかれの気持ちが少しだけわかるかもしれない。
 夕飯はとても美味しかったけれど、トウヤは始終不機嫌なままだった。



「お前、これからどうすんの」
 就寝前になってもやはりかれはムスッとした顔のままで、それでも電灯を消し部屋が暗闇につつまれると、ボクにポツリと問いかけてきた。トウヤのベッドの横に敷かれた布団の中で、ボクはもぞもぞとかれの方に身体の向きを変える。
「―――どうだろう。このままずっとキミと各地を見て回るのも、悪くないかな」
「マジかよ……。俺は、一刻もはやくお前にはしっかり一般常識身につけて出てってほしいよ」
「はは、酷いなぁ……。じゃあ、"また明日ね"、トウヤ」
「ん…、」
 瞼を閉じて、やっぱり無愛想なんだろうトウヤの明日朝1番に見る顔を、想像する。早く、明日が来ればいい。


 ボクがキミと一緒にいたいというと、キミはボクと一刻もはやく縁を切りたいという。






 だけど、キミは気づいてないと思っているかもしれないけど、ボクは本当は知っているんだ。
 キミが毎朝、ボクがまだキミの家にいると知るたびに、ホッとした顔をすることを。

 そしてキミのそんな顔を見るたびに、ボクの胸はチクリといたむんだ。






2011/06/02

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