クレイジー・フォー・ユー




『たとえばさ』
ソレをトウヤが切り出したのは、ボクが彼の部屋のベッドでゾロアと戯れていた時だった。ここ一年で大分伸びたらしいけど、それでもまだボクよりちょっと低い目線から、トウヤは顔を覗きこんできた。
『今こーやってお前が安心しきって俺のベッドでデレデレしてる時とかさ、無防備にじゃれついてくる時とかあるじゃん?』
うん、あるね。
『抱き着いてきた拍子とかにさ、こう……ふわふわした感じの甘い匂いとかがお前からするわけなんだよ』
へえ、そうなんだ。
『そうなんだよ。あと急にすっげぇ幸せそうにフニャフニャ笑ってきたりするからさ、ついうっかり可愛いとか思っちゃう時もあって……んでさ、俺も思春期の男の子なわけじゃん?そういう事されると、ちょっと堪らなくなる時があるっつーか――』
たまらない?
『まぁ有り体にいえば、抱きたくなる』
抱けば良いんじゃないかな。そう告げると、トウヤは呆れた様子で首を振った。
『お前、ぜったい意味解ってないだろ』
わかってるって。
『いーや、解ってない』
……うん、まぁ正直よく解らないんだけどね。でも、キミがしたいなら何でもしていいよ。
ボクの言葉に、トウヤは困った様な照れた様な複雑な顔になった。そうして、あんまそういう事言うなよ。そう言いながらボクの頭をクシャクシャに撫でてくる。
本当に、構わないんだけどな。ボクはキミが思ってるよりもずっとずっとキミが好きだから、キミの喜ぶ顔がもっと見たい。だけど、ボクの頭は数学的な事を考える以外には全く適して無いらしくて、何をすればキミが喜ぶか全然解らないんだ。
……だから、キミの望むことなら何でもしてあげたいよ。そう告げると、トウヤはまた困ったように苦笑した。







**********







随分と人間らしくなった。久しぶりにNに会った人は皆口を揃えてそう言うけれど、本当にそうなのだろうか。
だって、ボクにはトウヤの考えていることが全く解らない、そういう事が多々ある。正直に言うと、それが単純にNの対人スキルが低いせいなのか、それともトウヤという人間にやや複雑で面倒臭い面が有るせいなのか、それさえも判断がつかない。まぁ大抵の場合は前者らしいのだが。

今回は、どっちなのだろう。

難しい顔をして考え込むトウヤの気持ちが、ボクには解らない。どうすればトウヤの気持ちは軽くなるんだろう。
散々悩んだ末に捻り出した言葉をNがかけようとしたが、その前に自己解決してしまったらしいトウヤが口を開いた。
「とりあえず、そのゾロアはしまっとけ」
「それは構わないけど……ボクを抱くのはポケモンの前では出来ない事なの?」
「……まぁ、俺にそういう趣味は無いな」
尋ねたのは純粋な疑問だっのだけれど、気まずそうに頬を掻くトウヤの仕草を見るに何かマズイことを言ってしまったのかもしれない。
「お前、本当に何も解ってないのな」
トウヤは一度大きく溜息をつくと、困った様な顔をしてそう言った。
Nといる時のトウヤは、大抵こんな風に困った顔をするか不機嫌そうにぶすっとしている。彼は、本当にボクといて幸せなのかな。前に一度離れた方が良いのか尋ねてみたら怒った顔をして殴られたので、幸せなんだと思いたいけど。
何となく不安になり身体の下敷きになっているシーツを弄る。こんな風に不安にならないためにも、トウヤの願望は出来るだけ叶えてあげたいんだけど。
Nはシーツから指を離すとボールの中にゾロアをしまう。促す意味を持ってトウヤを見つめると、彼は観念したように肩を竦めた。
「あー…あんまり痛かったり辛かったりしたら言えよ?ひょっとしたら止めてやる可能性も無くはないから」
「えっ、痛いの?」
「痛いんじゃないの。あと多分恥ずかしい」
痛いのは、嫌だな。思わず少し尻込みをしてしまう。恥ずかしいのもあまり好きじゃない。
初めて、トウヤがボクを抱こうとするのを戸惑った理由が解った。
「…じゃあ何で、そんな事するんだい?」
「改めて聞かれると、困るんだけど」
「答えてよ」
トウヤが望む事はなるべくしてあげたいけれど、その行為にどんな意味があるのかは知りたい。ひょっとして、トウヤはボクの痛がったり恥ずかしがったりする姿が見たいのかな。あれ、ひょっとしてボクってトウヤに嫌われてる?
思考が暗い方向暗い方向に沈んでいったが、トウヤの答えは想像とは全く違うモノだった。
若干照れた様に目を逸らして、彼は言う。
「……お互い好きだって事を、確認するためとか?」


すき…という言葉を、口の中で小さく繰り返した。今まで、トウヤの口からは一度も聞いた事の無い単語を。抱くという事はお互い好き合ってるのを確認するための行為で、トウヤはそれをNにしたいと言っていて。つまりそれは、トウヤがNの事を好きだということでーー
胸の奥が急に熱くなって、顔の筋肉が弛緩するのを抑えられない。
痛くても良いよ。そう告げると、トウヤは驚いたように目を見開いた。そうして、また先程と同じ困った様な笑顔を浮かべる。困惑と、僅かな愛しさが篭ったソレを。
「まぁ、なるべく優しくしてやるよ」

トウヤの腕が、静かにNの身体を引き寄せた。




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