trick or treat! 2
「…それで、ボクは何をすれば良いの?」
大真面目に尋ねてくるNに、思わず吹き出すのを我慢するのに苦労する。ああNってマジでピュアでイノセントなんだなー、とトウヤが思うのはこんな時だ。ある意味究極の世間知らずなNは、トウヤが自信有りげに言い切れば大抵の事はあっさり信じてしまう。それがいつも少しだけ重くて、でも少しだけ可愛い。そして今みたいに自分に都合の良い嘘を教える時は、凄く楽しい。
「そうだな…まず最初は、キスをしないといけない」
あ、やばい…今ちょっと声震えてなかったかな。まぁどうせ多少震えていたところでNは気付かないだろうけど。
案の定、Nはあっさり信じたようで、特に恥じらう様子も無くさっさと実行してきた。軽いリップ音をたてて、Nの唇が触れて離れる。
「これで、いいかい…?」
Nの頬は僅かに赤らんでいたが、同時に唇は少し悪戯っぽく弧を描いていた。
お前、キスするのは好きだもんな。
でも。
「ダメだろ。ちゃんと舌入れなきゃ」
「えっ」
深いやつは、苦手だもんな。
Nは戸惑いを凝縮したような声を上げた後、やはり戸惑ったように視線をうろうろさせた。そのままどうするか反応を窺っていたが、結局目を逸らした所で固まってしまう。おろおろしながら何かモニョモニョと言い訳するNは面白いと言えば面白いけど、このままでいる訳にもいかない。
なるべく優しい声と表情を心掛けて、トウヤは語りかけた。
「ほら、俺のためだろ?」
「トウヤの…う、うん」
Nの顔が僅かに輝いたのを見逃さない。トウヤのための何かをする事が、Nは好きだ。それは頼み事であったり、料理であったり、色々あるけど。そのことでトウヤが喜んだり笑顔を浮かべたりしたら、途端にNもご機嫌になる。……コイツのそういうとこは、心底可愛いと思うんだけどな。まぁウザいと思う回数の方が圧倒的に多いんだけど。
Nの肩を緩く引き寄せ、もう一度促す。一瞬躊躇う様なそぶりは見せたものの、素直にその唇を寄せてきた。
Nの柔らかい唇が、トウヤの唇に重なる。先程はすぐ離れたソレが今度は柔らかくトウヤの唇を食み、そうして恐る恐る舌を侵入させてくる。
「んっ……」
薄く目を開けると、ギュッと目をつむったいかにも必死な様子のNの表情が視界に入り、トウヤは思わず笑い出しそうになった。…少し、意地の悪い気分になる。
たどたどしく絡めてきた舌に、軽く噛み付く。途端にビクリと震え舌を引っ込めようとしたNの頭を掴み、今度はトウヤの方が絡み吸い付いた。たぶん無意識なのだろう。Nの手が、抵抗するようにトウヤの肩に置かれる。
そのまま暫くNの口内を犯していると、ふいに奴の体から力が抜けた。トウヤの膝を跨ぐ形で、ベッドにペたりと崩れ落ちる。
「…ふ……うっ」
苦しげに声を漏らすNに、思わずまた笑いが込み上げそうになった。コイツ、息継ぎ下手だなぁ。
別に初めてでも無い筈なのに、いつまで経ってもNは馴れない。早く馴れた方がいいぞ、お前。じゃないと俺が虐めたくなるから。
流石に我慢出来なくなったのか、Nが肩に置いた腕に力を入れて抵抗しだす。若干名残惜しく感じつつも解放してやると、久方ぶりに酸素を取り入れたNは激しく肩を上下させた。Nの荒い息遣いだけが静かな部屋に響く。
漸くNが落ち着いてきたところで、トウヤは口を開いた。
「ほら、何こんな事でバテてんだよ。肝心なのはこれからなのに」
「まだ…なにかあるの?」
僅かに震えた声で尋ねてくるNに、トウヤは小さく笑みを返す。
――そして、少し硬くなったNの性器を服の上から思いきり掴んだ。
「ひぁっ!」
「当たり前だろ?お前は俺に、悪戯しなきゃいけないんだから」
いたずら…そう拙く繰り返して、Nはトウヤを見下ろす。だが意味を理解しきる前に、先程と同じ事を繰り返され高い嬌声を上げることになった。Nの黒いスラックスに、じわりと染みが広がる。トウヤの手が、シャツ越しに胸を這い回った。
「うぁっ、あっ……」
「ちゃんと、最後まで付き合えよ?」
そう告げて、トウヤはカチャカチャと音を立ててNのベルトを外しにかかる。見上げたNの瞳が、ジワリと潤んだ。
そうして…―
「ただいまー!あー疲れたねっむー…い」
そうして、突然入ってきた見知らぬ女に部屋の空気は固まった。
「あの…すいません。部屋、間違えたみたいです」
一生破れぬのでは無いかと思う程の重い沈黙を破ったのは、見知らぬ闖入者だった。どうやら部屋を間違えたらしいその女は、一言謝罪した後おずおずと部屋を出て行った。
だが、すぐに扉越しにも多少くぐもったもののハッキリとした会話が聞こえてくる。
『ちょっと、アンタなに部屋間違えてんのよ。恥ずかしい』
『……なんか、猫美少年がイケメン吸血鬼に襲われてた』
『マジで?さすがハッピーハロウィンだわぁ』
そうして、甲高い女の声と足音が少しずつ部屋から離れて行く。
「………………」
「………………」
「……ト、トウヤ?」
おずおずと尋ねるNを押し退け、トウヤは部屋の扉まで歩いて行く。カチリという鍵を閉める音が、妙に部屋に響いた。
そのまま無言で戻って来るトウヤに、Nは無意識にベッドの端まで後退る。僅かに、顔を引き攣らせて。
「あの、トウヤ…?」
「なに」
「…えっと、キミ…顔がこわ――」
「地顔だ」
何時もとは逆に、発言を遮られたNのマントの留め金を外す。パチンッという小気味の良い音と共に、Nの体が強張った。
トウヤは黙ったまま自身が装着した猫耳と首輪を外すと、Nに着け直した。
「トウヤ……?」
「…やっぱさ、これは俺よりお前の方が相応しいよな」
「えっ?」
「お前が、俺に飼われてるんだから」
かわれて?呆然として聞き返すNの首元に、ふと手を伸ばす。可愛らしい鈴の音が、今度はNの首元で鳴った。
「ちょ、やだ。無理だってば!」
「いやいや、お前なら出来るって」
上はシャツだけ残して下半身を剥き出しにしたNに、シャワールームに備え付けてあったベビーオイルを手渡す。
「よく考えたら、お前の悪戯だもんな。全部、お前がやらないと」
「全部って…本当に、無理だから……」
涙声で懇願してくるNには少し可哀相だが、あまりいつも甘やかすのも良くない。時には、心を鬼にして厳しくする事も必要だ。
「グダグダ抜かしてねーでさっさとやれ。……それとも、お前は俺に呪われてほしいのか?」
「なっ…。そんな訳ないでしょ!」
最後の方だけは若干悲しげに顔を伏せて言えば、Nは必死になって否定する。じゃあさっさとやれ、そういう意味を込めて、先程手渡したベビーオイルをトントンと指で叩いた。
Nは途端に言葉に詰まって、手に持ったボトルをジッと見つめる。Nのベビーオイルを見つめる目線は困惑と迷いが多分に含まれていたが、次第にそれは決意を込めたモノに変わっていく。コイツ、意外と健気だよなぁ…アホだけど。
Nは自分自身に向けてかひとつ頷くと、勢いよくボトルの蓋を空け中身を手の平にぶちまけた。ちょ、出し過ぎ。
そして、充分過ぎる程濡れた指を後ろに宛てがった。
「ふぁっ」
つぷりと音を立てて、指が後孔に埋まる。だが思った以上にきつかったのか、指を半ばまで挿れたところで急に動きを止めてしまった。Nの空いてる方の手が、シーツを握り締める。
Nは一度大きく息を吸って吐くと、再度指を埋め込み始めた。
「あ…ああっ」
今の状況とは不釣り合いな鈴の音が、リン…―と鳴る。もはや苦しげなのか感じているのかさえ判らないNの少し掠れた高い声が、鈴の音と混じって響く。漸く指が全て埋まった時には、Nの身体は崩れ落ち尻だけを突き上げている状態だった。
Nが自分一人で快感を感じ、嬌声を上げてることに不思議な感銘を覚える。トウヤが教えるまで、自慰さえ知らない奴だったのに。
ふいに、シーツにポタリと雫が落ちる。気付けば、Nはその妖しい色を帯びた目から溢れた涙で、白い頬を汚していた。
無意識に、トウヤの手がNの頬に伸びる。滑らかな頬に手を宛てがい、親指で涙を拭った。Nが安心した様にその手に顔をあずけ、赤く染まった頬を擦り付ける。
「…ほんと、猫みたいだな」
「……と、や…」
「ん?」
「おねが、もう…むり、だよ…」
途切れ途切れに震える声で告げるNに、流石に本気で可哀相になった。……まぁ、もう良いか。
Nの両脇に腕を差し込み、力の抜けフニャリとした身体をトウヤは引き上げる。そのまま、向き合う状態で自分の両膝をNに跨がせた。途端に、Nがトウヤの頭にキュウキュウ抱きつく。あ、やばいコレちょっと可愛い。
「さ、N。自分で挿れろ」
「う?」
「ここまでやったんだし、最後まで自分でやれよ」
「……え?」
呆然としてこちらを見つめるNに柔らかく微笑みかける。馬鹿だな、この体制にされた時点で気付け。
そのまま暫く固まった後、Nは先程せっかく拭ってやった涙をまた流し始めた。トウヤの馬鹿、鬼、そう呟きながらも言われた通り従順に行動しようとするあたり、可愛い奴だよほんと。
多少もたつきつつも、Nは腰を浮かせてトウヤの性器を自分の後孔に宛てがう。そのまま腰を落とそうとするが、ふと先端を埋めたところで動きを止めた。
「うぅー…」
指とは比べものにならない質量だ。相当苦しいのだろう。だが、この状態は俺も苦しい。
力を抜くよう言い聞かせ背を優しい撫でるが、あまり効果は無かった。苦しそうな声を上げ、身体を固めるばかりだ。
これはもう、仕方ないよなぁ…。
「恨むなよ、N」
「…ふぇ?」
恨むなら、いつまでも馴れない自分の身体を恨め。それだけ告げると、一息にNの腰を掴み自身を挿入した。Nの目が、一瞬で見開く。
「やっ、あ、あ…ああ!!」
一際高い嬌声を上げると、Nの身体は弛緩した。腹の辺りに、何か生暖かいモノがかかる。掬ってみると、どうやらNの精液の様だった。え?なにコイツこれだけでイッちゃったの?
若干呆気に取られてNの方を見ると、Nは何が起こったのかさえ理解出来てない様子で呆けていた。軽く肩を揺すると、漸く我に帰ってトウヤの方を見下ろす。
キョトンとこちらを見る瞳に、罪悪感が湧く。
「トウヤ…ボク、今なにが?」
「ごめんな、N」
「なに…―」
「俺まだ、一回もイッてないから……」
――もうちょっとだけ、付き合え。
Nの上げた悲鳴は、すぐに嬌声に変わった。
結局あの後トウヤが満足するまで付き合わされ、気絶するように寝入ったNの寝顔を眺める。前髪が少し鬱陶しそうなので、払ってやった。明日、切ってやろうかな。……最後まで、疑わなかったなNの奴。いくら何でも、ちょっとチョロ過ぎだろ。普通、あそこまでされたら絶対気付く。いやNが普通だった事なんて一度も無いけど。
最初は悪戯だの何だの簡単に信じるNを騙すのが楽しかったが、ここまでくると流石に心配になってきた。何か質の悪い人間に騙されないと良いが。
――まぁでも、たぶん大丈夫か。
丁度寝返りを打ったNの、安心しきった寝顔が目に入った。俺が、ずっと付いててやるしな。