12.



<春> ×月××日 晴れ

ライモンシティのジムは色々な意味で凄かった。とりあえずジェットコースター面白い。
エモンガのボルトチェンジに大分翻弄させられたものの、何とかジムリーダーのカミツレを倒す。
勝負後、バトルの余韻かどこか上機嫌でジムバッジを渡してきたカミツレは、俺に五番道路で待ってるよう告げた。多分、跳ね橋を降ろしてくれるつもりなのだろう。有り難いことだ。


次の街はホドモエシティ。たしか、イッシュ地方の玄関と呼ばれ多くの品物が流通する港町…だったか?ガイドブックによると。
そこには、どんなポケモンがいるのだろう。








<春> ×月××日 晴れ

「トウヤ、ストップ!ボルトバッジを持つ者同士、どちらが強いか確かめる!というか勝たせてもらうよ」
五番道路へのゲートを抜けた瞬間、そんな勝利宣言と共にチェレンが勝負を吹っかけてきた。
チェレン、お前そのストップ!ってヤツ止めた方が良いぞ。俺の心臓に悪い。


今回の勝負もやはり勝ったのは俺だった。だが気のせいだろうか、チェレンの様子が少しおかしい。
「……どうして?どうしてきみに勝てない?」
チェレンは確かに真面目で多少融通の利かない所もあるけど、こんな風に俯き、絞り出す様な声で呟く奴じゃなかった筈だ。……1番になれないのが、そんなに辛いのか?
何か思い詰めたようにさえ見えるチェレンが酷く気になったが、丁度ゲートからカミツレが出て来たこと、そして燃え盛る様な赤毛の豪快な男に話し掛けられた事によって、尋ねるタイミングを失ってしまった。





ゆっくりと降下する巨大な跳ね橋を眺めながら、先程の赤毛の男──アデクとチェレンのやり取りを思い返す。イッシュ地方チャンピオンだというその男は、随分と意味深な言葉の数々をチェレンに投げかけていった。曰く──チェレンの様に強さを求める者がいれば、ポケモンと一緒にいるだけで満足する者もいる。
色んな人がいるのだ、答えも色々ある。……そういえば、今目の前で跳ね橋を上げるよう指示を出してくれたカミツレも、似た様な事を先日言っていたな。
チェレンはアデクの言う事を頑なに拒んだけれど、俺は少しチェレンにも解ってほしい気がした。あんまりアイツの辛そうな顔は、見たくないし。








<春> ×月××日 曇り

ホドモエの跳ね橋良いな。親切なコアルヒーが沢山羽を落としてくれる。
…もうちょっと筋力の羽が集まったら進もう。








<春> ×月××日 晴れ

これだけ長い間付け回されればNの奇行にもいい加減慣れる。
だから、今目の前で奴が必死にコアルヒーに語りかけてようと、俺がその横を通らないと跳ね橋を出れなかろうと、今更全く気になったりなどしない。…いや嘘だ、超気になる。
「……そのコアルヒー、すげぇお前のこと警戒してるように見えるんだけど」
緑のモコ毛を掴んで思い切り引っ張る。Nが、悲鳴を上げて振り向いた。
そのNの向こう側には、全身の羽毛を逆立ててこちらを警戒するコアルヒー。
「…何したんだ、お前」
よく見ると、Nの腕には結構な数の細かい傷が付いていた。真新しいその傷は、多分嘴で突かれたモノだろう。恐らく、目の前で警戒心を露にしているコアルヒーの。本当何したんだお前。
Nは俺の質問には答えずに、またコアルヒーの方を向き直った。そして、いつになく真摯な声でコアルヒーに向かって語りかける。大丈夫、何もしないからと。だがそんなNの必死の説得もむなしく、コアルヒーはジリジリと後ろに退がって行った。
「おいN……」
怖がってるし、もう止めとけ。そうNに諭そうとして、ふと気付いた──Nの腕以上に、そのコアルヒーが傷だらけな事に。
間抜けな顔のせいかイマイチ緊迫感が無くて気付けなかったが、その水色の羽毛で覆われた体はボロボロだった。
「……警戒心を、解いてくれなくて」
「あ?」
「このコアルヒー。心ないトレーナーに散々痛め付けられたあげく羽を毟り取られたらしくて……治療してあげたいんだけど、ヒトに対して完全に心を閉ざしてしまってるみたいなんだ」
「……………へぇ」
オタマロの件といい、何でコイツはこう、トレーナーの良心に訴えるような事を言ってくるんだ。別に俺は落ちてた羽を拾い集めてただけなのに、何故か罪悪感を掻きむしられる。
俺がなけなしの罪悪感と戦っている間にも、またNはコアルヒーに語りかけ始める。そうして近付いて、嘴で突かれて傷が増えると。なるほど、コイツの腕の傷はこうして増えたのか。
何度繰り返しても学習しないNに、思わず呆れてしまう。ポケモンだって言葉は通じなくても気配には敏感なのだ。そりゃあ元から警戒心が強まっている所にこんな怪しい男に話しかけられたら、つい攻撃もしてしまうだろう。
何となく見てられなくなって、その場からNを押し退けた。
「…トウヤ?」
「下がってろ馬鹿」
そう告げて、カバンから傷薬を取り出す。まぁ別に、Nがどれだけ傷付こうが構わないけどな。このままじゃコアルヒーが気の毒だし。
ボロボロのコアルヒーに近付くと、小刻みに震えているソイツは窺うような瞳で見上げてきた。だが、攻撃してくる気配は無い。やっぱ、あんな怪しい人間に急に話し掛けられちゃ警戒するに決まってるよな。
思ったより大人しいコアルヒーに、出来る限り優しく手を伸ばす。──今怪我治してやるから、安心しろよ。
そんな仏の様に慈悲深い心で傷薬を塗ろうとした俺に、コアルヒーも応えてくれたらしい。

俺に向かって、全力で水鉄砲を食らわせるという形で。





「…………………」
「ええっと……『汚い手で俺に触るな糞餓鬼』だって」
「え、なにアイツそういうキャラなの?」
急に触れたりするからだよ…そう呟いて、呆れたと言わんばかりに首を横に振るNにイラッとする。
先程遠慮も呵責も無く俺に水鉄砲を浴びせたコアルヒーは、今はこちらの行動を見張る様に上空を旋回している。ポタリと、髪から雫が垂れた。
……今のは、本当に俺が悪かったのか?──いいや違う筈だ。俺は全く悪くない。さりとて、人間に酷い仕打ちを受けたというコアルヒーに怒りをぶつける訳にもいかない。
結果、俺のやり場の無い怒りの矛先は、当然目の前の男に向けるしかなかった。
心配そうに上空を眺めているNの後ろで尻尾のように揺れる髪を毟る勢いで引っ張り、「あうっ」とかなんとかあがった悲鳴を綺麗に無視してさっさと出口に向かって行く。思えばコイツと会った時は本当にろくな事が無い。現在地は橋の半ば辺り、そろそろ急がないと日も暮れてしまう。
だが、数歩進んだ所でふと足を止めた。カバンの中を探り、目当ての物を探す。キチンと整頓してあるカバンの中からは、それは割かしすぐ見付かった。
バサリと、上空で羽音が聞こえる。手すりにオボンの実を数個置くと、またさっさと歩を進めた。
木の実は結構貴重なんだから、ちゃんと食えよ。





少し進んだ所で、Nが歩み寄ってくる。勝手に俺の横に並んで歩き出したが、コイツの不可解な行動なんて今更だ。
「チャンピオンと話した感想はどう?」
「……何で、お前が知ってんだよ」
まぁでもそれも、今更か。何だかんだ言って順応してる自分に、思わず溜息をつく。
アデク、か……。豪快だが、思慮深そうな男だった。恐らく今の自分では、まだ勝てないだろう。悔しい話だが。
「……キミは、いつかあの男を倒せると思うよ」
先日会ったばかりの男を思い返していると、ふとNがそんな事を言った。
「なに。それはお前のいつもの、ボクの見えた未来云々ってヤツ?」
「いや…ボクには、まだキミの未来を表す数式は解けない」
「……じゃあ何だよ」
正直俺にはNの言っている事なんて半分も理解出来ないが、何となく最近は最後まで話を聞いてしまう。帰ってくる言葉は、どうせ頭の痛くなる様なモノばかりなのに。
「そうだね…」
「………」
「何となくそう思った……というのはダメかい?」
「はぁ?」
思わず足を止めNの顔をまじまじと見るが、奴は気にする様子も無くスタスタ歩いて行った。だが、急にピタリと止まるとこちらを振り向く。いつもの、薄い笑みを貼付けて。
「もっとも、その前にボクがレシラムとトモダチとなりチャンピオンを倒すけどね……ああ、これは勿論確定的な未来だよ」
それきり、Nは口を開かなかった。






丁度出口に差し掛かった所で、ふと羽音が聞こえた。多分、ここ最近羽集めでお世話になったコアルヒーの。つい条件反射で体が反応してしまう。
空を見上げると、やはり見慣れた水色の鳥ポケモンだった。
羽、落としてくんねーかな。そんな事を考えていると、同じように空を見上げていたNが何かを呟く。聞き返すと、今度は俺にも聞きとれる声でもう一度呟いた。
「……彼、さっきのコアルヒーだ」
Nのその言葉と同時に、ふと数枚の羽が上空のコアルヒーから落ちて来た。
丁度俺の真上に落ちてきたソレを、思わず手に取る。俺の手の中のモノを見て、Nは僅かに目を細めた。
「それ、彼からのキミへのお礼だよ」
「お礼?」
「ああ。『ほら、これが欲しいんだろうよ羽乞食』って」
「……最後までムカつく奴だな」
「『木の実、ありがとな』とも言っていたよ」
「………………」
何となく、気恥ずかしくなって帽子の鍔を目元まで引き寄せた。何だよアイツ、そういう不意打ちは止せ。羽は有り難く貰うけどさ。
俺が無性に気恥ずかしい思いを必死で鎮めていると、不意にNが俺の帽子の鍔に手をかけ奪い取る。
抗議の言葉を上げようとした瞬間、Nの唇が降ってきた。──唇ではなく、額に。
妙に優しい仕草で前髪を掻き分けられ、柔らかい感触が額に触れる。
極小さな音を立てて離れたソレに束の間呆然とした。
「…これはボクからのお礼だよ」
「……いやいや。俺が、全く嬉しくないんだけど」
「でもお礼って、気持ちが篭ってるかどうかが問題なんだろう?」
そうなんだろうか…いや違うだろう。やっぱ貰う側が嬉しいかどうかも重要だろ。俺が喜ぶ物をくれるべきだろ。具体的には、お金とか役に立つアイテムとか。とりあえず、野郎のデコチューとかでは無いのは間違い無い訳で──
混乱し黙り込む俺にNは帽子を嵌め直すと、いつも通り挨拶もせずにさっさとその場を立ち去ってしまった。ていうか、今アイツ顔赤くなかったか?



帽子の位置を元に戻し、髪を軽く整えた。ふと、先程Nの唇が触れた場所が熱を持った気がして額を押さえる。
……本当に、訳の解らない奴。





×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -