10.



※一応キス程度ですが、色々と酷いので注意





最初の衝撃から立ち直ると、多少は色々と思考し纏めることも出来るようになる。
プラズマ団の王様……そう聞くとかなりアレな感じがするが、要するに組織のボスとか総帥とか、そういった類のものだろう。つまり、Nはプラズマ団のトップだと。
Nがプラズマ団に所属している事自体は、疑ってなかった訳じゃない。奴のポケモンを解放したいという考えは、プラズマ団の主張とピタリと一致する。
……だが、さすがにプラズマ団の王様等と言い出すとは思わなかった。
あー…また何か頭痛くなってきた。
本日何度目か解らない溜息をついて頭を抱えると、向かい側のNが何故か心配そうな顔をした。違う、お前のせいだ馬鹿。

…と、カバンの中のモンスターボールがふいに揺れ出す。

緩慢な動作でカバンを探り、指先に当たった何かを訴えかけるようなボールを取り出す。
──このボールは、確か…
ボールからポケモンを出すかどうか迷っていると、ふいに手の中からモンスターボールが奪われた。
それは決して強引なものではなかったが、余りに自然で悪びれのない動きに、気付いたらボールはNの手に渡っていた。
Nの手に収まると、途端にボールはピタリと大人しくなる。
「おい、俺のボール…──」
「大丈夫?って言っている」
「…はぁ?」
「キミのこと、心配したみたいだね」
そう言って、Nは柔らかく微笑んだ。


……ああ、まただ。


この前の時といい、コイツはポケモンが関わる時だけやけに綺麗に笑ってみせる。
だが、やはり以前と同じようにそんな表情は一瞬で消えた。…少し、もったいない気もする。
「彼、この前キミに話したオタマロだよね」
「…ああ」
笑顔に対する動揺を悟られないようわざと平坦な声で返すと、中のポケモン──オタマロと連動したのか、またボールが揺れた。
「お前と別れたあの後、ずっと後を付けてきたからな。オマケに勝手にボールまで入ってきやがって……でも、結構良くやってくれてる」
付け加えた言葉に反応したのか、ボールの揺れが激しくなる。アホだなぁ、オタマロの奴。
思わず苦笑するが、それは呆れと共に愛しさのこもったモノだった。
…だが、Nはそれとは対照的な、どこか沈んだ表情になる。
「どうして…何故そこまでしてトレーナーと……」
「ん?」
「……いや、何でもない」
そう言って一度首を横に振った後、Nは俺にオタマロを返した。
「キミといるからかな…彼、前より幸せそうだね」
「そりゃどうも」
手の中に返ってきた重みを、軽く握って確かめた。

ボールをカバンに仕舞っていると、何故かNが向かい側から俺の隣に移動してきた。
「……おい」
近いぞ。そう告げようとすると、Nの手がふいに俺の頬にそえられる。コイツ、指細いな。
「んだよ、いきなり」
「ボクは、トモダチをトレーナーから解放したいと思っているし、それが間違ってるとは思わない」
「いや、お前の考えは知ってるけど」
「……知っている?本当に?キミの考えは、ボクには全く理解出来ない」
「………」
「けれどね、だけど……」
急にいつも以上の早口でまくし立てだしたNは、そこでふっ…と言葉に詰まった。頬にそえられた手は、ヒンヤリとしていて少し気持ち良い。
思わず、右手が頬に触れるNの指に伸びる。
と、Nは言いたい事が纏まったのか、僅かに伏せていた顔をそっと上げた。


「だけど……解ってみたいとは、少しだけ思う」
そう告げたNの顔が何故か俺に近付き

───柔らかい感触が、唇に触れた。




睫毛長いな、コイツ。
真っ白になった頭に最初に浮かんできたのは、そんな至極どうでもいい感想だった。
うっすらと開いてた唇をペロリと舐められた後、歯列を割ってNの薄い舌が侵入してくる。
Nの舌は、どこか甘い味がした。
最初は少しだけ遠慮がちに、慣れてくると優しく口内を刺激してくる。歯列の裏を軽く舐められ、少しゾクリとした。
そのまま何度も悪戯に撫ぜられ、思わず舌が勝手に応える。
それに気付いたNの目が、僅かに細められ…──



「んんんー!んー!!」
我に帰ったのは、丁度その時だった。



渾身の力でNを引きはがすと、細っこい体はあっさり離れる。
「お、おまっ…何しやがる!」
いつになく激しい剣幕で怒鳴りつける俺に、生理的なものか僅かに頬を上気させたNは、いっそほがらかな程あっさりと答えた。
「なにって、解り合うための方法を……常識なんだよね?」
「どこの世界に相手を理解するためにいちいちキスしなきゃいけない常識があるんだよ!」
「え?常識なんだろう?ゲーチスに教えて貰ったんだよ…『アナタの様なポケモンの言葉は解っても人の心が理解出来ないお方が人と解り合いたいのなら、体を繋げるしかないのです』って。そのために、ちゃんと練習もして……」
「えぇー……」
どことなく性の匂いのしない、というか浮世離れした男の口から出たあまりにアレな内容に、思わずほぼ頂点まで達していた怒りもシワシワ萎えていく。
ふざけてるとしか思えない内容だが、ツラツラと語るNは真顔だった。
つーか、練習って……さっきのキスが妙に上手かった気がするんだが、ひょっとして実践なのか?
体を繋げる云々とかも実践したのか?そもそもあのオッサンは何を教えてるんだよ。そしてお前はどんな人生送ってりゃそんな嘘に騙されるんだよ。
色々ツッコミたい部分は山程あったが、今Nに伝えるべきことは一つだった。
「お前、それ騙されてるだけだって」
そう告げると、Nは少し困ったように苦笑に唇を歪めた。
「ああ。ゲーチスも中にはキミみたいに言うヒトもいるだろうって言っていたよ」
「へぇ。それでそう言う奴にはどうしろって?」
「心の準備が出来てなくて言い逃れをしているだけだから、強行手段に出ろと」
「…………………」
「…………………」

さりげなく静かに伸びてきたNの両腕の手首を、こちらもさりげなくガシリと掴む。そのまま、お互い沈黙したまま無言の圧力を相手に向ける。

先に根負けして口を開いたのは、Nの方だった。
「…大丈夫。抱かれるのはボクの方だし、痛いのはボクでキミは気持ち良いだけだから。心配しなくていい」
「しかもお前が抱かれる方なのかよ」
そりゃ俺が抱かれる方よりは100倍マシだが……いや違うそういう問題じゃない。
そもそも前提が間違ってる。むしろ全てが間違っている。
「まず俺は、初体験を男に捧げる気は無くてだな…」
「えっ?キミ初めてなのかい?」
「……………死ね」
全ての殺意を眼光に込め、睨みつける。
流石のNも若干怯んだのか、肩がかすかに跳ねた。
まだ14なんだから、問題無いだろうが。
先程Nの話の衝撃で萎えかけた怒りが、またムクムクと沸いて来る。落ち着け俺。
「……そんでお前は、今まで理解したいと思った相手全てといちいちヤッてきたわけ?」
「まさか。元々痛いし好きじゃないから。ゲーチスに練習で教えられたぐらいだよ。そもそも城を出て初めて興味を持った人間がキミだし」
ゲーチスとはヤッたのか。つーか城ってなんだよ。城住み?王様気取りかよ。いや、そういや王様なんだっけこいつ。
嫌な事実をさらりと真顔で述べたNに、一度深呼吸をしてからなるべく凪いだ声で尋ねる。
「じゃあ何で、急に俺のこと解りたいなんて思ったんだよ」
「それは……」
Nはそこで、僅かに押し黙った。
「……キミとポケモンの関係を見てて、キミの事を理解しなきゃいけないと思ったんだ。何が正しくて何が間違っているのか…ボクはトモダチのためにも、白と黒をハッキリさせなければならない」
「いや訳がわからない」
叩きつけるように答えれば、「わからないから、わかるように努力をしないと」なんてふざけた台詞が返ってくる。会話が出来ている気がしない。
頭を抱える俺を、こちらの抗議などなにもなかったように、光の無い瞳がじっと見下ろす。
その温度の無さに、ふとこの頭がおかしくなりそうな狂った状況の中で、ストンと、ひとつだけ、なにかが腑に落ちた気がした。
──なるほど、確かにヤツにとってこのふざけた''常識''は真実でありただの義務なのだろう。
そこには通常あるはずの、抱く抱かれるだのに付随する照れや恥じらいなど、微塵もなかった。困ったな…などと呟きながらも少しも困っていなさそうな様子も、いつもの俺を振り回すペースとなにも変わらない、いたって平常なもので。
カバンの中のポケモンが、ボールごしにちいさく揺れる。尋常じゃない空気をかれらなりに察したのかもしれない。
この中で今は大人しくおさまっているオタマロにNが人間らしい、幼いとさえ形容できそうな笑みを向けたのは、たった数分前のことだった。それを俺のことを解りたいと言ったはずの口で、キミに興味があるなんてのたまいながら、向けられる瞳にあったのは、どうしようもない無関心で。

あのポケモンに向けた柔らかな笑みなど、もう名残りさえなかった。

「ふざけるなよ…」
そのことに何故か、どうしようもなく苛立ちを覚えた。声が震える。
どうせこれも響くはずもないと思っていた言葉に、Nはしかしかすかに目を見開き初めて動揺をあらわにした。だがそれも、すぐに消える。
「俺が──」
Nの目はまっすぐに俺を見ていた。俺もたぶん、初めてアイツの顔をしっかり見返した。そのふざけた常識に、真剣に付き合ってやるためにだ。だというのにアイツは、
「俺が、絶対にお前と分かり合う気なんてないって言ったらどうするんだよ」
「……キミの意思は、関係ない」
その言葉に、何かがキレた。


「そんなに解り合たいなら、お前はまず人と意志の疎通を図る努力をしろよ!」
力任せに、掴んだ手を押しのける。

「っ
…が、予想以上にNの力は弱かったらしい。そのまま服の袖を掴んだ俺まで巻き込んで、盛大に後ろに倒れ込んだ。






「…っつ、う」
後頭部でも打ったのだろうか。相当痛そうなNの呻きが耳に入る。

それを無視して、倒れこんだ体勢のままNの手首を上から抑えつける。抗議でもしようとしたのか、物言いたげに開きかけた口を低く遮った。
「お前がさ、」
ごちゃごちゃになった頭を整理するためにも、なるべく静かに、平坦な声を心がける。
「ゲーチスだったか?……アイツに何を吹き込まれたか知らないけど、なんでそんなこと信じちゃってんのかも知らないし、全く知りたくもねーけど───人のこと理解するってさ、そういう一方的なもんじゃないだろ」
痛みにか少し潤んだ目が、軽く見開かれる。それが先程までよりは幾分人間らしく見えて、多少溜飲が下がる。
人のことをストーカーするわ、出会い頭に勝負ふっかけたかと思えばわけわからんこと一方的にまくしたてて立ち去るわ、挙げ句の果てに抱く抱かないだの恐ろしいこと言い始めるわで散々こちらを振り回しておいて、興味があるだの言っておいて、こいつは結局、自分とポケモンだけの世界で完結している。そんなの普通にムカつくだろう。
「一方的に押し付けて、それで本当に解るものなんてあるはずないだろ。まあそもそも方法自体が間違ってるんだがな」
なにからなにまで全部な。
いい年した青年相手に、小さい子供に諭すようにゆっくり言い聞かせる。ようやく話が通じたのか、ひとつ瞬きしたNは、得心したようにこくりと頷いた。
「つまり、双方の合意のもと行えば大丈夫ということだね」
「ちげえ」
人の話聞いてんのかこいつ。いや、確かにその“行為”自体は双方の合意の上なら問題ないけど。前提が間違ってる。
「理解しあうためとかさ、まずそういうことのためにやることじゃねーんだよそういうのは」
「つまり、体を繋げてもヒトは何ひとつ解り合うことはできないと?」
「いや、何ひとつかどうかは……人によっちゃ解ることもあるかもしんねーけど──あ、いや」
つい大真面目に答えかけ、しまったと思う。適当に丸め込んどけばよかった。案の定、Nはますますわからないといった様子で訝しげに問い返してくる。
「解ることがあるのなら、相手の合意があれば問題ないだろう。いったいなんでそんなに否定して──」

「あークソッ!ほんっとめんどくせーなお前!まずこういうのは好きなやつとやるもんだろ!俺はそれ以外とやりたくねーんだよ!」

ポカンと、Nの口が間抜けに開いた。
自分でも少し童貞臭いこと言ってんなあという自覚はあった。しかし、すぐにいや、これは極一般的な感覚だろうと思い直す。そのはずだ……そうだよな?
この俺の内なる問いかけに、もしそこにいたのが例えば常識人代表のようなチェレンならば、当然だと即座に頷いてくれただろう。チェレンじゃなくたって、そのへんにいる通行人でもいい。しかし、そこにいたのは無情にもNただひとりだった。

「好きな人と…するものなの?」

まじかよ、こいつ。
目を困惑に揺らし、戸惑った様子のNに俺の方こそ心底ビビる。どんだけ爛れてたんだよ。いや、逆に恐ろしいほど無知なのか?
「そりゃそれ以外でするやつだっているけど、一般常識的にはそうだろ。キスもセッ…クスも」
くそっ死ぬほど恥ずかしいどもり方した。
羞恥に顔に熱が集まるが、しかしNはNでそれどころではないらしい。思わず先程から抑えつけたままだった腕から手を離しても、それは力なく投げ出されたままだった。
好きな人と…呟いたきり、しばらくNは茫然とさえしてたが、ふとまたいつもの唐突さであれ?と首をかしげる。
「じゃあ、ボクがさっきキミにしたことも…?」
「え」
何言ってるんだ、こいつ。
あれはお前が解り合うためだのなんだのわけのわからない理由で仕掛けた行為で、こっちの合意だってなくて、だから当然意味なんてない。
そう即座に返そうとして、Nのいつも通りやけに真っすぐな(しかし死んでいる)目と視線が絡んで、俺の言葉はなぜか喉奥にはりついたように急にそこで止まった。
好きな奴としかしたくない。自分で先程述べたはずの言葉が、頭の中を何度かリフレインする。そうだ、だからあの行為に意味なんてなくて、あってほしいわけもなくて、つまり、ノーカンだノーカン。そう言い切ればいいだけなのに、俺の口は舌でも押さえつけられたように不思議と言葉を発しようとしない。

ふと、ずっと目の前にあったはずのNの白い首筋が、意識の内側に痛いほど焼きついた。

慌てて体を上げると、いつもは俺を見下ろすNが今は上目遣いで俺を見上げていた。困惑したような、どこか頼りなげに揺れる目。散らばった萌黄色の髪。
たったそれだけのものに、何故か急に何も言えなくなる。
Nの唇が、音を出さずにトウヤ…とつぶやいた。


ふいに、先程その唇が触れた感触を思い出した。柔らかくて、ほのかに甘い味がする。


そっと手を伸ばして、Nの頬に触れる。適度に柔らかくて滑らかな頬は、酷く触り心地が良い。
そのまま、先程のNと同じようにその唇に顔を近付けた。


Nが目を見開きこちらを見上げ、そして…──


「はーい、お客さん、到着しましたよー。足元にご注意し、て………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙に包まれた。





観覧車から下りても、俺と係員は目を合わせられなかった。
……なんか、さっき凄い気の迷いを起こしそうになった様な気がする。というかほぼ起こしてた。
いや、でもあれは事故だろ事故。観覧車という密室の空間が、俺を狂わせたんだ。だから仕方ない。
そう自分に言い聞かせて、何とか必死に気分を落ち着かせる。

ふとNの方を見ると、何故かアイツは顔を赤くしてソワソワしていた。
「……おい。ただの解り合うための方法じゃなかったのかよ」
「…いや、そのハズなんだけど、何か変で……」
そう言うと、Nはしきりにルービックキューブをいじり始めた。
その奴には似つかわしくないモジモジした態度に、何故か俺まで頬が熱くなる。
…恥ずかしすぎるだろ、これ。

プラズマ団下っ端と遭遇したのは、そんな2人して赤面なんて限りなく間抜けな状態で観覧車乗り場から出たところだった。





「Nさま!」
「ご無事ですか!」
2人のプラズマ団員は、交互にそう叫んだ。
N"さま"か…。成る程。プラズマ団の態度からするとNの『王様』発言もあながち嘘ではないらしい。
Nの方を見ると、アイツはもう元の様子に戻っていた。

…そのことに、何故か少しだけ苛立ちを覚えた。







プラズマ団下っ端共を逃がすための時間稼ぎと、勝負を吹っかけてきたNを倒す。アイツ、王様のわりに所持金少ないな。


「ボクはチャンピオンを超える。だれにも負けることのない唯一無二の存在となり、すべてのトレーナーにポケモンを解放させる!キミがポケモンといつまでも一緒……!そう望むなら、各地のジムバッジを集めポケモンリーグに向かえ!そこでボクをとめてみせるんだ。それほどの強い気持ちでなければ、ボクはとめられないよ」


戦闘後、一歩近付いてNはそう宣言した。チャンピオンを越え、全てのトレーナーにポケモンを解放させると。それが嫌ならば、自分を止めてみせろと。
……上等じゃねーか。チャンピオンだろうがNだろうが、挑まれた勝負には絶対勝つってのが俺のポリシーだ。
今俺のモンスターボールの中で安心しきっているポケモン達のためにも、負けるなんて考えられない。









とりあえず長々と日記を書いたが、今日あった出来事を一言で纏めるとこうだ。
──野郎に、ファーストキスを奪われた。





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