6.
<春> ×月××日 晴れ
おー、これがあのシッポウシティか。100年程前の倉庫が再利用され活気づく街。ガイドブックで見てから、ちょっと着くのを楽しみにしてたんだよな。
サンヨウシティの小洒落た感じの雰囲気とも、カノコタウンの田舎らしい雰囲気とも違う独創的な雰囲気があって面白い。
今日は街を観光して、ジム挑戦は明日にするかな。
どうでもいいけど、ここ数日アイツの姿を見ない気がする。
<春> ×月××日 快晴
ジムリーダーに挑戦しようとシッポウ博物館に行ったら、Nがいた。
いつも通り光りの無い目で化石を眺めていたNは、俺に気付くとこちらに向かって歩いてきた。
「やぁ、トウヤ」
「……最近見なかったけど、まだ生きてたんだたな」
悠然と挨拶してきたNに皮肉混じりにそう返してやると、何故かNはキョトンとしてこちらを見返してきた。
「ボクのこと、気にしてくれたのかい?」
「……そりゃあな」
普通の人間は、ストーカーの動向は気になるだろ。
そういう思いを込め刺のある声で返したのだが、なぜかNはどことなくそわそわしだした。すぐに元に戻ったが。
おいなんだその反応。
「…なぁN、俺は野郎相手にそういう趣味はーー」
「キミのポケモン」
相変わらず話聞かねーな。
これみよがしに溜息を吐いてみたのだが、Nは全く気にした様子もなく俺のモンスターボールに向かって語り出した。
「前よりもっとキミのことが……だって言ってるね」
「あ?今何て言った?」
思わず聞き返したが、Nは曖昧に笑ってみせただけだった。なんなんだコイツ。
なんとなくツタージャをボールから出してみると、ツタージャは甘えるように俺の足にすり付いてきた。可愛い奴め。
普段は冷静で何故かちょっと偉そうなツタージャだが、最近はこうやってよく甘えてくる。
「ボクは……ダレにも見えないものがみたいんだ。ボールの中のポケモンたちの理想。トレーナーという在り方の真実」
急にNが語り出したのでツタージャから奴に視線を移した。
Nの奴は、いつになく真摯な顔でこちらを見ていた。思わず俺まで居住まいを正してしまう。
「そしてポケモンが完全となった 未来……」
そこでNは言葉を切って、ふと見たことも無い笑顔を浮かべてみせた。どこか誘うような、それでいて夢見てるような妖しい笑顔を。
鼓動が、訳もなく跳ねる。
Nはその笑顔のまま、俺に向かって大袈裟に両手を広げてみせた。
…ーーまるで、招き入れるように。
「キミも見たいだろう?」
ポケモンが、完全になった未来。今までのNの発言を纏めると、ポケモンを解放し、人とポケモンが別々に暮らす世界ーーということだろうか。
……その世界を望むか望まないかは別として、興味が無いと言ったら嘘になる。
俺達はポケモンと共存する世界が生まれた時から当たり前で、ポケモンが独立した世界を知らない。俺達と一緒に生きることをポケモンが嫌がっているようには見えないが、中にはモンスターボールを窮屈に感じるポケモンもいるかもしれない。俺がその存在を知らないというだけで、中には虐げられているポケモンや、道具として利用されてるだけの哀しいポケモンがいる可能性だってある。
共存と解放、どちらが本当にポケモンにとって幸せなのかなんて俺には分からないし、ひょっとしたらNの言ってることの方が正しいのかもしれない。
……だけど。
だけど、それでも。
「……そんな未来は、見たくないな」
今俺の足元で心細げにこちらを見上げているコイツと、離れるなんて考えられない。
そう告げると、Nは失望したようなーーそれでいてどこか安心したような、奇妙な表情を浮かべた。
だが、それは瞬きする一瞬の間にいつもの貼付けた様な薄い笑顔にすり代わる。
Nの細くて長い指が、腰のモンスターボールに伸びる。前の時と違い今回は次のNの行動が予測出来た。
「……ふうん。期待はずれだな。それよりも、ボクとボクのトモダチで未来をみることができるかキミで確かめさせてもらうよ」
「まだ未来はみえない……世界は未確定……」
勝負が終わって途端、Nは俯いて何かを考え込み始めてしまった。コイツって、基本的に自分の世界の中だけで生きてるよなぁ。
Nの手持ちは、前回闘った時のものと全て違った。
そういや、この間のチョロネコも捕まえたばかりのヤツを使っているように見えたが、ひょっとして勝負の度に捕まえては解放しているんだろうか。……まぁモンスターボールにポケモンを閉じ込めたくないと言うNらしいといえばらしいが、ポケモン的にはそれはどうなんだろう。なんとなくキャッチ&リリースという言葉が頭に浮かんでしまった。
「今のボクのトモダチとでは、すべてのポケモンを救いだせない……世界を変えるための数式は解けない……」
気付いたら、Nの奴は顔を上げていた。
「ボクには力が必要だ……だれもが納得する力……」
言いたいことを言うだけ言うと、奴はさっさとこちらに背を向けて歩き出してしまった。
…が、数歩進んだ所で急に歩みを止める。
「……必要な力はわかっている」
「…N?」
「……英雄と共にこのイッシュ地方を建国した伝説のポケモン、レシラム!ボクは英雄になりキミとトモダチになる!」
最初は独り言かと思うほど小さな囁き声だったが、言い終わる頃には俺のことすらもう視界に入っていなかった。
ここにはいないトモダチとやらに語りかけたNは、今度こそ博物館を立ち去った。
伝説のポケモン、レシラムとトモダチな。
ストーカーで電波でおまけに今度はあのレシラムとトモダチって…寝言は寝て言えよ。
……そう言い切れないだけの気迫と想いを、先程のNは確かに発していた。
<春> ×月××日 晴れ
シッポウシティのジムリーダーには勝てたが、その直後にプラズマ団に盗まれたドラゴンの骨の頭部を奪還しに行くことになった。アーティとかいう虫ポケモン使いと一緒だ。ヒウンシティのジムリーダーらしいけど、何だか気の抜けた男だな。アロエには顎で使われてるし。
プラズマ団の行動が不可解なのは今更だが、伝説のポケモンを捜し求めている云々という部分が気になる。
その単語は、つい最近あの厄介な青年の口から聞いたばかりだ。
……ドラゴンの骨は無事回収出来たが、また一つ気掛かりが増えたな。