3.



<春> ×月××日 快晴

雲ひとつ無い、見渡す限りの青空が広がっている快晴。宿を一歩出れば春特有の暖かい風が頬を撫でる。まるで昨日の電波のことなど忘れてしまいなさい、とでも言ってくれているような青空に、天気までが俺の冒険を応援してくれてるような気がして気分が良くなる。
そうだ、変な服の集団とか緑髪の変人のことなんて、さっさと忘れてしまえ。

とりあえず当面の俺の目標は打倒サンヨウシティジムリーダーだ。
頼むぞ、ツタージャ。








<春> ×月××日 曇りのち晴れ

Nから巻き上げた金のおかげで準備もバッチリだし、カラクサタウンを出ることにした。
カサクラタウンは初めて俺が自分の目で見たカノコタウン以外の町だし多少名残惜しい気持ちもあるけれど、それよりもまだ見ぬ場所への期待の方が大きいから。








<春> ×月××日 雨

トレーナー同士が闘う条件って「目と目が合ったら」だよな?一方的に見られたのにバトル吹っ掛けられるって詐欺じゃね。いや、まあいいんだけどよ…。








<春> ×月××日 曇り

なんか草むらの陰に見覚えがある緑色のモコモコがいた。こわい。
いやいや、見間違いだよな?だってほら、今日は天気が悪くて暗いし。
初めて見るポケモンを人の髪と見間違えても仕方ないよな。


…ポケモンだよな?








<春> ×月××日 晴れ

なんか付けられてる気配がする。自意識過剰か?

話は変わるけど、今日は晴れなのにまた人の髪とポケモンを見間違えてしまった。サンヨウシティに着いたら眼科行こうかな。








<春> ×月××日 晴れ

そろそろサンヨウシティに着くな。いい加減野宿は飽きてたからありがたい。

そういえば今日は草むらを歩いていたら何かを踏んでしまった。草むらと同じ色だから気付かなかったみたいだ。
最初はポケモンの尻尾かと思ったけど、なんか人間の悲鳴みたいなモノが聞こえたから怖くなって逃げた。








<春> ×月××日 曇り

やっとサンヨウシティに着いた。途中で不可解なモノに遭遇したせいか、当初の予定より到着が遅くなってしまった。

サンヨウシティもイッシュ全体から見ればそこまで都会って程じゃないんだろうが、今までドが付くほどの田舎しか見てこなかった俺の目には随分と小洒落た感じの街に映る。トレーナーズスクールもあるしな。ポケモンセンターでポケモン達を回復したら、ちょっとこの辺りを回ってみよう。



ポケモンセンターの隣にあるトレーナーズスクールを覗いてみたら、あの日一方的に訳のわからない言葉を並べ立て、意味深な別れ方をしたはずのNがなぜかいた。
なにやら小さな子供相手に真剣な様子で語りかけていたので、気になって近付いてみる。
「…−キミは、ポケモンをモンスターボールに閉じ込めていることについてどう思う?キミはポケモンについて色々勉強しているみたいだし、そのことについてのキミの率直な意見をボクは聞いてみたい。……え?ごめんなさい?…なぜ謝るんだ。ボクはただ、キミがポケモンについての知識なら誰にも負けないというから意見を聞いてみたかっただけで……そうだ、じゃあ質問はポケモン図鑑についてにしよう。トレーナー達はポケモン図鑑の完成のために野生のポケモンを無理矢理捕まえようとするけど、そのことについてのキミの意見を−…」
どうやらポケモン解放について訴えていたらしい。肩を掴まれた子供は完全に怯えている。
「…おい、ガキがビビッてんぞ」
思わず声をかけると、Nがこちらの方を勢いよく振り向いた。いや、なんでそんなキョトンとした顔してんだよ。こっちの方が驚きだわ。
思わず大きな溜息がひとつ漏れてしまう。
「…つーか、お前こんなとこで何やってんだよ」
「キミの方こそまだ当分ポケモンセンターにいると思って…――あ、いや。それより怖がっているって?ボクはこの子に、トモダチについての意見を求めただけだけど…なぜそれが怖いことに繋がるんだい?」
そう言ってNは怪訝そうな様子で首を傾げる。……ひょっとして、こいつはただの天然なのか?やめてくれ、天然はベルだけで間に合っている。
またも大きな溜息を吐きそうになって、寸前のところで思い留まる。溜息を吐くと幸せが逃げるって言うし。
「…お前自体が怖いんだよ」
「ボクが?」
「正確に言うとお前の雰囲気とか、異常な早口とかがな。人とまともに会話したいんならまずその早口を直せ」
「早口を…」
呟いたきり、Nは難しそうな顔をして黙り込んだ。…なんだ、案外話が通じんじゃねーか。ちょっと安心したわ。正直、全くこちらの話しを聞いていないのかと思っていた。
しばらく考え込んでいる様子で黙りこくった後、今度はNの方が大きな溜息を吐いた。
「そうか。これからは気をつけて喋るよ」
「…まだ充分速いけどな。まっ、それならちょっとはマトモに会話出来るんじゃねーの?」
そう言うと、Nはいつもの人形のような張り付いた笑顔で肩をすくめてみせた。
「それならよかった。でもヒトと話すのって本当に難しいね。…やっぱり、ボクにはポケモンと話す方が楽みたいだ」
「いや、そういうこと言うから怖がられるんだって」
「そう?…もしそうなら、ボクは一生怖がられるだろうね」
大した問題でもなさそうに薄く笑う男の、その温度のない目に思わず言葉を失う。そのまま、静かに立ち上がったNは先程まで話していた子供を一瞥すると、すでに興味を失った様子でなにも言葉を残さず去って行った。




トレーナーズスクールの帰り、また付けられている気配がした。
いい加減我慢の限界かもしれない。





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