2.



<春> ×月××日 晴れ

実はまだカラクサタウンに着いていない。それもこれも全部あいつらに、隣町に着くまでにどれだけのポケモンを捕まえられるか勝負を持ちかけられたせいだ。勝負というからには負けるわけにはいかない。それが俺のポリシー。








<春> ×月××日 曇り

一番道路でしばらく張ってたおかげで、無事2人との勝負には勝つことが出来た。チェレンの奴、ちょっと悔しそうだったな。気分良いぜ。
あー…でもしばらく野宿だったせいで、マジで疲れたわ。せっかくカラクサタウンにも着いたことだし、今日はポケモンセンターで休もう。









<春> ×月××日 快晴

今日は変な電波と宗教団体に遭遇した。冒険をしていればいずれこの手の変人を見ることもあるだろうとは思ってはいたが、まさかこんなに早く遭遇するとは。世の中は、俺が思っていたよりも恐ろしいものなのかもしれない。
希望に満ち溢れていたはずの冒険に、一筋の影が落ちたような気がした。


どこから書けばいいのやら…いや、最初から書くべきだな。そう、最初から。
ポケモンセンターを出ると、なにやら変な人だかりが出来ていた。好奇心がわりかし旺盛な俺は一応少し覗いては見たものの、中心にいるご大層な服を着たオッサンと頭巾のようなモノを被った変な服の集団を見た瞬間、動物的な本能に従って回れ右をした。君子危うきに近寄らず、ってな。賢明だろ?
…が、賢そうな顔をしているくせにそれ程賢明ではないらしいチェレンに名指しで呼ばれれば、さすがの俺でも無視するわけにはいかなかった。
「…おいチェレン、お前のそのアンテナは飾りか?ああ?」
「はぁ?なんだいいきなり。それに僕のこれはアンテナじゃなくてただの寝癖…っと、あいつら、なにか始めるみたいだよ」
それきり黙りこんだチェレンをジトッと恨みがましい目で見つめてはみたが、例のご大層な服を着たオッサンの演説に集中しているアイツは全く気付く気配もなかった。
仕方がないので、俺もひとつ大きな溜息を吐いた後、オッサンの演説に耳を傾ける。正直、気にならないっつったら嘘になるしな。
「ワタクシの名前はゲーチス、プラズマ団のゲーチスです。今日皆さんにお話するのはポケモン解放についてですーー」



聞かなきゃ良かった。ゲーチスとやらの話なんて。
広場では未だにざわめきが収まらない。それもそうだろう、なんせ、たった今までゲーチスがこの広場で話してた内容の中心は俺達の最愛のパートナーーポケモンの解放についてだ。
…ゲーチスの言っていたことは、間違っている。それは分かる。なぜなら俺達人間とポケモンはお互い信頼しあっていて、一緒にいたいからいるのだ。それは誰もが持つ共通の認識であり、疑ったこともない常識だった。極一部の例外はいるものの、大抵の人間はポケモンのことを大切に思っていて、そしてポケモン達は俺達の気持ちに報いるように懸命に闘ってくれる。俺達は信頼という名の絆で結ばれている。そのはずだ。間違いない。間違っているのはゲーチスの方だ。


なのに何故、俺達はこんなに戸惑っているんだろう。


ふとチェレンの方を向くと、アイツは苛立たしげな様子で「なんで皆あんな奴の与太話に惑わされてるんだか…」と呟いている。俺の視線に気付くと、チェレンは凛々しい細い眉を怪訝そうに寄せた。
「なに、ひょっとしてトウヤまでゲーチスの話を信じてるの」
だがそう言うチェレンの顔にも、どこか困惑とも戸惑いとも取れるような複雑な色が浮かんでいた。とっさに「そんなわけねーだろ」そう言い返した俺の声も、なぜか歯切れが悪い。
…ちくしょう。なんなんだよ。ゲーチスの野郎の話を聞いてから、訳の分からない黒いモヤのようなモノが、胸の底に沈みこんで気持ち悪い。誰でもいいから、このこびりついた様に離れようとしない黒いモヤを取ってほしい。
ふとその時、ボールの中から視線を感じた。
ボールから、引っかくような音が聞こえてくる。
慌ててツタージャをモンスターボールから出すと、ツタージャは俺に何かを訴えかけるように鳴きながら短い手足をバタバタさせていた。
正直何を言っているのかはさっぱり分からなかったけれど、なぜだか慰められているような気がして、胸の奥が暖かくなる。と同時に、さっきまで俺を悩ませていたはずの黒いモヤも呆気ないほどあっさり晴れた。
それでも心配そうに俺を見上げてくるツタージャをそっと抱き上げて頭を撫でてやると、ようやく安心したような様子でボールに戻った。
ああ、やっぱりポケモンと人間は一緒にいるべきなんだ。まだ暖かいままの胸に、俺はそう言い聞かせる。


「キミのポケモン、今話してたよね…」

その時だった。あの緑色の電波が、俺に話しかけてきたのは。




…おいおい、空気読めよ。今のはトウヤ君とポケモンのちょっと良い話、みたいな流れだったろうが。決して「キミのポケモン、今話してたよね…」とか電波なセリフが飛び出してくる場面じゃなかっただろうが。
不機嫌になりながらも一応声がした方を向いてやる。―…少し、鳥肌が立った。

…たぶん、美青年ってやつなんだとは、思う。いや、間違いなく美形だ。格好だって、腰に下げたルービックキューブさえ除けばいたって普通の青年の格好だ。
それなのに、俺は一目見ただけでそいつに異質な何かを感じた。
いや、まずさっきの台詞だけで異常ってのは分かるんだけど。そうじゃなくて。たぶん、そこらですれ違っただけでも俺はソイツに薄気味の悪さみたいなモノを感じただろう。自分でも随分と酷い言いようだとは思う。だが、そう思わせてしまうような何かがソイツにはあったのだ。
…それは、たぶんあの目のせいだ。
瞳自体は髪と同じとても綺麗な色をしているはずなのに、ソイツの目は何故か虚ろに見え、暗い色を帯びていた。それが気持ち悪いぐらい整った綺麗な顔と、まるで浮かされているかのように早口な口調と相まって、その緑色の髪の男をどこか異質に見せる。
「…ずいぶんと早口なんだな。それにポケモンが話した…だって?おかしなことを言うね」
「ああ、話しているよ。そうか、キミたちにも聞こえないのか…かわいそうに。ボクの名前はN」
チェレンの棘のある応えに、こちらを憐れむような表情で男は聞いてもいない名を名乗った。その口調はやはりやけに速い。
つーかオイ、チェレン、お前そんな電波野郎と話すなよ。電波が移るぞ。そもそも、この手の奴は関わらないのが一番ってのがお約束じゃないか。君子危うきに近寄らずってな。二回目だぞ?いい加減学べ。
…っていうか、名前がN?せめて名前ぐらい普通に名乗れや。なんで名前からして怪しさ全開なんだよ。
今すぐこの場から離れたい俺とは違い、チェレンの奴はNのことが気になるらしい。挑むような目つきでNのことを見返している。チェレン、お前よくそんな奴と目を合わせられるな。
「…僕はチェレン。こちらはトウヤ。頼まれて、ポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところ。…もっとも、ボクの最終目標はチャンピオンだけど」
「お、おいチェレン!テメー見ず知らずの変人に勝手に俺の個人情報を漏らすーー」
「ポケモン図鑑ね…。そのために、幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだ。ボクもトレーナーだがいつも疑問で仕方ない。ポケモンはそれでシアワセなのかって」
いや聞けよ人の話。つーかコイツほんと喋んのはえーな。思わず隣のチェレンを見ると、可哀想に生真面目なチェレンはNの高速で紡ぎ出された言葉を拾おうと必死だった。俺は早々に放棄して右から左に聞き流しながら、ツタージャの入ったボールなんかをいじっていた。
と、何故か急にNが俺の方に一歩近づいてきた。
「そうだね、トウヤだったか。キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」
「……は?」




幸いなことに、急に闘いを吹っ掛けてきたNのポケモンはさほど強くなかった。きっとついさっき草むらで捕まえたばかりのポケモンを繰り出してきたのだろう。それより、問題はNが戦闘中に言い出した「もっと!キミのポケモンの声を聴かせてくれ!」等の発言により精神的に地味にダメージを喰らったことだった。…勘弁してくれ。
「そんなことをいうポケモンがいるのか……!?」
ああ、まだ言うのか。ゲンナリしながら顔をあげると、驚きに目を見開いてこちらを見ているNと目が合った。
…ちょっと驚いた。なんだ、人間らしい表情もちゃんと出来るんじゃねーか。話しかけてきた時からずっと一定の、張り付いたような薄い笑顔だったせいで、そんな表情しか出来ないのかと思い込んでいた。驚きをあらわにしたその表情に、少しだけNに抱いていた得体のしれないモノに対するような警戒心が薄れる。正直あの笑顔もNという青年を薄気味悪く思わせてた原因のひとつだったのだ。
Nはこちらの視線に気付くと静かに瞳を閉じ、なにかを振り払うかのように首を横に振った。
「モンスターボールに閉じ込められてるかぎり……ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない」
俺達に、というよりはむしろ自分自信に言い聞かせるように告げたNは、踵を返しその場から去って行った。途中一度だけ振り返ってこちらを見たような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「……おかしなヤツ。だけど気にしないでいいよ、トレーナーとポケモンはお互い助け合ってる!じゃあ僕は先に行く。次の街……サンヨウシティのジムリーダーと早く戦いたいんだ」
呆れたような様子でそう言い残すチェレンに俺も同意する。ああいう手合いとは関わり合いにならないのが1番なのだ。


去り際の何かを振り払うような、どこか苦しげなその表情だけは、しばらく忘れられそうにないけど。





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