19.



<春> ×月××日 晴れ

 昨日の一件が、どうしても自分の中で処理できない。
 この日記もさっきから何度も書き直しては、破いてぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放り投げている。今書いてるのは4度目だ。

 以前にも、とんでもない気の迷いをおこしてNにキスしかけたことが1度あった…ような気がする。だがあれは、観覧車という密室が俺を狂わせた事故だった。今回俺を狂わせたのはNの笑顔だ。しかも以前のような気の迷いとしかいえない漠然とした衝動ではなく、はっきりと形を成したモノだった。なんの言い訳もできない。
 いや違う。やっぱりNが悪い。あいつの笑顔がやたら可愛かったのが悪い。

 そこまで書いて、俺は日記に頭を打ち付けた。

 Nが可愛いってなんだ?俺より頭半分以上デカい目が死んだ男だぞ。ねーよ。それをキスしたいだとか、なんなら抱きしめてやりたいだとか、正気か?
 第一、俺とあいつの身長差じゃ抱きしめるどころか傍目には抱きついてるようにしか見えない。論外だ。まあでも俺は成長期だし、毎日カルシウム取ってりゃ希望は…って、いや違う待て、なんで抱きしめる方向で考えてるんだよ。
 たしかにここ最近はNと会うたびどうにも調子が狂うとは思っていたが、それにしたってこんな…。
 やはり頭がおかしくなったとしか思えない。Nの電波にいよいよ毒されたに違いない。よく考えたらいつの間にかNがポケモンと会話できるという話も素直に受け入れていたし。

 腹の底から、クソでかい溜息を吐いた。鈴の音が耳の奥から消えない。
 触れたいと思った。信じられなかった。
 あの時、結局Nは茫然としている俺を置いて立ち去りやがったが、もしそれが数秒遅ければ、俺は、

 もう一度、今度は力なく日記に頭を打ちつけた。









<春> ×月××日 曇り

 よく考えたら、自身の感情に混乱して結局あいつのことは聞きそびれてしまった。マジで何やってんだ俺。
 …まあ、いいか。どうせあいつは俺をつけ回してるんだから、尋ねる機会なんていくらでもある。

 なんで俺はあの時、今しかないだなんて思い込んでいたんだろう。









<春> ×月××日 晴れ

 どうやら俺は、少し馬鹿になったらしい。
 あの日から、Nの笑顔を思い出してはボンヤリしたり、その時の情動を思い出してはもんどり打ちたくなったり、とにかく情緒が安定しない。偶然遭遇したベルにも風邪かと心配された。
 あれ以来、ピタリとNの姿を見ていないことも症状の悪化の一因かもしれない。ほんとなんだこれ。

 そういや、それどころじゃなくてあの日の日記には書き忘れていたが、Nはあの時去り際に、こう言い残していった。

「手がかりが、見付かったかもしれない」

 手がかり。まさかとは思うが、ダークストーンとライトストーンのことだろうか。
 “伝説のポケモン”“英雄”──まるで夢物語のようなその言葉を、アイツはどこまでも真剣に口にする。






 ふいに、日差しが強く首筋を焼き、顔を上げた。太陽が高い。帽子越しにも眩しくて、目を細めた。

 そろそろ、春が終わる。





×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -