周りがなにかあるのかと怪訝な目で見るくらい早く、昼休みを告げるチャイムとともに教室を飛び出した。もちろん挨拶はしたが。
それはともかく、弁当袋を手に提げた私が向かう先はラブイベントが起こる屋上…ではなく、裏庭。きっと一年生の教室の方が近いから、彼の方が先に来ているだろう。まぁ、彼とか言っても彼氏ではない悲しい花の受験生である。
辺り一面の草を掻き分けて近道。すると音に気づいたのか女子の憧れである黒髪サラサラヘアーくんが振り返った。


「…ちわっス」

「こんにちは、影山くん」


少しいつもより声が低いからきっと威嚇されたんだろうなぁと影山くんの先を見てみれば、やっぱり。毛を逆立てていた黒い猫。気づいたら学校に忍び込んでいたこの子は私と影山くんの出会いの起源でもある。


「指、大丈夫?」

「あ、はい」


顔をあげた影山くんをよく見てみると何本か赤い線が指先にしっかりと刻まれていた。まぁ、彼からしたら慣れっこだからきっと本当に平気なんだろうけど。
家からもってきた煮干しを弁当袋から取り出してやると、さっきまで威嚇していたはずが尻尾をゆらゆらさせながら足の上に乗ってきた。影山くんが羨ましそうに見ていたので半分にわけて手のひらにのせてやると今までの反応はどうしたと言うくらい影山くんに愛想を振り撒いている。黒い悪魔か、そうなのか。まぁ、影山くんは喜んでるみたいなのでよしとしよう。


「ほらこっちおいで、『とびお』」

「…………」

「ニャー」


名前を呼んで頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めた。可愛いなぁ、もう。


「……あの、麻野さん」

「ん、なに影山くん?」

「それ止めてもらえませんか、」

「うん?」

「……『とびお』って」


そのワードに反応したのか、小さく鳴いて草の上に転がった黒猫、通称『とびお』。黒い毛とサラサラとした髪質が影山くんとそっくりで、いつからか私はこの名前で呼ぶように。ぴったりだと思うんだけどなぁ。思わず漏れた私の言葉に影山くんは眉間のシワを深くした。



((名前呼ばれてるみたいで恥ずかしい…))

(じゃあ、影山?)

(………止めてください)



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