世界で一番美しいと言われる宝石、『dormir bijoux』。多くの偽物が存在し、本物を手に入れた者は今だかつてただ1人。通称、『眠る宝石』。
宝石を支配するか、宝石に支配されるかは貴方次第───。
* * *
「ったく、お前がノロノロしてるせいで時間かかっちまったじゃねぇか!シバくぞ!」
「いたっ!もうシバいてるっスよ…」
「早いとこ出て、森山たちと合流するぞ」
笠松センパイのあとに続き走り出す。作戦通り、これを森山センパイたちがいる出口に届ければすべてが終わる。今回も楽勝、そんなはずだった。
「そこのお2人さんまちなよ」
「ッ!」
センパイが息を飲んだのがわかった。辺りに広がる静寂、首に当てられたナイフ。横目でナイフの持たれている腕を見ると警備服、ここの警備員のものだ。
「……ッ」
「おっと、下手な抵抗はしないでよ」
誤って殺しちゃうからさ、と笑いを含んだ声が反響して聞こえる。殺される、俺も、笠松センパイも。生憎、宝石は俺が持っている。狙われるなら俺だ。逃げてください、口パクでそう告げると笠松センパイは首を横にふる。
……仕方ない、強行手段だ。大丈夫、俺ならやれる。息を調えて、1、2、3。
体は反転する。少しだけ驚いた顔が見えた。通りで声が高いと思ったら女だったのか。
「……っ…」
「危ねぇ……っスね…!」
小さな体でよく腕を振り切ったものだ、頬を拭った手につく赤いそれ。とりあえず距離はとれたが、笠松センパイとの距離は開く一方。考えろ、働け俺の頭。笠松センパイが銃を構えるのが見える。それに反応した彼女は素早く懐から銃を取りだし、俺に向けて弾を放った。
「黄瀬…!」
胸元に当たる衝撃。死んだ、そう思った。なのに、血は出ない。当たった場所を見ると、弾は俺ではなく砕け散った残骸のそれを狙ったのがわかった。それを見た彼女は、くるりと俺の横を通り過ぎていく。
「なんで、なんスか」
尋ねた声が、今さら恐怖で震えていた。すると彼女はため息混じりの苦笑いを溢して、言う。
「んー…。まぁ、なんとなく偽物だってわかってたし」
「わかって、た?」
「まぁね。……あ、タイムリミットみたいだ」
彼女が見据える方向から聞こえる足音、本物の警備員が来たみたいだ。笠松センパイが俺を呼ぶ。駆け出した足を止めるように俺の肩に手を置いた彼女が耳元で囁く。
「楽しかったよ、黄瀬クン?」
振り向いた先にもう彼女の背中は見えなかった。
背中に拳銃
(撃ち落としたのは、何?)