放課後、帰る仕度ができたのでさぁ笠松くんのところに行こうと意気込んで教室を出る。
あぁ、その前にこの前のお返しににコーヒーを買っていこう。
微笑みながらくるりと方向転換する。すると軽く肩を叩かれたので足を止めると見慣れない面々。
「あんたが小日向?」
「はい、そうですが」
誰だろう、確か隣のクラスの子たち。面識はそれ以上でもそれ以下でもない私になんの用だろうか。悶々と色々な疑問を浮かべていると1人の子に手を捕まれ誘導される。
少しだけだから。さっき私に声をかけた子が怪しく微笑む。なんだか、嫌な予感がして小さく誰にもばれないようなため息をついた。
無言で歩く女の子たが止まったのは体育館の渡り廊下わきで。この時間なら運動部は部活をしているだろうし、他の生徒は帰っているだろう。そんなに聞かれたくない話なのだろうか。
「……あんたさぁ」
集団のリーダー的存在の子が口を開く。相変わらず見つめるだけの私に苛立ったような口調だった。
「いったい笠松くんのなんなの?」
笠松くんの、なに?一瞬理解が遅れる。
……あぁ、そうか。きっとこの子たちは笠松くんのこのが好きなんだ。だったらなんで私に言うの。なんだか理不尽な気がする。ぶちっと私の堪忍袋の緒が切れる音がした。
「………か」
「は?」
「なんなんですかもう!笠松くんのことが好きなら好きって本人に言えばいいじゃないですか!」
「なっ、聞いてんのはこっちなんだけど!」
「っいた…!」
肩を押され背中と壁が合わさる。精一杯相手を睨んで奥歯を噛み締めた。
負けたくない。こんなことする子たちには笠松くんを渡したくない。───だって私は笠松くんのことが好きだから。
「……好きですよ!私は、笠松くんのことが…っ!」
「……それ本当、か?」
───え。
突然頭に鳴り響く声におそるおそる顔を向ける。瞬間、顔に集まる全身の熱。
どうしよう、本人だ。笠松くんだ。聞かれてしまった。逃げたい、今すぐ逃げ出したい。焦りを感じる頭とは裏腹に、動かない体。
周りの子たちは呆然としている。そんなのはお構いなしに笠松は私の腕をとった。
「……ちょっとこいつ借りるぞ」
「えっ……、笠松くん…!?」
有無を言わせないというように笠松くんの足は動いている。繋がれた手は冷たいのになぜか伝わる熱に、私の心臓はうるさく鳴る。笠松くんはなにも言わない。
いつもの場所についてやっと笠松くんの手が離された。目が合う。なんて真剣な目。
続く静寂を破ったのは笠松くんだった。
「……い」
「え…?」
「お前の口から聞きたい、さっきの言葉」
「………っ」
私も笠松くんに聞いてほしい。
笠松くんの少し温かくなった手を握りしめ、俯きかけた顔をあげて再び目線を合わす。
「笠松くん」
「………なんだ」
「好きです。私は笠松くんのことが…」
揺らぐ視界に、途切れた言葉の変わりに伝わる温もり。笠松くんに、抱き締められている。
「俺も、好きだ」
ささやかれた言葉、これほど嬉しいことがあるだろうか。一筋の涙が頬を伝う。
離される前に見た笠松くんの耳は赤く染まっていた。なんだ、私と同じだ。冷たくなってしまった手でその手をとって、微笑む。
冷たい手でもいいよ
(だって、あなたと繋げば温かいから)
another story-side Kasamatu-
部活が始まる前にいつもの場所に行くと珍しく小日向がいなかった。冷たい手に吹き掛けた息が白いのを見て今が冬だと実感した。
空を見上げると雲が広がっている。雪はふらない、小日向が楽しみにしてんのになぁ。ふっと思わず笑みが溢れる。
「………っと」
そろそろ時間だ。始まる前に監督のところへ行かなければならない。来た道を引き返す。
……なんだか、騒がしいな。ふと、聞こえてきた複数の声に意識が行く。渡り廊下の方からだ。
たどり着いたそこには女子の集団と、肩を押され小さく悲鳴をあげる小日向の姿だった。なにかやばい気がする。とにかく助けようと足を動かす。
「……好きですよ!私は笠松くんのことが…!」
───っ!身体中に走る衝撃は自然と口を動かす。
「………それ本当、か?」
漏れた言葉に小日向の顔はみるみる赤くなっていった。
やばい、嬉しすぎる。とりあえずこの顔を見られる前に早くここを立ち去らなければ。
「……ちょっとこいつ借りるぞ」
「えっ……」
小日向が俺の名前を呼んだが気にせず手を引いて歩く。いつもの場所について俺より少し温かい手を離すと小日向をしっかりと視界に映す。
聞きたいんだ、他の奴に言った言葉じゃなくて俺に向けられたその言葉を。思った通りを言葉にする。
そして俺を好きと言ってくれた小日向。嬉しい、これほど嬉しいことがあるだろうか。思わず小日向を抱き締める。
「俺も、好きだ」
体を離すと冷たくなった手をした小日向が笑っていたので俺も微笑んだ。
(だって、手が冷たい奴は心が温かいって言うだろ?)