ふわふわ揺れる、肩までのびた髪が覚束ない足取りで歩いていた。顔はたくさんのノートで見えない。
「あぶねー……」
「なにが?」
「………悪い、森山」
あっ、おい!と聞こえる森山の制止を無視して小日向が持っていた大量のノートを奪い取るように持つとその目が少しだけ開いてこちらを見上げてきた。
「笠松くん?」
「教務室までだろ」
「え、大丈夫ですよ」
俺が奪ったノートを持ち直そうとするので体を反らせばと少し拗ねた顔をした。勝ち誇ったようににやりと笑う。いいから持たせとけ、と言うと小日向は袖の捲られた腕を曲げた。
「ほら見てくださいよ、この力こぶ」
「ねぇよ」
笑い飛ばして教務室への道を歩き出すと小さな歩幅で小日向がついて来るのがわかった。
数歩離れた距離がなぜか心地よかった。
「あ、笠松くん」
「ん?」
手を出してください、と言う彼女にしたがって素直に手を差し出すと、置かれた小さな飴玉。ガキは俺は。そう思ったが素直に受け取って礼を言うと小日向は嬉しそうに笑った。
* * *
「………なぁ、笠松」
なんだよ。尋ねてきた森山にそう尋ね返すと、暗い中でもわかるくらい真剣な目がこちらを向いていた。珍しい、失礼かもしれないが心からそう思った。するとあー、とかそのとか唸っていた口がやっと開かれたかと思えば俺の予想外の答えが待っていた。
「お前、好きなの?」
「は?」
「小日向さんのこと」
なにが、そう返したかったのに小日向という言葉を聞いて声が出なくなった。変わりに体中の熱が顔に集まってきたのを感じて俺はどうすることも出来ず、森山がにやにやと笑うのをただ見つめることしか出来ない。
「ふーん、笠松が小日向さんをねぇ」
「ッ、そのにやけ顔やめろ!第一、俺はあいつのこと好きとかそういうのじゃ…」
……ない、はずだ。あいつは俺が唯一普通に話せる女子で、だだそれだけのはず。
「そうなの?」
「……そうだ」
「まぁ、小日向さんモテるしな」
「は?」
思わず、耳を疑った。あいつが?モテる?
「そう、なのか?」
「あれ、知らねーの?」
すると森山は鞄から何やら手帳を出してそれをパラパラとめくる。少しするとほらと差し出された手帳。疑問符を浮かばせながらそれを覗き込むとびっしりと書かれた無数の文字。
「小日向 葵。成績は学内トップ、しかし気取ったりせず性格も良好。ちなみに運動はできない。女の子らしい見た目と性格からか恋心を抱く男子は少なくない。だが、実った男子は今だゼロ」
普段の俺ならそこで呆れるはずなのに。『実った男子は今だゼロ』、なぜかそれだけが頭を駆け巡って離れなかった。
きっと出たため息は森山に対する飽きれ。そう思いたくて仕方なかったのも気のせいだ。
ため息まで白い